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なぜ、旧友の名前がすぐ出てこないのか?

プレジデントオンライン / 2018年10月26日 9時15分

公立諏訪東京理科大学 教授 篠原菊紀氏

人生100年時代。何歳になっても学び、脳を活性化させたいものだ。日常生活における脳の働きを研究する篠原教授は歳を取っても、記憶力は伸ばせるという。その理由を脳の機能をもとに解説する。

■年齢を重ねることで、伸びる結晶性知能

人の能力は若いときのほうが優れている――。これは一面では正しくて、一面では間違っている。そう指摘するのは、諏訪東京理科大学で脳の働きを研究する篠原菊紀教授だ。

「流動性知能といって、その場でパッと覚え、その記憶を使ってできるだけ早く処理する能力は確かに18~25歳くらいがピークです。しかし仕事の能力に深く関わっている結晶性知能は違います」

流動性知能はIQテストで測られるような知能だ。それに対して、結晶性知能は経験が豊かになるにつれて伸びる知能を指す。

「知恵や知識、経験が結晶化していく能力なので、結晶性知能と呼ばれています。60歳くらいがピークというデータもあるのですが、原則、年を取れば取るほど高くなると考えられます」

若い人よりも年長者のほうがボキャブラリーは豊富だし、仕事に関する知識や経験も蓄えている。過去の多くの手法を知っていたり、それまでの業務上の成功や失敗の経験があるほうが有利であるのは当然だ。

加えて仕事に対する集中力も若い人が有利とは一概にいえないと篠原教授は話す。

「集中力そのものは若い人のほうが高いのですが、仕事に関しては、それを取り巻く領域について知らないと、どう集中していいかわからないのです」

若い人が経験の浅い分野で仕事をするのと、ベテランが手慣れた分野の仕事をするときのケースを想定すると、よく理解できるだろう。知識や経験が不足している若手は、仕事をするために準備するだけで集中力を使い果たしてしまうことがある一方で、熟練者の場合、準備はもう整っているから仕事そのものに集中できる。知識や経験が集中力にプラスの影響を与え、仕事の出来栄えに反映されるというわけだ。

知能や集中力は年齢が上がっても、伸びる可能性があるとわかった。しかし「最近、物覚えが悪い」と、自覚が出てきたという人もいるだろう。たとえば、あの人の顔は思い浮かぶんだけど、名前が出てこないといったケースだ。やはり記憶ばかりは年とともに衰えるのだろうか。

篠原教授は「覚えられなくてもそんなに心配することはない」と安心させてくれる。

■なぜ、旧友の名前がすぐ出てこないのか

「私たちの脳の側頭葉の底部には紡錘状回という顔の認知にかかわる場所があります。ここは大きく、その力が強いので、誰かの顔をちらっと見ただけでも記憶に残りやすい。一方、相手の名前を覚えるのは側頭葉外側、その人と出会ったときのエピソードを記憶するのは側頭葉内側と別々の部位です。それらがつながらないと顔と名前、エピソードが一致しません」

写真=iStock.com/tonefotografia

つまり一口に記憶といっても、体験的記憶である「エピソード記憶」もあれば、名前のようにエピソード記憶から時系列性を抜き取った「意味記憶」、あるいは経験の繰り返しによって獲得される「手続き記憶」などがあって、それぞれの記憶を扱う脳の部位が違っている。だからもともと、人の顔は覚えやすいのに対して、顔と名前やエピソードをセットで記憶することは難しい作業なのだ。

「脳の機能からして、顔と名前、その人にまつわるストーリーが一致するのはせいぜい80~250人くらいまででしょう」

昔に比べると最近のほうが顔と名前が一致しなくなったという感覚を持つ人もいるだろう。だが、学生時代の友人と、今仕事上で付き合っている社内外の人との数を比べると、現在のほうが圧倒的に多いはずだ。しかも年齢が上がれば上がるほど覚えておきたい人が増えていく。関係する人の数が増えたがゆえに「顔と名前が一致しなくなった」と感じる面もあるというのだ。

▼無意識に分けられる3つの記憶の種類
側頭葉外側(意味記憶)
学習活動によって得られた知識やモノと言葉の対応などに対する記憶。
側頭葉内側(エピソード記憶)
前日の夕食の内容やイベントなど個人の体験に関わる記憶。
小脳(手続き記憶)
クルマの運転や、楽器を演奏するなど体で覚えているもの。
●人の「覚える」機能は、いくつもの記憶の組み合わせで構成されている
出典:東北大学加齢医学研究所
▼顔と名前が一致しない脳のメカニズム
覚えられるのは80~250人
顔認識と名前、エピソードの記憶は別々の部位で記憶される。すべてが一致する人数は80~250人とされる。学生時代は関わる人が少ないためほぼすべて覚えることができるが、社会人を重ねると関わる人が多くなり古い友人の記憶は消えていく。

それに、何かをパッと見てすぐに覚える直感像的な記憶力は、物事に重みづけをせず並列的に覚えてしまうため、優先順位をつけられないなど応用性が乏しく、大人にはむしろ不要な記憶力だという。

「直感像記憶は、生命が危機に陥ったときや、生きるうえでよほど有利である場合に発揮されます。霊長類が現れるまでの動物は本来、生き延びるために直感像記憶を必要としていた。サルなら9歳くらいまで、人の場合は3~4歳くらいまで直感像記憶が残っています。それも大人になるにつれ薄れていきます」

幼い子どもが電車に乗ると駅名を全部覚えてしまって、親が「うちの子は天才だ!」と喜んだりするのは直感像記憶が働いているからだ。しかし複雑なことを考えたり、状況に応じて柔軟に行動したりするときは、少ない情報を組み合わせて答えを出すシステムが有利になるので、人はある年齢になると直感像記憶を捨てていると考えられている。

直感像記憶が優れているのは、一面として人間として未熟であることを意味している。だから、それほど羨ましく思う必要はないだろう。とはいえ、今さっき会った人の名前を忘れてしまうのでは困ってしまう。また、何カ月後かに昇格試験や英語などの資格試験があり、どうしても覚えなければいけないという切羽詰まった状況もあろう。

そんなときは複合的に記憶するといいと篠原教授はアドバイスする。

「覚えるときに感動や危機感などの感情を加えるのです。そうすると記憶が残りやすくなります」

感情を伴うと、海馬の前にある扁桃体が覚醒し、海馬傍回から情報が入ってくる。扁桃体は恐怖の記憶をとどめたり、感情の処理を司ったりする部分。また、視覚や聴覚などの器官が感知する情報は海馬傍回を通って海馬に流れ込む仕組みになっている。

「死にそうになった経験を覚えていないと次は本当に死んでしまう、1度エサが取れたときの状況を覚えていないと次またエサにありつくことが難しくなるなど、動物がサバイバルするために不可欠な、原始的な脳のメカニズムです」

▼「感情」を加えて強い記憶に残す【扁桃体・海馬・海馬傍回】
感情を司る扁桃体は海馬に隣接
記憶を司る中枢といわれる「海馬」。耳の内側あたりにある。長さは約5センチ、直径約1センチ。扁桃体は感情を司る部位で、海馬にも大きな影響がある。海馬傍回は脳の表面を覆う大脳皮質と海馬を結び、視覚・聴覚・味覚などの情報はここを通って海馬に流れる。
●ただ覚えようとするのではなく、「好き」などの感情と一緒に記憶するのが有効

何十年も前に戦火の中、命からがら逃げた経験はいつまでたっても忘れないし、大好きな人を初めてデートに誘った日のことも覚えているのに、先週の夕食で食べたご飯のメニューは簡単に忘れてしまう。これは記憶に伴う感情の大きさに差があるからだ。

もちろん私たちが日常的に何かを覚えるために、自分の身を危険にさらすのは現実的ではない。そんなときはどうすればいいのか。

「人工的に感動をつくってやればいいのです。脳は意外に単純で、ふつうに学習するときでも、あえて『すごく面白い!』と口にするだけで記憶力が上がります」

こうやって何かを覚えるときにとても楽しい、逆にとても辛いなどの感情が付加されると記憶はいつまでも残るものだ。日常的にも、あえて感情で脳をだましてやる複合的記憶法を実践したい。

ただし、恐怖によって脳に覚えさせるのは効果があってもあまりお勧めはしないという。

「たとえば、ある場所で美味しいエサが食べられた記憶と、その場所で猛獣に襲われて命を落としかけた記憶では、後者のほうがより生死にかかわるので当然強い感情が伴う。そのため、いつまでたっても残るのは恐怖反応系の記憶です。でも、これを繰り返しているとトラウマになってしまう。しごき体験などがそれにあたります」

なるべく面白い、楽しいなど、プラスの感情で記憶力を高めるほうがお勧めだ。

■記憶を長期増強させる復習タイミングとは

また、篠原教授によると記憶に残りやすくする方法がもう1つあるという。

「複合的記憶と同様に、繰り返し学習によっても忘れにくくなります。繰り返し学習すると、記憶のネットワークの中にちょっとした信号が入っただけで一気に情報がつながるような現象が起きるからです。これを記憶の長期増強といいます」

ビジネスパーソンの場合、ずっと記憶を保たなくても、次の資格試験まで、次回の昇格試験まで記憶を保てばいいというケースが多い。

「ゴールが決まっている場合、1度だけ復習するならどのタイミングがよいかという研究が2007年に行われています。それによると試験の直前学習を除くと、学習開始から試験までの期間を6で割ったくらいの日にちで復習するのが、一番成績はよくなると出ています」

試験が1カ月後にあるなら5日後あたり、1年後なら2カ月後の周辺で復習するのが一番効率的だ。

「1度だけの復習では不安があるというなら、残りの期間をまた6で割ったくらい日にちが進んだところでもう1度復習すればいいのです」

1年後の試験の場合、1回目の復習が2カ月後で、2回目の復習がその1カ月半後(残り10カ月間を6で割ったあたり)となる。まだ不安ならさらに1カ月半手前あたりに3回目の復習を計画すればいいだろう。

この、期間を6で割って復習する方法は、部署やグループの長がメンバーに重要事項を周知徹底する場合にも使える。1カ月後に大きなプロジェクトの締め切りを迎えるようなときは、5日後あたりに重要事項をもう1度伝えると、メンバーが記憶しやすくなるというから、ぜひ試してみたい。

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篠原菊紀(しのはら・きくのり)
公立諏訪東京理科大学 教授
1960年、長野県生まれ。東京大学教育学部卒業後、同大学院教育学研究科修了。学習や運動などに関連する脳活動の研究を行っている。著書に『覚えられる 忘れない! 記憶術』(すばる舎)など。

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(Top Communication 撮影=研壁秀俊 写真=iStock.com)

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