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中国で増える"共産党テーマパーク"の異常

プレジデントオンライン / 2018年10月23日 9時15分

南湖幸福湾水上公園に設置されていたアニメ人形調の紅軍兵士(撮影=安田峰俊)

国の中部にある人口1000万人の都市・武漢。そこには「中国共産党テーマパーク」と呼ばれる奇妙な公園がある。敷地全体に中国共産党や習近平政権を賛美するオブジェが乱立しているのだ。現地を訪ねたルポライターの安田峰俊氏は「いま中国では子供の利用する施設が、政治宣伝の標的にされつつある」と指摘する――。

※本稿は、安田峰俊『さいはての中国』(小学館新書)の一部を再編集したものです。

■閑静な住宅街に横たわる「政治」

湖広熟すれば天下足る、という。

長江中流域の湖北省や湖南省には肥沃な土地が広がり、ここでコメを作っていれば天下の需要をも満たせる――。という例え話だ。

水が豊かなこれらの土地の湖沼は、都市化のなかで公園に作り変えられた例も多い。湖北省武漢市内にある南湖幸福湾水上公園も、そんな場所のひとつだ。あたりは閑静な住宅街。公園で息子と遊ぶ父親、ベビーカーを押す母親、四方山話に花を咲かせる老婆たち――、と絵に描いたような幸福な日常が広がっている。

だが、ここは他の公園とはひとつ大きく異なる部分がある。敷地の全体に、中国共産党や習近平政権を賛美する立て看板やオブジェが溢れているのだ。生々しい「政治」が市民の暮らしに完全に溶け込む様子は、言い知れぬ不調和を強く感じさせた。

2015年9月28日、この南湖幸福湾水上公園は「共産党人」をテーマとした敷地面積30万平方m(東京ドーム6.4個分)の広大な主題公園(コンセプト公園)に生まれ変わった。一部では「中国共産党テーマパーク」だと報じられたが、普通の公園に「共産党っぽい」さまざまなオブジェが据え付けられた施設と言ったほうが正確だろう。もちろん入場は無料だ。

■「共産党公園」をツアーしてみた

北側の入口から順を追って、共産党公園をツアーしてみよう。

まず、入ってすぐに大量の中国国旗と、地元である湖北省や武漢市出身者である往年の人民解放軍幹部や党幹部の解説パネルがお出迎え。さらに湖畔を囲む1.5km程度の遊歩道には、東方向に中国共産党の結党から現在にいたるまでの党史を解説する23枚の立て看板、西方向に党の「英雄」29人の彫像がずらりと並ぶ。党史の看板は中国の伝統的な切り絵を現代アート風にアレンジした小洒落たもので、習政権の功績を讃える内容も多い。

そして公園の東端には、習近平が熱心に宣伝しているイデオロギーである「社会主義核心価値観」の12個の標語をかたどった立方体のオブジェがどっしりと鎮座している。

のどかな公園には不似合いなことに、オブジェの周囲には数人の警備員が常駐している。私はカメラを構えたところを見つかってしまい、早々に退散した。

「共産党人」アピールが最も濃厚なのは公園の南側だ。マルクスの『共産党宣言』の書籍をかたどった大理石があるスペースは、入党の宣誓式会場を模したものである。すぐ近くにある児童アニメ調にデフォルメされた人民解放軍兵士の巨大な人形4体は、親子連れやカップルの間での格好の撮影スポット――、にしたくて設置したのであろう。植え込みには抗日戦争(日中戦争)の勝利を祝う標語が掲げられている。

長征(1930年代に国民党軍に追われた紅軍の大移動)の経路がでかでかと床に描かれた広場では、地域の子どもたちが一心不乱に鬼ごっこに興じていた。

幼児をあやしていた30代くらいの母親に、感想を聞いてみる。

「私は政治に関心はないです。でも、息子が公園で遊ぶことで国家の歴史を勉強できるのは、よいことだと思う」

■進む市民公園の「政治化」

武漢市内では2015年に入り、こうした市民公園の「政治化」が続々と進んでいた。

例えば1950年代に市内に開設された紫陽湖公園は「愛国主義」を、同じく洪山公園は習政権のスローガン「法治」をテーマにリニューアルされた。実際に敷地内を散策してみると党のイデオロギーを宣伝する看板が乱立しており、毛沢東の標語がどこにでも貼り付けられていた1960年代の文化大革命を連想せぬでもない。

これらの公園には、「税金の無駄遣い」「市民の生活空間にプロパガンダを持ち込むな」と苦言を呈するネットの声もある。だが、現地当局は批判もどこ吹く風だ。地元紙『長江日報』は当時、武漢市内では他にも「中国夢」「中華優秀伝統文化」などを主題にした公園9か所の新規開設や改装の計画が進んでいると報じていた。

■小学校には巨大な宣伝看板

共産党公園の登場は(この取材時点では)武漢市に特有だったとはいえ、こうした庶民の日常の「政治化」は習近平政権下の中国全土で進行中である。

「近所の小学校に、突然2m大の巨大な宣伝看板が複数現れました。習近平が子どもに囲まれて右手を挙げた、往年の毛沢東を連想する構図です」

当時、北京に在住していた中国法律研究者の高橋孝治はそう話す。看板は習近平が党のトップに立った3カ月後(2013年2月)に突如登場した。

「現政権下では市内の宣伝看板も増えました。ただ、教育施設や公園など、子どもや若者が多く利用する施設で特に重点的に、イデオロギーの注入が進められている印象です」

これらの政治宣伝は、いずれも習近平に対する個人崇拝や、党のイデオロギーを強く前面に押し出す点が特徴だ。国家を疲弊させた毛沢東体制の終結から約40年間、中国で長年のタブーとされてきた政治手法が、21世紀になって復活したのである。

■地方官僚の「忖度」が過剰なプロパガンダに

ちなみにこうした傾向は、首都の北京や習近平の祖籍地である陝西省のほか、冒頭の湖北省や湖南省などで特に色濃いようだ。

安田峰俊『さいはての中国』(小学館新書)

中国共産党中央党校を修了した経歴を持つ元中国官僚で、現在は亡命中の民主活動家・顔伯鈞に理由を尋ねると、昨今の現象は地方官僚が政権の意向を過剰に忖度して引き起こした面もあると話した。

「例えば、中国では2015年7月に人権派弁護士が100人単位で拘束されましたが、習近平自身の意向は『少し脅しておけ』という程度だったかもしれない。しかし、末端の幹部は出世の点数稼ぎを目的に、目立った成果を挙げようとします。現在の過剰なプロパガンダの蔓延にも、同様の構図があることでしょう」

もっとも別の要因もある。

「習近平時代(第一期)に入り、社会の決定権を握る人間の多くが文革の主人公だった紅衛兵世代に代替わりしました。文革は毛沢東が個人崇拝と大衆扇動的なプロパガンダを通じて起こした政治運動です。多感な十代でこれを味わった彼らには、毛沢東式の手法こそが『政治』の本質だ、とする観念が刷り込まれています」

考えてみれば、子どもの「洗脳」や文化施設へのプロパガンダを重視する政策とは、まさに文字通りの「文化大革命」だ。事実、共産党公園がある湖北省をはじめ、習政権のプロパガンダ政策が特に強烈に実施されている陝西省・湖南省などの党委員会の書記を調べると、全員が例外なく紅衛兵世代である(取材当時)。いずれも習近平と同じく、若き日に下放を受けた経験を持つ「文革の子」だ。

■「文革世代」の政治は長期化

――彼らは歳を取って変になったのではない。変な人たちが歳を取っただけなのだ。

中国では文革世代を揶揄したこんなジョークもある。青春時代に暴力的な政治運動の洗礼を受けた人々の統治は、必然的に荒っぽいものにならざるを得ないというわけだ。

「習政権の10年間は、リベラルな中国人にとって暗黒の時代です。しかし、これが世代的な問題である以上、彼らの退場後に中国の夜明けが必ず来ます」

と顔は言ったが、習近平はこの取材後の2018年3月に国家主席の任期制度撤廃を取り決め、文革世代の政治は当初の想定よりもいっそう長期間続く可能性が高くなった。

また、習近平体制は都市部のインテリ層や共産党内の穏健派から強い嫌悪感を持たれているが、いっぽうで地方の農民や都市部の貧困層の庶民からは支持されている。毛沢東が発明した「文革式」の政治は、中国人民をまとめる上では意外と有効な手法でもある。

共産党公園の開設ラッシュは、時代遅れの「文革の子」による最後の悪あがきか、ある意味において習近平政権の統治の安定ぶりを示すものか。答えは出ないが、のどかな市民公園を歩いていても、ちっとも落ち着かないことは確かである。

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安田峰俊(やすだ・みねとし)
ルポライター
1982年生まれ。立命館大学人文科学研究所客員研究員。広島大学大学院文学研究科修了。現代社会に鋭く切り込む論を、中国やアジア圏を題材に展開している。著書に、天安門事件に取材した『八九六四』(KADOKAWA)、台湾のホンハイCEOを扱う『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)、編訳書に『「暗黒・中国」からの脱出』(文春新書)など。

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(立命館大学人文科学研究所客員研究員 安田 峰俊)

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