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"新就活ルール"で学生も教授も路頭に迷う

プレジデントオンライン / 2018年10月24日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/TAGSTOCK1)

10月9日、経団連の中西宏明会長は、いわゆる「就活ルール」の廃止を発表した。これに伴い、今後、新卒一括採用だけでなく、それを成り立たせてきた終身雇用制もなくなる可能性が指摘されている。人事ジャーナリストの溝上憲文氏は、「実際そうなれば、就職できない学生や失職する大学教員が大量発生するのではないか」とみる。就活ルール廃止は、本当に必要なのか――。

■就活ルール廃止で、新卒一括採用や終身雇用制もなくなったら?

経団連の就活ルールの廃止が波紋を広げている。

経団連は10月9日、会長・副会長会議で新卒学生の採用活動の日程を定めた「採用選考に関する指針」を2021年春入社の新卒学生から廃止すると発表した。

今後については大学2年生の21年春入社組については政府主導で現行ルールの遵守を企業に要請し、22年春入社組以降は何らかのルールを検討していく予定になっている。

だが、単なる政府の要請だけでは拘束力が弱く、今まで以上にルールなき採用活動が展開されるのではないかという不安が大学や学生の間で広がっている。

経団連の中西宏明会長は廃止の理由について「日本の現状を見れば、何らかのルールが必要であるものの、経団連がルールづくりをしてきたことに抵抗感があるというのが、ほとんどの副会長の認識であった」(経団連「記者会見の発言要旨」10月9日)と述べている。

就活ルールをつくって徹底させることは経団連の役割ではないと言っているのだ。ただ、これは「ルールが形骸化しているから廃止する」と言っているのではない。じつは中西会長の発言の背景には、新卒一括採用そのものやそれをベースに成り立つ終身雇用などの日本の雇用慣行が時代に合わないとの認識がある。

■新卒一括採用方式は、日本企業の競争力の源泉だった

そもそも新卒一括採用方式は、日本企業の競争力の源泉だった。職業経験のない学生を毎年大量に採用し、内部で長期間にわたって有能な人材を育成し、戦力化することで企業の競争力を維持してきた。それを支えたのが長期雇用である。

ところが今日のように技術進化のスピードが速く、ビジネスモデルがめまぐるしく変化する時代では内部の人材では足りず、外部から人材を調達する企業が増えている。

中西会長の真意は、「まっさらな状態の学生を企業が一から育てるのでは間に合わない。新卒・中途に限らず企業が求めるスキルと能力を持つ人材を必要に応じてその都度採用することが理にかなっている」というものだろう。

つまり、日本のようにポテンシャル重視の採用(一人前に育てる)ではなく、欧米のようなスキルや専門性重視のジョブ型採用(一人前の人を採る)への転換をイメージしているのだろう。

■新就活方式になったら初任給が一律ではなくなる

中西会長の考え方に賛同する企業や経営者は少なくない。とくに米シリコンバレーのように、離職や転職が激しく、学生でも3~4年のインターン経験者しか採らない風土を経験した人は、日本的な新卒一括採用に違和感を覚えやすい。安倍晋三首相を議長とする「未来投資会議」でも「新卒一括採用の見直し」が議論されることになっている。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/byryo)

仮に日本で新卒一括採用を廃止され、専門性重視のジョブ型採用に変わったらどうなるのだろうか。

まず、初任給が一律ではなくなる。大卒総合職は一律で20万円程度という企業が多いが、能力・スキルの評価で大きく変わることになる。

日本企業でも通年採用を実施しているITベンチャーの採用担当者はこう語る。

「技術系の学生に関してはスキルをチェックしますが、基本的には初年度の年収は500万円をベースにして、400万円台もいれば600万円台の人もいます。ただし、それに見合う成果を出せるかわかりませんし、2年目で成果を出さないと下がります。入社5年目になると、一番下の年収と上の年収で3倍ぐらいの差がつくこともあります」

日本企業だけではない。中国の通信機器大手のファーウエイが2018年春入社の新卒を対象に大卒40万1000円、修士卒43万円の初任給で募集したことが大きな話題となった。ただし、募集したのは、通信ネットワークエンジニア、端末テストエンジニアといった職種スキルの持ち主だ。

また、グーグルも新卒を採用し、能力によって高額の初任給を払っているが、筆者の取材に対し人事担当者は「当社の採用基準はポテンシャルではなく、専門性を重視した即戦力人材です」と説明していた。

■賃金制度も日本式の年功序列ではなくなる可能性

スキル・能力によって初任給が違うということは、賃金制度も日本式の年功序列ではなくなるということだろう。前出のITベンチャーのように職務内容と成果で給与が増減する仕組みに変わらざるを得なくなる。

また、新卒一括採用がなくなれば「新卒」にこだわる必要もなくなる。サービス業の人事部長はこう指摘する。

「会社が欲しい学生であれば、大学1年生の早い段階でインターンとして入社させる企業も出るし、中退して入ってくる人もいるかもしれない。どうしても欲しい学生は卒業していなくても採る現象も起きるかもしれません」

新卒で年収500万円や企業から早期に誘いをかけられるのは、能力・スキルを備えたごく一部の人である。多くの学生は即戦力に近いスキルを身につけているわけではない。それは学生の責任でもない。そもそも日本の大学が会社の仕事にスムーズに移行できるスキルを教えていないからだ。

■就職できない学生&失職する大学教員が大量に出る

もし、今の状態で新卒一括採用を廃止すれば、副作用として就職できない学生が大量に発生するだろう。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/TAGSTOCK1)

新卒一括採用の魅力は、大学を卒業すればほとんどの人が就職できるという点にある。ジョブ型採用になれば、卒業後に何らかのスキルを身につけなければ職にありつけなくなる。

じつは経団連の中西会長もそれに関してこう発言している。

「今後の議論において重要なことは、大学の教育の質を高めることである。学生の学修時間が世界的に見て不十分との認識をもっており、未来投資会議ではそうした大学教育に関する本質的な議論をしたい」(記者会見発言要旨)

大学教育の質の中身は定かではないが、本当に欧米のようにジョブ型採用に移行するには、多くの大学が企業の求めるスキルと能力を備えた人材を養成する“職業専門大学”に変わることである。

そうなると、もう1つの副作用として、職業専門教育と無関係な大学の教員が大量に失職することになる。新卒一括採用の廃止を一気に推進すれば、就職できない学生と職を失った大学教員があふれかえる事態になりかねない。

■経団連加盟の大企業の「言行不一致」

そもそも新卒一括採用や日本的雇用のあり方を就活ルールの廃止と結びつけて考えるべきではない。

就活ルールの廃止を宣言した経団連加盟の大企業は今でも人材の定着率が高く、実質的に長期雇用を維持している。採用段階においても内部育成を前提に採用し、年功賃金による日本的雇用制度を堅持している企業が大半だ。

しかも、大企業の離職率が低いこともあり、日本の労働(転職)市場はアメリカに比べて脆弱であり、流動性も低い。新卒一括採用ではなく、ジョブ型採用に転換するのであれば、労働市場の活性化が必要だ。今の状態で採用形式だけ変えれば、就職できない学生が増えるだけだろう。

社員の転職も少なく、長期雇用を残している企業の経営者が、入り口の採用についてルール廃止や新卒一括採用の見直しを提唱するのは矛盾しているのではないか。

本当に新卒一括採用やそれをベースとする日本的雇用慣行に不満があるのであれば、まずは出身企業の改革に取り組むのが筋というものだろう。

(ジャーナリスト 溝上 憲文 写真=iStock.com)

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