学費は年500万「英国の超名門校」の価値
プレジデントオンライン / 2018年10月22日 9時15分
※本稿は、石井理恵子『英国パブリック・スクールへようこそ!』(新紀元社)の一部を再編集したものです。
■学ぶのは“選ばれた”子どもたち
英国の就学生徒のうち、7~10%程度のみが学ぶパブリック・スクールは、知れば知るほどミステリアスでディープな世界。ここで生徒は、13歳から18歳までの5年間を過ごします(著者注:一部、11歳に入学して7年間在学する学校もある)。
かつて英国では、上流階級の子どもたちのみが教育を受けることができました。学校というかたちではなく、家庭教師を付けて勉強を教わっていたのです。
その一方で、教会やギルドが優秀な人材を育てるべく、裕福でなくとも、無償で学べる場を与えるために学校を開きました。そこでは、選ばれた子どもたちのみが教育を受けることができました。やがて、費用さえ出せば誰でも「公=パブリック」(限られた人材でなく、一般に門戸を開くという意味で)に入学できる学校となり、富裕層の子弟の学びの場になっていきます。
パブリック・スクールは、今や英国内外の王室関係者も入学することで知られていますが、そもそも王族は家庭教師を雇って教育をしていたわけで、王族のパブリック・スクール入学が注目されたのはウィリアム王子とハリー王子のイートン・カレッジ入学からでした。
■私立校2500校のうち24校だけを指す言葉
パブリック・スクールの定義は、厳密にいうとヴィクトリア時代にまとめられました。はじめは「ザ・ナイン」(イートン・カレッジ、マーチャント・テイラーズ・スクール、ラグビー・スクール、ウェストミンスター・スクール、シュルーズベリー・スクール、セント・ポールズ・スクール、ウィンチェスター・カレッジ、チャーターハウス・スクール、ハロウ・スクール)と、さらにそれらを含む24校(表1参照)が値するとされてきました。
現在ではその数は増え、全寮制男子校を指すなどの定義も変化し、パブリック・スクール関連のウェブサイト「タトラー・スクールズ・ガイド(Tatler Schools Guide)」では、20世紀に作られた新しい私立校(共学・女子校含む)もパブリック・スクールに含まれています。さらに「パブリック・スクール」という呼称すら最近はあまり使わなくなって、単純にインディペンデント・スクール(Independent School)と呼ばれることがスタンダードになりました。公立ではない、独立した私立学校という意味です。これには通学制も寄宿制も含まれます。
ちなみに現在、表にある24校を含めて、英国に私立校は2500校以上あるといわれています。
■日本の私立中高に通わせるよりもハードルが高い
パブリック・スクールは、もともとは教会と密接なつながりがあるところが多く、その活動の一環として始まった部分もあります。しかし、歴史とともに徐々に形を変えてきており、教育にお金をかけることができる家庭の子どもたちが、名門大学入学を目指して通う学校という側面が強まってきています。
英国で子どもをパブリック・スクールに入学させたいと考えている親の理由には、このようなものがあります。
・自身がパブリック・スクールに通っていたので、子どもにも同等の良い体験をさせたい
・公立校に比べて充実した環境や施設で子どもを学ばせたい
・名門大学へのステップとして価値を感じている
卒業生に聞くと、同級生は親が資産家や実業家、銀行や大企業勤めの人が多いようです。英国でパブリック・スクールに通わせる、ということは日本の子どもたちを日本の私立中高に通わせるよりもハードルが高いのです。とくに費用面で。
日本だと、公立の進学校の滑り止めに複数校を受験するケースもあります。しかし英国ではシステムが異なり、パブリック・スクールの中でも名門とされるところは最終的に1校に絞り込まなければならないようです。そのうえ合否が決まる前に学費の一部を前納するところが多く、学費は日本に比べてかなり高額です。
■5年通えば2500万円以上の出費
難関校の上位にいるような学校の場合、寄宿舎に暮らし、生活のすべてがほぼ学校で行われるようなところだと年間に平均して500万円ほどかかります。これで授業料のほかに住まい、毎回の食事、学外活動やイベントにかかる費用はほぼ賄われますが、5年通えば2500万円以上が必要です。それだけ学費が高額でも、やはりパブリック・スクールに行かせたい、という親はいます。
子どもに公立よりも細やかで質の高い教育とケアをしてもらえ、教師や生徒の平均的なレベルが高く、ある種の安心感があることが、ちょっと無理をしてでも入学させる決め手となっているようです。また、家族が代々パブリック・スクールに通っていること、希望する大学への合格率が良いこと(これは日本もそうですが)もあります。そのぶん、成績が落ちれば退学もやむなし、経済的に学費を支払うことができなくなった場合も同様です。
■公立校は学区によってレベルに差がある
公立校を選ぶにしても、悩みどころがあります。重要視されるのが学区です。公立校のなかにも私立校と同等レベルの学力の学校もありますが、学区によって学校のレベルにかなり差があり、同じ学力テストを受けても、優良な公立校ではパスする生徒が9割なのに対し、別の学区の公立校では4割というほど違いがあります。また、公立の中でも特にレベルの高いグラマー・スクールと呼ばれる進学校もありますが、数が少なく難関です。
■良い公立校に通わせるため引っ越しする親も
英国在住で、公立にお子さんを通わせている方からこんな話を聞きました。
「日本人にはわかりづらいのですが、公立には中学、高校入試というものがまずありません(著者注:日本の公立中学・高校にあたるものはセカンダリー・スクールという11歳から7年間の学校。私立校は11歳で入学の学校もあるが、13歳の学校もあり、このタイミングの違いも考えなければならない)」
「学区内で選べるのは、いずれも受験のない普通の公立校か、カトリックスクールの二択しかありません。なので、いい学区に住まなければ評判の良い学校には入学できません。以前は家から学校に距離的に近かったり、兄弟が入れば特別に入れてもらえたりすることもありましたが、現在は人気の公立校はどこもいっぱいで、たとえば別の学区に転入したいと思っても空きがなければ待たされることがあるくらいなので、いい学校はその学区に住んでいなければ入れないというのが最近の風潮です」
住んでいる地域に入学を希望するようなレベルの公立校がない場合、入学年齢になる前に希望の学校がある学区に引っ越しを考える親は少なくないといわれています。公立校から大学進学を目指していればなおさらです。とはいえ、優良校のある学区は環境も良く、住居の価格も賃貸料もかなり高く、場合によっては良い公立校入学のため引っ越すよりは私立の学費のほうが安くつく場合もあります。
いずれにせよ、進学先選びはかなり悩ましいケースもあるのです。
■英国でも「お受験」準備
日本でも子どもを有名私立小・中学に入れるために、お受験準備として塾に行かせたり、家庭教師を付けたりすることはままありますが、英国にもそれに近いものがあります。
ただ、準備を始める年齢に関しては、日本に比べ、スタートが早い人はかなり早いのです。希望校のターゲットを1~2歳から絞り込み、受験に向いた保育園や幼稚園に入れる。または、小学校から公立ではなくプレップ・スクールとよばれる私立の小学校に通わせる、などです。イングランドにはプレップ・スクールがいくつもあり、ウィリアム王子やその息子のジョージ王子が有名プレップ・スクールに通っていたことだけでなく、その前に通ったナーサリー(日本でいう保育園や幼稚園のようなところ)も話題になりました。
また、独立したプレップ・スクールのほかに、いわゆる付属の小学校を併設しているパブリック・スクールもあります。その中には寄宿制で7歳くらいから寝起きを共にし、集団生活に慣れさせているケースもあります。パブリック・スクール入学時にもかなりお金がかかりますが、その準備として、有名なナーサリーやプレップ・スクールに入れるとなると、そこでまた費用がかさみます。私立の幼稚園や小学校に行かずに、公立からパブリック・スクールへ進学する道もありますが、公立校とパブリック・スクールでは、小学校の段階でシステムが違います。ここでは詳しく説明しませんが、ちょっとややこしい部分があるのです。
■入学準備のためにフランス語やラテン語も
いずれにせよ、保育園からパブリック・スクール入学を視野に入れた教育を始めると、かなりの金額がかかります。こういったパブリック・スクール付属や有名プレップ・スクールでは、フランス語やラテン語を教えるところも多くあります。これに追いつくため、あるいは入学試験のために、公立小学校や、それらの科目のない私立に通っている子どもに、家庭教師を雇う親もいます。
ただ、公立小学校での成績が良いと、担任の先生などから、パブリック・スクールの奨学生にトライしてみてはどうかという話が出ることもあります。学力面での条件を満たし、面接を通れば、入学する生徒ももちろんいますが、奨学金といっても全額カバーではないケースがほとんどなので、選択するかどうかは家庭しだいとなります。
■学費以外に出ていく諸経費も
「ザ・ナイン」と呼ばれる、英国の中でもトップクラスの学校の学費を調べてみました。寮生活を送るケースと、自宅から、あるいは滞在しているガーディアン(実家が遠方で、学校に通えないような場所にある生徒の現地の保護者、身元保証人。ガーディアンにも支払いが必要)宅などから通学するケースとでは違いがありますが、寮暮らしの生徒の場合は、平均的に日本円で年間500万円程度(1ポンド=約150円と考えた場合)かかります。そのうえ、入学時には、さらなる諸経費に加え制服や運動着、寮生活に必要なあれこれをそろえなければならず、それにはまた別途お金がかかります。
生徒の受けている授業によっては、美術を学んでいればフランスへ、歴史を学んでいればギリシャへ、などと学業に関連するスクール・トリップや、スポーツ、音楽での海外遠征も珍しくなく、そういったことにかかる費用も親の負担となります。それらを考えると、13歳から18歳まで通うと、想像以上の金額が出ていきます。ある人は、学費捻出のため自宅を売り、アパートへの引っ越しを考えたこともあると話していました。
■それだけの価値がある教育、施設、教師陣
しかし、日本では考えられないような充実した設備や教師陣の質、そこでしか出会うことのできない独自の人間関係やさまざまな体験をプライスレスと考えれば、この高額な出費にも納得がいくのではと思います。
パブリック・スクールには、スポーツや芸術分野についても、公立よりもはるかにバリエーション豊富な内容と、生徒が興味を持てばすぐにレッスンを受けられる環境があります。ナショナルチームが使用するクラスのラグビー場やゴルフコースを持つ学校もあります。特殊な民族楽器を使うときでも、可能な限り学校が教師の手配をしてくれるなど、日本では考えられない対応です。
そのほか、私立校では整備されていることが多いジャンルのスポーツで使う施設や器具が公立校ではそろっていなかったり、コーチも学校ではなく生徒の家族が探して謝礼を用意しなければならなかったりと、公立校には意外と面倒な事情があるようです。
そのため、レベルの高い公立校に入学するために、かなり家賃の高いエリアに引っ越すのか、あるいはパブリック・スクールの高い学費を払うのかを天秤にかけて悩む親もいるのです。
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ライター/エディター
雑誌編集者を経てフリーランスに。おもにペット、映画、TV、英国をテーマに執筆活動中。著書に『英国フードA to Z』(三修社)、『英国男子制服コレクション』『鉄道ねこ』『パブねこ』(新紀元社)、『2度目からのロンドン・ガイド』(河出書房新社)、『美しき英国パブリック・スクール』(太田出版)ほか。英国についてのあれこれについて発信するブログ『英国偏愛~ネコを旅して英国ぐるり』を公開中。
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(ライター/エディター 石井 理恵子 編集=的場容子)
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