1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

"家事代行は日本人より外国人"という本音

プレジデントオンライン / 2018年10月30日 9時15分

タスカジという社名には、「助ける家事」「助かる家事」という意味が込められている。写真は同社HPより。

あなたはどんな人なら「家事代行」を頼みたいだろうか。2014年に創業した家事代行サービス「タスカジ」の場合、サービス拡大の契機となったのは「日本語があまり得意ではない外国人」を集めたことだった。なぜ日本人より外国人など海外出身者が人気となったのか。背景には「ほどよい距離感」という付加価値があった――。

■社名の由来は「助ける家事」「助かる家事」

日本は今、女性が生涯、外で働く社会への転換期にある。この転換をスムーズに進めるには、家庭生活を支えるスキルの市場化(家事の外注化)が必要である。これを受けて、家事代行サービスの市場が活性化し始めている。

マーケティングにおいてセグメンテーション(細分化)の発想が重視されるのは、市場は一様ではないからである。市場が拡大するとともにセグメンテーションが進む。家事代行サービス市場においても、同様の現象が見られる。この棲み分け競争のダイナミズムを、インターネットを活用した家事代行プラットフォームであるタスカジを実例として検証してみよう。

この連載では以前、類似のプラットフォームであるエニタイムズを取り上げた(<6割が男性「家事シェア」が当たったワケ>2018年7月31日)。タスカジもまた女性起業家が手がける生活スキルのマッチング・プラットフォームである。エニタイムズがオープンした翌年の2014年にプラットフォームを開設した。当初のタスカジは、家事サービス提供を行う登録者が50人ほどの小さなコミュニティだった。しかし現在ではその数は1300人にまで増加している。

タスカジという名前には、「助ける家事」「助かる家事」という意味が込められている。「TASKAJI」とアルファベットで書くと最初の4文字が「task(仕事)」となるので、海外出身者にも何のサイトであるかが伝わりやすい。

■「家事をだれが担当するか」が解決されていない

さて日本の社会は、労働力人口の減少がもたらす経済成長の鈍化を、どのように乗り切ろうとしているか。現政権の主要政策のひとつがは、女性の活用(労働力化)である。

たしかに多くの女性が、生涯にわたり家庭外で、フルタイムで働き続けるようになれば、仮に労働力人口が半減したとしても、当面の日本経済の成長余力は維持される。

では個々の家庭にあって、家事を誰がどのように担当するか。料理に買い物、掃除に洗濯、場合によっては庭の手入れ。家事は大変だ。所得が増えても、家のなかがほったらかしでは、本末転倒ではないか。

■1時間2000円、月2万円から家事代行を頼める

海外ではどうか。欧米だけではない。シンガポールや香港をはじめ、女性の社会進出が進む国や地域では、家事や生活スキルの外注化が進んでいるという。

「でも、家政婦さんに毎日来てもらうというのもちょっと……。うちは富裕層ではないし……」。料金を考えると、日本の普通の家庭が家政婦サービスを利用することは難しい。しかし、こうした話も過去のものとなりつつある。

背景にはインターネットの普及がある。ウェブによるマッチングの仕組みが登場したことで、企業が雇用したスタッフを家庭に派遣する方式の他にも、ウェブ上のプラットフォームを利用して個人と個人が直接契約する方式が広がっている。このプラットフォーム方式は、運営の間接経費が低いため、手軽な料金が実現する。一方で働き手も空き時間を活用した労務の提供で、より高い報酬を得ることができる。女性が社会で働き続ける時代にあって、今後の拡大が見込まれる新しいビジネス領域となっている。

こうしたサービスを週に半日ほどでも利用できれば、行き届かなかった家事は大きく改善する。利用料金は一般に1時間2000~3000円なので、毎月の負担は2~4万円程度で済む。

■創業者自身が「共働き夫婦」で苦しんでいた

タスカジの誕生は、こうした不満を創業者自身が抱えていたからだった。タスカジの創業者である和田幸子氏は、家事・育児をシェアしながらの夫婦共働きの日々に疲れ切っていた。家事代行サービスをあれこれ調べてみたが、当時の状況では高額なサービスが中心で、普通の共働きサラリーマン家庭には手が出なかった。

和田氏がストレスをため込んでいたある日、「海外では生活スキルを提供する人と依頼者が個人間で契約する」との話を聞いた。その瞬間、「これだ」と思ったという。個人の空いた時間をシェアすればよいのだ。

話を聞いた1週間後に会社に辞表を出した。

■重要な課題は「サービス提供者の数を揃えること」

和田氏はシステム・エンジニアだった。在職しながら慶應義塾大学のMBAで学んだこともあった。タスカジの開設にあたっては、それまでの経験を存分に活かした。SNSで企画書にアドバイスをくれる人を募り、フィードバックをもらいながらサービスのつくり込みを行い、事業上のリスクをつぶしていった。

さらにウェブ上だけではなく、紙を使った机上のマッチングのテストを3人の依頼者と3人のスキルの提供者の間で試み、実際に訪問してサービス提供を行った。すると、「提供者が依頼先に行く途中で道に迷う」「依頼者に当日になって急用が舞い込む」といった対処すべき課題が次々に明らかになった。

こうした実験を経て方針を定めたら、手を尽くして価格、利用ルール、利用規約、システムイメージや運用ルールなど、細部をつくり込んでいく。これがサービスを運用するためのシステム開発の基本なのだという。

とはいえ和田氏が、開業前にスキなく、すべてのリスクを見通せるようになっていたわけではない。ようやくできあがったプラットフォームが、その価値を発揮するには、登録会員を集めなければならない。とりわけ重要なのは、サービス提供者の数を揃えることだった。

しかしプラットフォームをウェブ上にオープンするだけでは、登録者は集まらない。募集広告を打ちたいところだが、この時点で和田氏はシステム開発で開業資金をほぼ使い果たしていた。

■突破口となったのは「フィリピン人のコミュニティ」

転んでもただでは起きない。起業家に求められる重要な資質のひとつである。

和田氏は、既存の家事代行サービスに対し、手軽な料金で差別化しようとしていた。このためプロモーションに大きな費用を投じるアプローチをとるつもりはなかった。和田氏はここで、以前通っていた英語学校の外国人講師が「ハウスキーピングは日本在住のフィリピン出身者に依頼している」と言っていたことを思い出した。

フィリピンは日本とは異なり、家事代行大国である。富裕層のみならず、ある程度の収入のある家庭ではハウスキーピングの外注は当たり前。しかも英語圏なので、ブロークンでも日本語に英語を交えれば、意思は通じる。

和田氏は、フィリピン出身者を始めとする海外出身者たちの情報交換の掲示板をウェブ上に見つけ、そこにハウスキーパー募集の書き込みを行った。さらに彼・彼女たちのコミュニティのハブとなっていたキリスト教会、さらにはスーパーマーケットなどを見つけては、チラシを置かせてもらった。

当初のタスカジではサービスの提供者はほとんどが海外出身者だったという。さらにそこから意図せざる効果が生じていく。

■ハウスキーパーに「子供の通信簿」は見られたくない

日本人女性の家事代行サービスを利用することへの障壁は、料金だけではない。家事を他人に任せることに対する、ある種の日本人的な気持ちの重たさもある。

似たような考え方や生活習慣を持っている人間を家庭のなかへ迎え入れ、繰り替えし家事を手伝ってもらっていると、自分たちの生活を見透かされたり、批判されたりしているように思えてきがちだ。

依頼したハウスキーパーが、毎週わが家を訪れるようになると、何が起こるか。毎週のように来てもらうと、緊張感も薄れ、利用者の脇も甘くなる。たとえばテーブルの上に、子供の通信簿が広げっぱなしといったことも起こり得る。

しかしこれは、片言の日本語しか話せない海外出身者に家事を依頼するケースでは、問題とならない。そもそも彼・彼女らは日本語を読めないのだ。だから開けっぴろげなわが家に、毎週来てもらっても気にならない。

■日本語を理解できないことが付加価値となる

家事代行とは、単に家事をテキパキと片づけてもらえばよいというサービスではない。気持ちよく利用を続けるには、提供者と依頼者のあいだの文化的・心理的な距離のあり方についても配慮が必要だ。この距離が大きすぎると、意思疎通が面倒となる。しかしある程度は距離があるほうが、関係を続ける上では気が楽だ。タスカジは、こうした効果にも助けられながら、継続利用型の利用者を獲得していく。

また利用者のなかには、子供の教育のため、自身のグローバルマインド育成のため、英語のみで会話したいという人も少なからずいる。日本語を理解できないことが、むしろ付加価値となるという現象も発生した。

現在のタスカジでは、ハウスキーパーの海外出身者比率は低下しているが、やはり同様の傾向は見られるという。依頼者の多くが、日常的に顔を合わせる可能性のある近隣からではなく、一駅くらい離れたところからサービスに来てもらうことを好むという。

■なぜ「スポット」より「定期利用」のほうが安いのか

ひとくくりにされがちな家事代行サービスだが、そこにあるのは価格帯の違いだけではない。サービスを提供したり、利用したりする際には、目的に応じた使い分けの必要性を考えるべきだろう。トレーニングされたプロの派遣を受けるか、近所づきあいの延長のような個人と個人のマッチングを利用するかといった違いもあれば、ピンポイントで家具の組み立てやホームパーティなどを手伝ってもらうか、継続的に家事を補助してもらうかといった違いもある。

さらに、家庭生活に必要なスキルは数多くあり、企業やプラットフォームによって用意されているスキルの領域も異なる。

家事代行サービス市場においてタスカジが獲得したのは、継続的な家事代行のマッチングに適したプラットフォームというポジショニングである。このポジショニングは、タスカジの開設時に生じた見込み違いへの対応によって、期せずして強化されている。

現在のタスカジはエニタイムズなどとは異なり、スポットではなく定期利用する方が安価となる料金体系を明示している。加えてタスカジは、確立したポジショニングをさらなるビジネスへと拡張するべく新たな取り組みを行っている。

■継続的な家事代行では、スキルの幅が価値を生む

タスカジでは、生活スキルの提供を行うハウスキーパーを「タスカジさん」と呼んでいる。タスカジさんにとっては、依頼者に継続して利用してもらうことが収入の安定化の道であり、そのためにはスキルの幅を広げていくことが望ましい。得意料理のレパートリーが広がれば訪問先に喜ばれる。掃除だけでなく整理収納もできると評価はさらに高まる。

ピンポイントでスキルを提供するタイプのサービスであれば、スキルの深さが問われる。しかしタスカジさんのような継続的な家事代行では、スキルの幅が価値を生むのだ。

そこで現在のタスカジでは、評価の高いタスカジさんをピックアップして、書籍の出版機会をもうけたり、他のタスカジさん向けの講習会の開催をうながしたりしている。こうした取り組みは優秀なタスカジさんにさらなる機会を提供し、ステップアップに向けたモチベーションを高めるとともに、他のタスカジさんたちがスキルの幅を広げることをうながしている。

これは、タスカジさんとユーザーのマッチングに加えて、新たにタスカジさん同士のマッチングからビジネス機会を広げようとする取り組みである。そしてそこでも、ウェブ上のプラットフォームが活用されている。

■「棲み分け」で生き残るには、“転んだ後”が重要

市場にあって企業が、弱肉強食の価格競争を回避できるのは、競争を通じて「棲み分け」が進んでいくからである。

棲み分けの競争は、市場を消耗戦の場ではなく、創発の場とする。家事代行サービスの市場にあって、タスカジは、継続型の家事代行のマッチングに強い。以前に本連載で紹介したエニタイムズは、生活スキルのピンポイント利用のマッチングに向いている。トレーニングを受けたプロの派遣を求める家庭に対しては、領域ごとに各種の専門サービス企業が存在する。

これらのプラットフォームやサービスを提供する企業は、市場で競い合ってはいるが、棲み分けており、直接に潰し合うことはない。そして異なる領域に向けて市場を広げようとしている。誰かが全体を見わたして指示を出しているわけではないのだが、市場という場には競争があるため、プレイヤーの手持ちの知識や情報による試行錯誤がうながされ、新たなサービスやビジネスのモデルが生み出されていく。

この市場の創発性を活用するためにも、起業や新規事業開発にあたっては、事前の計画は必要だが、万全の計画はあり得ないと考えておくほうがよい。和田氏は計画性に富んでいたが、転んだ先に見いだした可能性を研ぎ澄ますことで、タスカジのポジショニングを確立していった。七転び八起きというが、転んだ後の立ち上がり方に起業家の真骨頂はあるようだ。

----------

栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

----------

(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください