記者殺害でサウジを責めるトルコの二枚舌
プレジデントオンライン / 2018年10月25日 9時15分
■サウジアラビアの「記者殺害」は、トルコにとって追い風
サウジアラビアの反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がトルコのイスタンブールにあるサウジアラビア領事館で殺害された事件が、トルコにとって追い風になっている。
トルコのエルドアン大統領は10月23日に国会で演説を行った際、カショギ氏の殺害がサウジアラビアによる計画的犯行であったとの見方を示した。同時にエルドアン大統領は、既にサウジアラビア政府によって拘束されている18人の関係者の身柄引き渡しを同国政府に対して要求した。
国際ジャーナリスト団体である「国境なき記者団」が10月22日に発表したところによると、2017年6月のムハンマド皇太子就任以来、サウジアラビアでは当局によって拘束されているジャーナリストが倍増している。内外での政治対立が激化する中で、反体制的な動きに対する弾圧が強まっている模様である。
もっとも、サウジアラビア政府による犯行を糾弾するトルコのエルドアン大統領自身も、自らに反対するジャーナリストや野党政治家を弾圧・投獄してきた経緯がある。その意味でサウジアラビア批判に徹するエルドアン大統領の立ち振る舞いは、自らを棚上げしたものと言えなくもない。
■なぜ記者殺害事件がトルコリラの上昇につながったのか
他方で金融市場を見ると、この事件の詳細が明らかになる中で、トルコの通貨リラの対ドル相場が緩やかに上昇してきた。例えばリラの対ドルレートは9月末に1ドル6リラ程度であったのが、カショギ氏殺害に対する注目が国際的に集まる中で、10月下旬には一時1ドル5.6リラ台にまで持ち直すことになった。
ではなぜこの事件がトルコリラの上昇につながったのか。最大の理由は、トルコを取り巻く国際関係のパワーバランスが、同国に有利にシフトしたからだと考えられる。
サウジアラビアは中東有数の親米国家であり、米国にとっては重要な地政学上のパートナーである。ただ今回のサウジアラビア政府の行為は、治外法権が認められる領事館での出来事とは言え、欧米社会での価値基準ではまさに蛮行そのものであり、人道主義的な観点からも到底受け入れられるものではない。
こうした中で、特に頭を悩ませているのが、11月の中間選挙で劣勢が伝えられている米国のトランプ大統領である。いくら重要なパートナーとはいえ、今回サウジアラビア政府の肩を持てば、自らの支持基盤である福音派に対して説明責任を果たすことができず、中間選挙にさらに強い逆風が吹きかねないからである。
■トルコの盟友カタールの手引きで、安田純平氏も解放
そのため、当初は慎重な発言に終始していたトランプ大統領も、事件の詳細が明らかになるにつれてサウジアラビア政府に対して批判のトーンを強めるようになってきた。またポンペオ米国務長官は10月23日、事件に関与したサウジ当局関係者に対するビザ取り消しや米国内の資産凍結などの制裁を発動する方針を示した。
トランプ大統領は米国人牧師の長期拘束をめぐってトルコを批判して経済制裁を科したが、他方で友好関係にあるサウジアラビアは記者殺害という非人道的な事件を犯した。とはいえ米国は、友好国であるサウジアラビアに対して、トルコに対する制裁と同様の措置をとることはできない。
こうした米国のダブルスタンダードを透かして見せることで、エルドアン大統領はトランプ大統領に、また中東での覇権をめぐり自らと対立関係にあるサウジアラビアに対しても、それぞれ強いプレッシャーを与えている。追い風を逃さないエルドアン大統領の外交の巧さが目立っている。
またシリアで長期拘束されていた日本人ジャーナリストの安田純平氏がトルコの盟友カタールの手引きで解放されたことも、サウジアラビアにとって不利に働いたと言えよう。サウジアラビアと断交状態にあるカタールがジャーナリストの開放に尽力したことが、サウジアラビアの印象をなおさら悪くするためだ。
■サウジに禁輸措置が下れば、トルコは不安定化する
こうした中で米国は、トルコに対して追加の経済制裁などは実施できない。対米関係は好転しなくとも、一段の悪化はないだろう。そうした期待が、10月下旬にかけてのリラの持ち直しに貢献したと考えられる。ただ複雑な要因が絡み合う中で、巧みなエルドアン外交の賞味期限は短いだろう。
旗色が悪いサウジアラビアをトルコが追い詰めた結果、仮に米国が同国産原油に対する禁輸措置に踏み切らざるを得ない事態に転じれば、原油マーケットは急騰を余儀なくされるだろう。原油輸入国であるトルコにとって、リラ安が続く中で原油価格が高騰すれば、それは間違いなく死活問題である。
またサウジアラビアと米国の関係が悪化すれば、イランを取り巻く国際関係も変化を余儀なくされる。現在の米国の中東政策の幹はイランの封じ込めにあるが、同盟関係にあるサウジアラビアとの関係が悪化すればその見直しを余儀なくされる。イラン情勢の不安定化は、国境を接するトルコにもさまざまな悪影響を及ぼすと警戒される。
■アクセルとブレーキを同時に踏むような政策
現状では巧みさが際立つエルドアン外交であるが、一歩間違えればさまざまな問題が噴出する危険性を秘めている。そのため、勢いづくエルドアン大統領であるものの、その賞味期限は長いとは言えない。こうした中で、国内の経済問題に対する対応の稚拙さが再びクローズアップされるだろう。現にその兆候は足元で生じている。
10月23日付の報道によると、エルドアン大統領がトルコ国内の銀行に対して金利を引き下げて国内の投資を支援するように要請した模様である。10月25日にトルコ中銀は政策決定会合を控えており、追加利上げは必至の情勢である。ただエルドアン大統領は、利上げによるコストを市中銀行に負担させようという思惑を持っているようだ。
もっとも、こうしたアクセルとブレーキを同時に踏むような政策は長続きしないばかりか、事態の混乱を生むだけである。中銀の利上げに対する牽制ではないかという思惑も流れる中で、結局、この報道が駆け巡った23日の相場では、持ち直してきたリラが一時1ドル5.9リラ近くまで下落した。
結局のところ、エルドアン大統領は何も変わっていない。風向きの変化をとらえたリラの持ち直しも一時的なものだ。トルコの政治経済情勢が落ち着いたという楽観的な評価を下すには時期尚早であるし、今後も世界経済の下押しリスク要因としてくすぶり続けるとみるべきだろう。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員 土田 陽介 写真=AFP/時事通信フォト)
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