"就活で学業がおろそかになる"はデタラメ
プレジデントオンライン / 2018年10月29日 9時15分
■新たな新卒採用への幕あけ
中西宏明・経団連会長による「就活ルール廃止」が波紋を呼んでいます。9月3日の記者会見では、現在の大学2年生が対象になる2021年春入社の新卒学生の就職活動について、採用選考に関する指針を策定しないことが表明されました。
この表明は、「選考時期の自由化」という新たな新卒採用への歴史的な転換を意味します。日本的雇用慣行を入り口で支えてきた新卒一括採用がその社会的な役目を終えることになったのです。ただし中西会長の発言以降、議論が続いており、政府などは現在の大学1年生以降も当面は現行日程を維持することを検討しています。
新卒採用の歴史的な過渡期に直面して、「採用活動の開始時期を自由化したら、就職活動が早期化・長期化し、学業の時間が侵食される」という強い反発が大学関係者から生まれています。さらに興味深いのは、大学生の中からも「就活ルール廃止のせいで、学業がおろそかになる」という声が多数聞こえていることです。
■就活で学業がおろそかになる根拠はない
先日もゼミでこの話題を取り上げてディスカッションをすると、「4年生の春に内定をもらうのは手遅れになる。3年生の夏から就活を始めても不安だ。大学2年生や、入学直後の1年生から就活を始めなければ内定は獲得できないのではないか。もう、大学の勉強どころじゃない」という意見が学生から出ていました。
しかし、「就活のせいで、学業がおろそかになる」というのは、本当なのでしょうか?
この主張が正しいとするならば、「就活がないなら、学業がおろそかにならない」、「就活ルールがあれば、学業がおろそかにならない」ということが、立証されなければなりません。
私は9つの大学で10年間、これまで約5000人の大学生と接してきました。会社説明会、インターンシップ、エントリーシート、適性検査、個人面接、グループ面接、最終面接、という一連の就職プロセスでの、学生の苦悩、悩み、そして成長を大学側から継続的にみてきました。人事担当者への新卒一括採用の現状・問題点、戦略と展望に関するヒアリングも続けています。
大学側と企業側のそれぞれの立場や現状を踏まえた上での経験的なデータから言えるのは、「就活のせいで、学業がおろそかになる」というのは、<根拠のないデタラメでしかない>ということです。
学業をおろそかにしているのであれば、それは就活がある/ない、就活ルールがある/ない、に関係になく、何らかの理由でおろそかにしているだけです。
就活が理由ではありません。
■「就活」と「学業」の二項対立が間違い
「就活ルール廃止」という新卒採用の歴史的転換期を迎えた今、私たちが考えるべきことは、「就活と学業」を二項対立的に考えること自体が、最大の過ちであったという点なのです。
大学の講義はそこそこに、サークル活動やアルバイトに明け暮れていた学生の表情がガラリと変わり、学業に真剣に向き合うようになるのは、「社会で求められる実践的な力に対して今のままではダメだ、成長しなければならない」と痛感したその日からです。
大学生活の4年間で見違えるほどに成長するのは、早いうちにインターンシップを経験し、大学での学びを最大限生かしていった学生です。答えのない問題に対して一つ一つソリューションを提示していく社会人と思考や意思決定の時間と空間を経験することで、そこで力を発揮できるように学ぶようになるからです。
このように言うと、「文学や歴史を学んでいる私は、就活には全く関係ないから、不利だ」と悩みを打ち明けてくる学生もいます。学問の歴史的な蓄積を軽視しては、いけません。いかなる専門分野の学びも、社会に出てから必ず役立ちます。
与えられる受け身の学習ではなく、自ら深掘りしていく探求的な学びは、どこの業界や職種で働くことになっても、そこでのパフォーマンス発揮の土台にとなる基本的な構えです。
■就活と学業は相互補完的な関係
私が大学の現場から言えることは、「就活と学業は、どちらかに打ち込めば、どちらかがおろそかになる二項対立的な関係ではなくて、就活を通じて学業の大切さを痛感し、学業を深めることで働くことも考え直せる相互補完的な関係」だということです。
急激に変化する社会の中で、これまでの経験や知識では対応しきれない変化に対応するためには、学びが必要です。大学院、研究会、勉強会、サロン等で、日々学んでいる社会人の方々は、「働くこと」と「学ぶこと」が相互補完的に生み出す成長のサイクルをすでに体感しています。
大学の学びを社会へとつなげるためには、「大学の勉強なんて、社会に出てから全く役に立たない」、「学生時代は、ずっと遊んでいた」、「授業なんか真面目に出ていない」という社会人の過去語りには、反省的でなければなりません。というのも、このような<武勇伝>も実は、就活と学業を対立的に捉えてしまう「罠」にハマっているからです。
■「就活ルール廃止」をきっかけに考えるべきこと
私は「就活ルール廃止」に賛同します。「就活ルール廃止」を契機に、もっと大切なことを考え抜かなければなりません。
(1)大学での学業は、激しい変化をともなう人生100年時代を生き抜くための「アップデート脳」の土台作りとして不可欠である。
(2)「就活ルール」廃止による「新卒一括採用」から「通年採用」or「(他の形での新たな)新卒採用」への移行は、「就活と学業」との相互補完的な<健全>な関係性構築の契機となる。
大学生が今一度、意識するべきなのは、「焦らない」「安売りしない」ということです。人生100年時代を迎えました。22歳での「内定」は、大した意味を持ちません。それよりも、「どんな風に働いていきたいのか」「働くことで何を実現したいのか」「働くことで社会にどんな貢献をもたらしたいのか」を考えることが大切なポイントです。「それを実現できる企業はどこなのか」を見極める目を養うために、大学での学びを深めていきましょう。
「内定」に翻弄されることなく、もっと、じっくりと、そして自信を持って、大学生活を充実させていく。大学のうちに身につけておくべきは、社会の変化を的確に洞察し、それに対応していくために自らの働き方や生き方を「アップデート」していく考え方の基礎を鍛錬しておくことです。社会の変化に対応するしなやかさ、やや専門的な言い方をすると、「プロティアン(自己を変芸させていく)キャリア」の素地を身につけていけば、企業は間違いなく、そんなあなたを「採用」します。
■大学と企業は「次世代を育てていく」関係へ
企業の人事担当者の方は、学生獲得競争より、もっと大切なことを一緒に考えてみませんか。次世代を雇うことの意義は、彼ら・彼女らが力を最大限に伸ばし、集合的な力となって、企業を盛り上げ、そしてこの国を盛り上げていくことにあります。
そこに社会人としての背中を見せてください。早期採用の争奪戦に汗をかくなら、力をかしてください。採用という機会以外にも、大学やそれ以外の場所で「働くことのリアル」や、大学の4年間で「どんな学びが必要なのか」を伝えてほしいのです。「この学生いいな、うちの会社にきてほしいな」と思うのは人事担当者なら当然なことですよね。
結果的に、その学生が起業したり、ほかの会社に就職したりしても、いいじゃないですか。あなたが力をかした学生が成長した証なのです。さらに成長して、あなたがいらっしゃる企業に転職してくるかもしれませんし、会社は違っても、事業を一緒に作り出すこともあるでしょう。
「就活ルール」廃止をきっかけに考えるべきことは、大学と企業による<健全な関係>の構築です。「内定」という、たった一時期の「契約」をめぐり、消耗し合うのではなく、人生100年時代のより豊かな社会を構築するための基礎づくりとして、大学と企業が、本格的に協力しあい、次世代を育てていかなければなりません。もちろん、一筋縄ではいかないことです。
■「採用ルール廃止」で好転させる大学教育
教育現場においては、就活ルール廃止は、<就活生の集団欠席>問題を緩和させます。同じ時期に、一斉に就活が行われているために、「講義の欠席が極端に目立つようになり」、多くの大学教員がぼやいているように「4年前期は、ゼミにならない」問題が発生しているのです。就活が行われる大学3年生から4年生は、専門的な学びを深めていく大事な時期です。
これからの就活は、就活生それぞれの成長と準備にカスタマイズされる形で実施されるべきです。特に鍵を握るのが、夏休みや春休みなどの大学のまとまった休みを効果的に使った「ターム制」での採用活動とインターンシップです。採用活動の開始時期が自由化したからといって、年中採用活動を続けるのではなく、大学生と採用担当者の「アポイント」をより丁寧に行っていくようにするのです。面接も人事担当者の都合だけで日程を決定するのではなく、大学や大学生の事情を考慮しながら、行われていくべきです。
また、現行の新卒採用で気になるのは、就活生一人に対して、長期にわたり選考が行われていることです。会社説明会、エントリーシート、それから個別面接、グループ面接、さらに複数回の個別面接後に、最終面接を行い、内々定を出している企業が多く見受けられます。
その間に、大学生は単位を取得していかなければならないので、人事担当者も、就活生も、双方に疲弊しているのです。
<健全な関係>という理想を掲げても、企業は「採用」活動はしなければなりません。「大学は平日講義があるので、休日に採用活動を行ってください」というのも、迷惑な話ですよね。休日出勤をする社員が増えて、ご家族に負担がかかるというのも、おかしな話です。
■「就活ルール」廃止を議論のきっかけに
経団連・中西会長の「就活ルール」廃止の表明には続きがあります。記者会見での発言要旨(定例記者会見における中西会長発言要旨/2018年10月9日)には、こんなことが書かれています。
「今後の議論において重要なことは、大学の教育の質を高めることである。学生の学修時間が世界的に見て不十分との認識をもっており、<略>大学教育に関する本質的な議論をしたい」
「他方、企業側にも反省点はある。すでに多くの企業が新卒一括採用のみならず、中途採用などを行っているが、学生にどのような勉強をしてほしいのか、入社後のキャリア形成をどう用意しているのか、などといった具体的な事柄について、これまで企業から社会全体に十分に伝えてこなかった。今後の採用のあり方についても議論していきたい」
この機会に、議論を重ねましょう。ルールは元来、人々の行動を統制し秩序づけますが、それによって変化ではなく固定や停滞も生み出します。
■「内定」獲得主義からの離脱を
「就活ルール」廃止は、これまでの新卒一括採用との決別表明を意味します。だからといって、新しいルールを作ろうとするのでは、「新卒採用」は人材獲得争奪の堂々巡りに陥ります。
ITプラットホームが充実化し、パラレルキャリア、マルチキャリア、柔軟にキャリアを変えていくプロティアンキャリア等、働き方も多様かつ重層的になった今、この社会の変化に、「新卒採用」も<ようやく>対応していくことができるタイミングを迎えたのです。
目先の(自社だけの)利益を語るのでなく、この先のより望ましい社会の姿をみていきたいものです。この国を担っていく次世代の輩出に、本当に必要なことを、徹底的に尽きつめ、議論を重ねていかなければなりません。
時代が変化し、大学に求められている社会的な役割も変わる今このタイミングで、就活ルールが廃止されたことは好機として捉えるべきです。「内定」獲得主義からの離脱を図り、人生100年時代を生き抜いていく、次世代を育てる重要な社会的使命を担う大学教育の質を高める外発的なきっかけを与えてくれました。
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法政大学 キャリアデザイン学部 教授
1976年生まれ。博士(社会学)。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめ、2008年に帰国。専攻は社会学、ライフキャリア論。著書に『先生は教えてくれない就活のトリセツ』(ちくまプリマー新書)、『先生は教えてくれない大学のトリセツ』(ちくまプリマー新書)、『ルポ 不法移民――アメリカ国境を越えた男たち』(岩波新書)など他十数冊。
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(法政大学 キャリアデザイン学部 教授 田中 研之輔 写真=時事通信フォト)
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