「日本一のマグロ仲卸人」は必ず試食する
プレジデントオンライン / 2018年11月1日 9時15分
■原則非公開だった「大物競り場」に密着
2018年10月、世界最大の水産マーケットである築地市場が83年の歴史に幕を閉じ、豊洲へと移転した。築地市場にはマグロの仲卸だけで190店舗以上が存在していた。そのうち31店舗を持ち、トップクラスの売り上げを誇る“マグロ仲卸人の雄”が山口幸隆だ。
今年の初セリで1番マグロ(3645万円)を買い付けた山口は自他と共に認める“マグロに魅せられた男”。目利き、仕入れは勿論、実際に包丁を入れてマグロの脂の乗り具合や旨味、甘味を見極め、顧客の好みやその店のシャリの特徴に応じて届け先を決めていく。
名だたる高級すし店の職人からの信頼も厚く、今や国内だけでなくシンガポールやハワイの高級店がそのマグロを心待ちにするほどだ。
マグロの美味しさは餌や漁の仕方、熟成、温度で変わり、春のマグロは香り高く冬は脂を楽しむといった具合に日本の四季によってもその味わい方が異なるという。
これまで誰よりも多くのマグロに触れ、食べて経験値を高めて来た自負はあるが、それでもマグロはさばいてみるまで味がわからないと山口は言う。
「裏切られるから、マグロは面白い」
10月14日放送のドキュメンタリー番組「情熱大陸」(毎日放送)では、これまでほとんど撮影が許されなかった築地の「大物競り場」も取材。山口の目利きとしての神髄や、半生をかけて築地ブランドを築いてきた仲卸人としての仕事論を聞いた。
■「いいマグロは全部買う。人にはやらない」
移転までひと月を切った築地。魚河岸の華は、やはり生のマグロだ。山口の会社には、寿司店だけでも100軒近い店から毎日注文が入る。
山口「基本的にはいいマグロは全部買う。俺は。余っても買う。人にはやらない」
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この日は、人気ブランドの「大間マグロ」を始め、近海で取れたものや海外から空輸されたものを含む、100本以上の生マグロが競りに並んだ。品定めは、目利きの見せ場だ。山口は競りが始まるギリギリまでマグロの腹に懐中電灯を当て、尾の切り口から身の状態を読んでいく。いいマグロは人の体温で脂がとろけ、手に絡みついてくると言う。
■数百万円のマグロが数秒で競り落とされる
山口「1番は絶対買っとけよ。2番は、ばかみたいに高かったらやめとけ」
最も評価の高いマグロは部下に任せ、自らは駆け引きが難しい競りに臨んだ。競りは“だましあい”。経験がものを言う世界だ。山口はこの日、1番と2番のマグロをはじめ、計15本を競り落とし、総額は2千万円を超えた。1本のマグロが、わずか数秒で落札されていく「大物競り場」はエネルギーに満ちあふれていた。
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競りでどんなに見極めようとも、本当の良しあしは包丁を入れてみないと分からないのだという。例えば、海外の漁師がモリの突きどころを誤り、背や腹に傷が入ってしまうと、その部分は商品にならない。物によっては数十万円の損失になることもある。山口は実際に包丁を入れてマグロの脂の乗り具合やうまみ、甘味を見極め、顧客の好みやその店のシャリの特徴に応じて届け先を決めていく。注文に応じての切り分けは、他の者にはやらせず山口本人が行っている。
■「俺はマグロの夢しか見ない」
築地市場が正式に開場したのは1935年のことだった。関東大震災(1923年)で江戸時代から続いた日本橋の魚河岸が焼け、仮設として建てられたのだ。いつも活気にあふれ、混雑は日常風景になった。市場の中で働く人も代を重ね、職人気質を培ってきた。愛着を持つ人は多いが老朽化は否めない。紆余曲折あっての移転だった。
山口の半生もまた、市場の中にあった。父は“築地一”とうたわれたマグロの仲卸で、山口は大学2年の時に声をかけられ、父の店「やま幸」の手伝いに入った。当初は誰にも相手にされず、欲しいマグロが買えたことはなかった。右も左もわからず競り場に立つのだから当然だろう。
悔しい思いをバネに、山口は日本各地の産地を巡った。誰よりもマグロに触れ、味わい、経験値を高めてきた自負がある。だから就寝中も、「俺はマグロの夢しか見ない」のだとか。35年間マグロ一筋を貫き、半店舗程度の大きさだった店を31店舗まで拡大させた。
山口「とにかく(築地の)思い出って真冬でも汗かいてたよ。白息出しながらも体から煙が出てたよね」
■「われわれが新たに豊洲ブランドを作る」
《10月6日、築地最後の夜明け前》
この日も一番マグロは山口が競り落とした。
山口「すごい相場だった。死ぬ気で買っちゃったもん。いくら損するんだろうって相場だったね」
翌日からは移転準備で市場が閉まるため、注文は殺到した。だが、夕方になると空気は一転し、最後の仕事が終わらぬうちに引っ越し業者がやって来た。
山口「36年間、ここに通い続けたんだな。いったんこの形が終わるのかなって色んなことを思うね。言葉に表せない。若い時はマグロもわかんないで、それが一人前になって、築地で一番のマグロが買えるようになる。短時間の間にいろんなことを思ったね」
マグロは泳ぎ続けなければ死んでしまうという。山口もマグロのような生きざまなのかもしれない。
《10月11日、豊洲市場開場日》
この日も1番マグロを競り落とした山口は、どこか吹っ切れたような顔をしていた。「もう豊洲に来たんだから」とほほ笑む山口の表情には迷いがない。明るい未来しか見ていないようにも見えた。
山口「世界の人が注目する市場にするかしないかはわれわれの努力だと思う。ブランドって引き継ぐものじゃなく作っていくものだと思う。われわれが築地の時みたいにプロ意識をもって頑張ってやれば豊洲ブランドは自然にできる」
築地でも豊洲でもいい。山口のいるところでマグロは動いている。
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1963年東京出身。築地で仲卸の一番番頭を務めていた父のもとで育ち、大学2年生で父の店「やま幸」の手伝いに入りマグロの虜となる。以来、マグロ一筋36年。その優れた目利きと仕入れで一目おかれる存在になり、半店舗程度の大きさだった店を31店舗に拡大させた手腕の持ち主。曰く「成功の秘訣は飽きずにやり続けること」1日にマグロの握りを50貫以上は食べるという大のマグロ好き。55歳。
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(「情熱大陸」(毎日放送))
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