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トヨタとソフトバンクが目指すTNCの中身

プレジデントオンライン / 2018年10月26日 15時15分

握手するトヨタの豊田章男社長(右)とソフトバンクグループの孫正義会長兼社長。(時事通信フォト=写真)

■AIを手と足で開発、出遅れ感漂う日本製

2018年10月4日、トヨタとソフトバンクが自動運転を基軸とした移動サービス新会社を設立することなどを含む「世紀の提携」を発表した。

国内の時価総額1位と2位の企業による提携は多くの人を驚かせた。しかし今、クルマ、IT、電機、通信、電力、エネルギー等の産業が融合し、全産業の秩序を激変させる異業種戦争の攻防が世界的に起きているという見立てから言えば2社の提携は、実は至極自然なものに感じた。

それは「テクノロジー企業vs既存自動車会社の戦い」「日本・米国・独・中国の国の威信をかけた戦い」「すべての産業の秩序と領域を定義し直す戦い」という3つの要素をもつ次世代自動車産業の攻防では、巨額の開発予算をも示唆する「時価総額」というゲームのルールにおいて、日本勢は米中主要企業から大きく見劣りする状況からも明白だった。

自動運転を巡って、これまではグーグルをはじめとしたテクノロジー企業が長らく牽引してきた。自動車メーカーはそのあとを追いかける格好になっていたが、2018年1月、GMが19年からの完全自動運転実用化を発表した。日本勢もトヨタを中心に20年東京五輪開催前の実用化を目指す動きに拍車がかかっていたが、やや出遅れ感が漂っていた。

自動運転実用化が近年スピードアップしてきている理由としては、AIのディープラーニング(深層学習)の進化、センサー技術の進化、AI用半導体の進化が指摘される。テクノロジー面だけ見ると、すでに一定条件化での自動運転は実現可能な段階に入っており、国家・企業間の競争のポイントは、1年単位という時間軸の中で、どの国家・企業が社会実装を真っ先に実現できるかに移ってきている。

自動運転テクノロジーの“陰の支配者”と呼ばれる米国の半導体メーカー・エヌヴィディアのジェンスン・フアンCEOも、9月に日本で開かれた催しで講演し、自動運転実用化のタイミングを2年以内と宣言した。

「次世代の自動車は自動運転の能力を得ていくだろう。きっと、自動運転機能がない車は『アンティーク』と感じられるようになる。2年以内には、自動車が自ら車線に沿って走ったり、止まったりすることは、当たり前に感じるだろう」(フアンCEO)

同社は米メガテック企業6社FAANNG(フェイスブック、アップル、アマゾン、ネットフリックス、エヌヴィディア、グーグル)の一角とされ、トヨタやウーバーテクノロジーなど450以上の企業・団体と手を組み、自動運転技術の開発に携わっている。ソフトバンクが出資している企業でもある。ほぼすべての自動車会社がエヌヴィディアのテクノロジーを必要としており、同社は次世代自動車産業全体を鳥瞰するポジションを築いている。

フアンCEOの講演で最も印象に残っているのは「トレーニング×シミュレーション×ドライビング」という3つの自動運転開発プロセスを強調したことだ。これまでの膨大な走行ビッグデータとAIの解析をもとに、仮想空間を利用したテスト環境でシミュレーションを繰り広げ、自動運転開発プロセスをスピードアップさせてきているのだという。

米ランド研究所によると、AIによる運転の安全性を人間より20%向上させるためには、自動運転(テスト)車を約110億マイル(177億キロ)走行させてデータを蓄積し、学習させる必要がある。これは現実世界に置き換えると、100台の車両を24時間365日走らせて518年かかる計算になる。

ところが、エヌヴィディアは、明るさや天候から、建物や路面の形状、街路樹の葉っぱまで厳密に再現した仮想都市空間を構築したうえで、さまざまなセンサーを使って取得した車両データを活用して、仮想車両の側も力学的に実際の動きを再現。地域によって異なる交通ルールも含めたあらゆるシナリオをシミュレーションできるプラットフォームをつくり上げ、AIの学習時間を劇的に短縮させたというのだ。

エヌヴィディアがAIによるディープラーニングを用いて自動運転の開発を進めているのに対して、日本の自動車メーカーなどはまだまだ“手と足で”開発しているといえる。

日本の一部自動車会社では自動運転技術の開発プロセスは分断されており、それぞれのプロセスの担当者が“手動で”つなぎ合わせているのが現状だ。一方でエヌヴィディアではプロセス全体をデジタル化させている。それにより、エヌヴィディアなどの先行企業の自動運転技術は爆発的に成長してきている。

そんな中、ソフトバンクは以前から、「Bits(情報革命)」「Watts(エネルギー革命)」「Mobility(モビリティ革命)」の3つの要素を「ゴールデン・トライアングル」と名付け、その中で基盤提供者となることを経営戦略の核と位置付けてきた。

第1次産業革命が石炭、印刷機、鉄道(蒸気機関車)の組み合わせから、第2次産業革命が石油、電話、自動車の組み合わせからそれぞれ生まれたように、次の革命は自然エネルギー、インターネット、電気自動車(EV)・自動運転・シェアリングサービスから生まれるという大戦略だ。

つまり、時価総額のゲームで見劣りする日本で、自動運転の出遅れを取り戻したいトヨタと、革命を起こしたいソフトバンクの思惑が一致したのだ。

さて、トヨタとソフトバンクの提携発表の記者会見では2社ともに「ライドシェア会社」の海外のウーバー、ディディ、グラブにこれまで出資してきたことを再三強調した。

そもそもライドシェアとは、自家用車を「相乗り」、つまりシェアリングする仕組みのこと。一般の人が自分の空き時間を活用して移動したい人を運ぶ、アプリを使った決済、SNSによるドライバー評価のシステムなどがビジネス上の特性である。日本ではライドシェアの解禁を政府は「慎重に検討する」としているが、米国や中国では社会実装が進行しており、すでに米国では「タクシーよりもウーバー」が常識だ。ウーバーの企業価値は7兆円を超えているとも言われている。

ライドシェアサービスは、アプリでドライバーの経歴や評価を確認できることから、障害者にとっても安心できる交通手段となっている。単なる輸送サービスにとどまらない情緒的価値、精神的価値まで提供しているのだ。

このライドシェアが自動運転において重要であるのは、導入当初は必然的にコストが高い自動運転車を自家用として商業化するのは困難と見られていることがある。ライドシェア会社であれば多くの利用者を対象として稼働率を高めていくことで比較的早期に収益化可能であると考えられているからだ。また世界的に進展しているシェアリングの動きからも「自動車はシェアして利用するもの」という価値観が急速に定着してきている。

18年は世界的に最高気温の記録を更新した地域が相次いだ。環境保護の動きは、世界的な異常気象により、多くの人が身体感覚的に必要だと考える水準にまで高まってきた。エネルギーを化石燃料からクリーンエネルギーを中心に変革し、モノの利用ではシェアリングを進めるといった動きは、今後さらに拍車がかかると予想される。

ちなみに米国では、ライドシェア会社は「トランスポーテーション・ネットワーク・カンパニー」(TNC)と呼ばれている。自動車ライドシェアサービスを基点として、航空機、鉄道、地下鉄、バスなどのトランスポーテーション(輸送)の手段をすべてネットワーク化することが期待されている。

将来的にはライドシェアの対象範囲には、自動運転車のみならずオートバイや自転車なども含まれてくるだろう。むしろ、シェア自転車といった小さな乗り物からおさえ、そこから飛行機・鉄道・バス・クルマなどすべての交通手段を統合し管理する企業が、真のTNCになるかもしれない。

トヨタとソフトバンクの最終目的は、将来的に自らがTNCとして総合的なモビリティーサービスを提供することなのではないだろうか。自動運転やライドシェアは次世代自動車産業における競争のポイントだが、手段であって目的ではない。

日本で解決していかなければいけない課題としては、少子高齢化や人口減少、労働者不足、過疎の問題があげられる。自動運転とライドシェアが、そういった問題を解決するという方向性で活用されれば、未来の日本人の暮らし方・働き方・生き方にも好影響をもたらすものと期待できるだろう。

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田中道昭
立教大学ビジネススクール教授
シカゴ大学経営大学院MBA。近著に『2022年の次世代自動車産業 異業種戦争の攻防と日本の活路』。
 

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(立教大学ビジネススクール教授 田中 道昭 写真=時事通信フォト)

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