住民が1人もいない"タワマン保育所"の怪
プレジデントオンライン / 2018年10月19日 9時15分
※本稿は、大原瞠『住みたいまちランキングの罠』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■「至近に認可保育園あり」をうたうマンションの罠
新築分譲マンションの広告の中に、こんなセールストークが載っていることがあります。
「通勤時の送り迎えに便利な、マンションから徒歩○分、○○○mの至近に認可保育園あり」
「当マンションと同時期に完成する再開発ビルに認可保育園整備予定、子育て世帯に安心!」
そんな広告を見ると、もうじき子どもが生まれ、その後1年ほどで育休から仕事に復帰したいと思っている世帯にとっては、まさにうってつけの物件に見えるかもしれません。もし読者のあなたもそう感じたのなら、デベロッパーの作戦に思い切り引っかかっていますね。
まず、広告をよく見てください。「保育園には、マンション入居者の入園が約束されるわけではありません」という注意書きが小さい文字で併記されていませんか?
■認可保育園のデメリットは「希望通りに決まらない」
保育所事情に詳しい方には釈迦に説法になってしまいますが、現在、いわゆる保育園を大まかに分類すると二種類あります。一つが認可保育所(認可園、あるいは単に「保育所」と呼ぶこともあります)、もう一つがそれ以外(認可外保育施設)です。
よくいわれるように、認可保育所のほうが施設や職員配置などのさまざまな面で基準が厳しい分、保育環境が優れているだけでなく、公的補助も手厚く利用者負担は低いとされ(実際は世帯によるのです。詳しくは後述)、それゆえに利用希望者が殺到します。
しかし、マスメディアではまったく語られない認可保育所のデメリットをみなさんはご存じでしょうか。はっきりいいましょう。運よく認可保育所に入れることになっても、自分が希望した(たとえば、通勤動線的に都合がいい場所にある)施設に入れることはまずなく、それこそ駅とは逆方向で少々不便な場所にある施設を提示され、それでも入れるだけマシと考えて送り迎えしなければならない場合が多いことです。
少し考えればわかることですが、たくさんの人が子どもを保育園に入れたい、なかでも駅前などの便利な施設に入れたいと申請してくるわけです。誰をどの施設に入れるかは地元の市区町村が決めるのですが(お役所用語では「利用調整」といいます)、各世帯の親の勤務状態や祖父母が近くにいるかどうかなどを点数化して順位をつけ、上位者(=保育環境が、より恵まれていないとされる世帯)から希望の施設に割り振っていきます。
ただ、市区町村によっては毎年何百人、何千人単位で申し込みがあるので、右の基準だけでは同点になってしまう人が何人も出て、最後は世帯年収が低いほうに決めていることが結構あるそうです。
■マンション住民が併設保育園に入れない「不都合な真実」
マンション併設の保育園は、よく雨の日も傘いらずということがセールスポイントのようにいわれるのですが、再開発タワーマンションに新規で併設された認可保育所には、そこを買って住めるような高所得世帯の子どもは誰も入れず、マンション住民は1人も通っていませんでした~なんて、笑えないような話が、現実に起こりうるわけです。
知り合いの行政関係者に疑問をぶつけてみると、「いや、そういう制度だから。そもそも保育所というしくみ自体、福祉事業ですよ。貧しくて共働きをしないといけないなどの理由で、子どもの“保育に欠ける”世帯に、安くて良質な保育サービスを提供することが本来の趣旨ですから」という声が返ってきました。
最近のマンションは、開発に先立って地元の市区が、マンションデベロッパーに対して、保育所整備への協力(資金の拠出や、マンション敷地内への保育所の新設そのもの)を求めている事例が増えてきています(東京都江東区、台東区、川崎市など)。しかし、先ほどの話のとおり、たとえマンションと同じ敷地・建物に併設であっても、認可保育所ならば住民に優先権はなく、むしろ1人も入れないかもしれません。
一方で、保育所整備のためにデベロッパーが市区に払った費用は、当然マンション価格に上乗せされています。住民が確実に保育所を利用できるならともかく、間接的に整備費を負担させられたあげく、自分たちはそこを利用できないなんてことも起きうるわけです。なんとも腹立たしい話ですね。まあ、不動産業者は誰もそんな「不都合な真実」は教えてくれませんけどね。
■あえて「認可外」を選ぶ保育園も
次に、認可保育所以外のもう1つのカテゴリーである、認可外保育施設について考えてみましょう。
世の中では、「認可保育所至上主義」、要するに認可のほうが認可外よりいい(認可外保育施設はダメ!)という考えがはびこっています。しかし、それは必ずしも正しくありません。いや、もっといえば、認可保育所にこだわりすぎると、実はかえって損をする場合もあるのです。
まず、一口に認可外保育施設といってもピンキリであるということをみなさんはご存じでしょうか。確かに、認可外保育施設の中には、雑居ビルの一室を託児所にしているような、あまり保育環境の整っていない施設もあります。一方で、認可保育所の厳しい基準のうちわずかな点を満たせないために認可になれない「惜しい」レベルの認可外保育施設も多数あります。
さらにいえば、認可保育所に準じた保育環境を持ち、認可保育所を目指せるにもかかわらず、特定のマンション住民などを優先的に受け入れるためにあえて認可外のままでいる施設すらあるのです(認可保育所であれば公営民営を問わず、地元の役所から割り当てられた園児を受け入れなければならないため)。
■認可と認可外、保育サービスに差
実は、両者にはこのほかにもう1つ大きな違いがあるのです。それは保育サービスの質。
誤解しないでいただきたいのですが、ここでいう保育サービスの質とは、保育環境のことではありません。保護者が子どもを預けるという面からの利便性のことをいっています。認可保育所は、繰り返しになりますが、保護者が仕事等で子どもの面倒を見られない時間帯がある(保育に欠ける)から、子どものために多額の税金を投入した「福祉」の一環として預かりますよ、という施設。ゆえに、制度設計や運用がガチガチです。
■認可外保育園は保護者ファースト
一方の認可外保育施設も、子どもの保育を目的としてはいますが、どちらかというと(なんらかの事情で子どもの面倒を見られない)保護者の利便のために子どもを預かるサービスという面が前に出たものです。このため、認可保育所に比べると、さまざまなルールが柔軟で自由度が高くなっていて、保護者にとっての負担が少なく、利便性に優れます。もちろん、各保育園で程度の差はありますが、関係者の間でよくいわれる認可保育所に対する優位性を総合するとざっとこんなところです。
1.預けられる時間の自由度・柔軟性が高い
2.預けた子どもに保育園で服薬させられるかどうかについて融通がきく
3.認可保育所では親がしなければならない雑用(園児の昼寝布団の準備など)を施設の職員が肩代わりしてくれるので、登降園時の手間と時間を節約できる
4.職場を出た後、買い物などの私用を済ませてから施設に迎えに行くことに寛容な傾向がある
5.親が仕事を休んだ日に子どもを預けることに寛容な傾向がある
これらのうち、最後の2つについて補足しておきましょう。認可保育所の場合、「仕事で保育に欠けるから保育園で預かっているのであって、あなたの私的な買い物の間、子どもの面倒を見るために預かっているのではないから、買い物に行く前にいち早く引き取りに来てください」と叱られることがあるといいます。保護者の仕事が休暇の場合も同様で、「休みなら、保育園に登園させずに家でお子さんと過ごしてください」とのこと。確かに、これぞ「子どもファースト」。
■認可保育園偏重の投資が「待機児童数ゼロ」を妨げる
さて、このように冷静に考えてみると、そもそも子育てにおいて、未就学児を持つ親や行政が、認可保育所の規模拡大ばかりにこだわるのは、いいことばかりではないということが見えてくる気がします。
かつて、全国最大級の待機児童数をはじき出した横浜市と川崎市では、それぞれ待機児童ゼロを公約に掲げた候補者が選挙で市長に当選した過去があり、とにかく認可保育所の整備・人材確保に努めた結果、どちらも一度は公約を達成しました。
ただ、横浜市や川崎市は東京都心への交通利便性が高い割に不動産価格水準が都内ほどではなく、その意味でもともと住みやすいまちであるという条件が整っていました。そこへ、さらに子育てがしやすいという宣伝効果が加わってしまったため、待機児童ゼロ達成が宣言されるのに前後して子育て世代がいっそう流入し、ゴールはまた遠のいてしまうという、いたちごっこの繰り返しになっています。
冷静に考えると、本来、待機児童を減らすためには、認可保育所だけでなく認可外保育施設(特に準認可保育園)の活用も重要な手段の1つです。そうすることで、認可保育所より近い施設を自分で選んで通わせられる世帯が増える利点もあります。しかし、世の中に根強い認可保育所偏重、認可外保育施設軽視の風潮の中で、これまでの取組(予算)はとにかく福祉の充実という観点から認可保育所整備に集中投入されてきました。その結果、本来、市区町村としてそれ以外に投資すべき分野にお金が回らないという、いびつなまちになっていく可能性があるのです。
子育てしやすいまちといったとき、私たちはつい待機児童数が何人かということばかりに目が行きがちですが、住民の選択肢を広げるという意味でも、準認可保育園の状況なども含めてじっくり考えてみることが必要だと思います。
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行政評論家
1974年生まれ。兵庫県出身。大学卒業後、学習塾講師や資格試験スクール講師を経て、行政評論家として活動。
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(行政評論家 大原 瞠 写真=iStock.com)
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