"メールが短い人"はAIに仕事を奪われる
プレジデントオンライン / 2018年10月21日 11時15分
「子どもを本の虫にするには撒き餌が大事。親が子に与えるのは必ずしも真面目な小説でなくてもいい。子どもが好む漫画やゲーム攻略本でもいい」と語る開成高校・柳沢校長(『プレジデントFamily2018秋号』より)。
■活字離れの誤解。今ほど「文字」に親しむ時代はない
活字離れが進んでいるといわれて久しい。
出版科学研究所が発表している出版物(書籍・雑誌合計)の推定販売額を見ると、1996年の2兆6564億円をピークに長期の下落傾向にある。2017年の紙の出版物(書籍・雑誌合計)推定販売金額は、1兆3701億円(前年比でマイナス6.9%)。ピーク時の半分近くまで縮んだ。確かに活字離れは進んでいる。
しかし、これは「紙に印刷された文字」の話だ。「デジタルの文字」が伝える情報量は圧倒的に増えている。東京大学合格者数1位を誇る私立の雄・開成学園の柳沢幸雄校長は次のように語る。
「ツイッターやLINE、インスタグラムなど、SNS上に書かれている文字の数は膨大です。今ほど、文字が社会に浸透している時代はないのではないでしょうか。子供たちはそれを読んでいるのだから、どの時代よりも文字に親しんでいるはずです」
■読んでいる「文章の短さ」が問題だ
一方で、今の子供たちの文章読解能力が低いと言われる。
今年2月、AIで東京大学合格を目指す“東ロボくん”研究で有名な国立情報学研究所の新井紀子教授が著した『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)では、読解力がないために教科書の意味が正しく理解できていない子が3人に1人はいるとして、衝撃を与えた。
文字があふれる現代に生きているはずの子供たちの読解力は、なぜ、低いのか? 柳沢校長の見解はこうだ。
「読んでいる文章の短さが原因だと思います。ツイッターの(書き込みできる)文字数は140文字と制限されています。SNSの投稿やLINEのメッセージも短い。内容もコマ切れになっていて、ひとつのことを長く説明はしていません。読解力をつけるには、やはり長い文章を読み込み、さらにそれをある程度長い文章で書くトレーニングが必要です」
柳沢校長によると、この「長い文章を読み(読解力)」「長い文章を書く(作文力)」という力の有無が将来の職業をわけるのではないか、という。
「世の中の仕事には、大きくわけて長い文章を読んで書く必要のあるものと、その必要がないものがあります。近い将来、多くの仕事がAIに奪われるといわれています。AIに奪われないのは、コミュニケーション能力や臨機応変さといった能力が求められる仕事とされていますが、私は、それに加えて、長い文章を読み、長い文章を書く力が必要な仕事も含まれると考えています」
■短い文章の読み書きばかりではAIに負けてしまう
オックスフォード大学が2013年に発表した「10年後になくなる仕事」には「データ入力作業員」「電話販売員」「検査作業員」などが挙げられていた。一概には言えないが、単純作業やマニュアル化された仕事はAIやロボットが代行できるだろう。
しかし、ビジネスパーソンが報告書やプレゼンテーションの資料を作成しようとした時、多くの顧客データを分析したり、市場調査するための専門書を読んだりする。そして、相手が納得できるレベルの論理的な文章をまとめなければならない。必然的に読む文章量(インプット)も書く文章量(アウトプット)も長くなる。
そうした一連のプロセスをトータル的にこなすのは、AIでもそう簡単ではないはずだ。そう考えると「長い文章を読み、長い文章を書く力」が求められる仕事という柳沢校長の指摘は、核心を突いていると思われる。
ポイントとなるのは、扱う文章の「長さ」なのだ。大人も子供もツイッターやLINEなどショートメッセージの送受信に明け暮れる現代人は、そうした「長さ」対策を怠ってしまう傾向にあるのかもしれない。
でも逆に言えば、親が子供に「長い文章を読む力」を与えてやることができれば、たとえAIに仕事を奪われても、自分で本を読み、新しいテクノロジーや考え方を吸収して変化の早い時代に対応していけるのだ。
■話を聞いてあげると、読解力や作文力は育つ
わが子に「長い文章を読み、長い文章を書く力」を養うには、どうしたらいいのだろうか。やはり、たくさん読書をさせて、作文教室などに入れるべきだろうか。
これにも柳沢校長は意外なアドバイスをしてくれた。
「大事なのは『子供が話す』ことだと思います。つまり、話し言葉で表現した時に、きちんと相手に伝えることができるようにする。それはどういうことかというと、論理的であるということ。つまり、『いつ』『どこで』『だれが』『なにを』『なぜ』『どのように』をしっかりと入れて話すということです。こうしたことができるようにするには、子供が話している内容を真剣に聞いて、わからないことがあったら、親が質問する。これを繰り返すうちに、わかりやすく話すには5W1Hの説明が必要だと自然と理解するようになります。当然、わかりやすい文章も書けるようになります」
5W1Hをしっかり押さえて話すことが大事だとわかった子は、本を読む時もそれを意識して読めるようになる。今、描かれている場面は、いつのことなのか。「私」はどのように思っているのか。気持ちに変化があったのはいつなのか。それはなぜなのか。こうしたことを確認しながら読むということが、文章の論理構成を把握することであり、読解力につながっていく。
「家庭でもっともやるべき教育というのは、子どもに話をさせることだと思っています。多くの家では親ばかりが話してしまっていて、子供の話を聞いてあげられていないんです。だから、私はしばしば学校(開成中学・高校)で保護者の皆さんに『2:1の原則』でいきましょうと伝えています。子供に2話させて、親が1話しましょう、と」(柳沢校長)
■親が話を聞いてあげると、学力もあがる
実は、この柳沢校長の「2:1の原則」は科学的にも裏付けられている。
東北大学加齢医学研究所所長の川島隆太教授が仙台市に住む合計7万人の小中高生を2010年から7年にわたって追跡調査(『学習意欲の科学的研究に関するプロジェクト』)した結果を解析すると、「家の人にしっかり話を聞いてもらった」と答えた子は、学力が上がるということが明らかになった。膨大なデータが強い因果関係を示しているのだ(参照記事:"ながらスマホ"で子の芽を摘む気の毒な親)。
なぜ、親に聞いてもらうと学力が上がるのか。
「(親に受け止めてもらうことで)親子の愛着関係が高まり、子供の精神状態が安定。こうした親子関係にある子供は、家で安心して暮らしているから、落ち着いて勉強に取り組める」というのが川島教授の見解だ。
■読解力の高さと学力の高さは非常に強い相関関係
これに加えて、話を聞いてもらって「読解力」が伸びたことにより、学力が向上した可能性が高い。
読解力はすべての教科の土台となる力だ。算数や社会、理科は、正しい知識を持っていても、問題文を正しく理解する読解力がないと正解を導き出せない。実際、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』によると、読解力の高さと学力の高さは非常に強い相関関係にあったという。
私立のトップ校である開成学園の入試問題では、国語はもちろん、すべての教科でかなり長い文章を読んで、問題を解かせている。
「制限時間内に長い文章を読んで、それがパラグラフごとにどのような相互関係になっているか理解できないと解けない問題です。長文の内容が理解できたか、できなかったかが第一関門になっています」(開成校長)
こうした力の土台が、子供の話を聞くということなのだ。「じっくり子供の話に耳を傾ける」ただそれだけでいい。5W1Hをひとつずつ質問して、子供から話を引き出せば、自ずと2:1の原則は満たされる。ただ、柳沢校長は、親が聞く時に「5W1Hがわからない」と厳しく子供に指摘するのは避けてほしいという。話すと親がお説教してくると思ったら、子供はもう二度と話したくないと口をつぐんでしまうからだ。
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※『プレジデントFamily2018秋号』の特集「東大生192人 頭のいい子の本棚」では、開成中学・高校の柳沢幸雄校長のインタビューのほか、「現役東大生自身の小学生時代の読書習慣と小学生に薦める本」「国語・算数・理科・社会・英語 5教科が大得意になる本」「筑附小、慶應横浜初等部、桜蔭中・高、筑駒中・高など名門校の図書館で読まれている本リスト」などを紹介しています。本選びの参考に、ぜひ手に取ってご覧ください。
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開成中学校・高等学校校長
東京大学卒業後、システムエンジニアとして日本ユニバック(現・日本ユニシス)に入社。74年に退社後、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授、同併任教授、東京大学大学院教授を経て、2011年より母校である開成中学校・高等学校の校長を務める。
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(プレジデントFamily編集部 森下 和海 写真=iStock.com)
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