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津波の恐怖を越えた"堤防外ホテル"の魅力

プレジデントオンライン / 2018年10月31日 9時15分

地元海産物の産直販売所「うみの駅 七のや」

東日本大震災で甚大な津波被害を受けた宮城県七ヶ浜町。昨年、この地域にできた海沿いのリゾート施設が人気を集めています。ホテルやレストランなどの施設は、すべて堤防の外。まちづくりの専門家である木下斉氏は「『子どもたちに海を前向きに捉えられる場をつくりたい』という関係者の思いが、常識を打ち破った」と評価します。その挑戦の中身とは――。

災害が頻発する昨今の日本ですが、とりわけ東日本大震災の大きさは今も多くの方の記憶に残っているものと思います。被災地復興では様々な形で予算が投入されましたが、継続的な成長を果たすものは多くはありません。その中でも被災地というハンディキャップを抱えながらも、しっかりと事業と向き合い、成果を生み出している事例が存在しています。これが宮城県七ヶ浜町での事業開発プロデュース、運営を受託するワンテーブルです。

※初出時、シチノリゾートの住所が間違っていました。正しくは宮城県七ヶ浜町です。訂正します。(10月31日19時40分追記)

■何もない被災地に生まれた大人気産直施設

ワンテーブルのスタートは地元海産物の産直販売所「うみの駅 七のや」の開発でした。津波被害を受けた地域は、復興とは程遠い何もない状況。しかし、被災復興のためには「地元のものが売れなければ生計を立てられない」という漁師たちの声がありました。そこで地元海産物がそろう販売所と海鮮丼などのレストラン、さらに販売所で買ったものを焼いて食べられる炉端焼きスペースを組み合わせて開業したのが同店です。

特段人通りが多いわけではないこの立地を強みに変えるため、マーケティング面でも工夫があります。すぐ目と鼻の先である松島は牡蠣の養殖でも有名な地域です。その対岸に位置する七ヶ浜を「うら松島」と銘打って、インターネットでの検索対応を積極的に行うことで、少しでも多くの人が七ヶ浜に接触するように機会を増やしています。

何もなかった七のやの周囲にも住宅が再建され、少しずつ街の様相を取り戻してきています。七のやも豊富な品ぞろえと産直ならではの値付け、「これでもか」という程のボリュームがヒットし、週末には行列ができるほどの人気店となっていきます。

自治体が開発する道の駅などの公共施設は鉄筋コンクリート構造の立派な施設が多いのですが、七のやは簡易な建て方。無駄のないレストラン、産直販売、炉端焼きの3つのスペースを組み合わせたフロア設計は、民間企業が経営する施設ならではとも言えます。

(左)豊富な品ぞろえの七のや、(右)ボリューム満点の海鮮丼

■堤防の外にできた“常識破り”の「シチノリゾート」

産直施設に続き、彼らは次なる事業に乗り出しました。

東日本大震災では多くの地域が津波被害を受けたため、堤防開発が各地で進められています。七ヶ浜も例外ではありませんでした。堤防開発が進む中、彼らは思いもよらぬ事業を立ち上げます。堤防の外側にホテルやレストランを開発する「シチノリゾート」構想です。

当然ですが、堤防の外での居住や宿泊には厳しい制約が課されます。堤防の外にホテルなどを作るという奇想天外な構想はとてもハードルの高いものでしたが、ワンテーブルは情熱と論理を持って規制を1つ1つクリアしていきました。堤防より高い位置に客室を用意し、屋上に避難デッキを作るなど安全性をしっかり確保することで、見事リゾート施設の建設と開業の許可を得ることができました。

(左)シチノリゾートの外観、(右)ホテルの屋上には避難デッキが設置されている

2017年12月に開業したシチノリゾートは、遠く松島を望めるカフェレストランと、10室の客室を持つホテル、そして船などのアクティビティを組み合わせた業態となっています。各部屋にはキッチンが付いているので、産直施設「七のや」から地元の海産物などの食材を買ってきて、部屋で料理することもできるなど、連泊でも飽きのこないよう工夫をしています。

キッチン付きの客室

カフェレストランは松島を望む景観と落ち着いた店内が好評で、オリジナルのスフレパンケーキなどが人気となっています。広く地域の人にも開放することを意識しており、午後3時以降はお手頃な価格設定のセットを提供。地元の中高生が放課後に来られるようにもしています。

大手チェーンの店ではなく、もっと通いやすく、そして誇れる地元の店を作ることは、その後の消費行動にも強い影響を与える重要な役割を果たします。地元資本で友達や恋人と遊びに行ける場というのは、まちにとってなくてはならない特別な場所となるでしょう。

松島を望む景観も好評なカフェレストラン

■七ヶ浜は「事業地として申し分ないポテンシャル」

シチノリゾートの総事業費は4億5000万円です。一見すれば不利な立地にどうしてこのような大きな投資をしたのでしょうか。

復興事業という背景は一部あるとはいえ、他の地域の開発事業は企画や開発をする企業が、開業後も自ら運営に関わることは少ないのです。多くの場合、過剰な開発をしたほうが得をする地域外事業者がとりまとめて企画から開発までを担当し、運営は地元任せになっています。そのため東日本大震災の被災復興のための施設でも、極めて厳しい運営を強いられているところも多々あります。

そう考えるとワンテーブルの挑戦は極めて例外的なわけです。しかも、津波被害があった地域で、堤防の外にリゾートを作るなどはあまりに“常識破り”です。その理由について、ワンテーブルの社長、島田昌幸氏はこう語ります。

「津波で海がネガティブに捉えられるようになってしまいましたが、この地域は戦前から素晴らしい海が評価されていました。そのため日本国内資本のみならず、米国資本でもリゾート開発があったんです。今でも仙台都市圏の中にも位置して、しっかり魅力をつくればお客さんはきてくれる立地。『復興』という目的もありましたが、事業地として申し分ないポテンシャルがあると思ったんです」

車で移動すれば仙台の都市部から日帰りも可能で、都市部にはない自然が残る地域。実際に現地に行くと、サーフショップがあり、サーファーが浜辺から波に乗ろうと出ていく姿も見られるなど、可能性を感じるところにあります。

サーファーも集まる七ヶ浜の海岸

「また復興のプロセスの中で、今一度子どもたちにも海を前向きに捉えられる場にしたかった。だから観光客のためだけの施設ではなく、地元の人が利用してもらえる産直施設、そしてホテルやレストランを作ったんです」

現在、ワンテーブルの運営する七ヶ浜の七のや、カフェ、ホテルの3店舗で月間4万人の来客があり、月商3600万円を売り上げるまでになりました。

普段は軽く明るく話す島田氏。しかし被災後、まだソニー仙台内にワンテーブルの前進となる会社事務所を仮置きしていた時から知っている私としては、しっかりと構想を立て、着実に事業を大きく育ててきたその姿勢に他にはない覚悟を感じます。

■被災地での経験を活かして「備蓄用ゼリー」開発へ

ワンテーブルは次なる事業として「備蓄用ゼリー」の開発、販売に乗り出しました。

被災した際に、避難所で配られた非常用食品の多くが、高齢者や子供が食べられない乾燥した固いビスケットなどであったりした経験から、「もっと幅広い人が食べられるものを備蓄しないのか」と考えました。そこで出たアイデアが、コンビニなどでも普段売られている栄養バランスが考慮された食品ゼリーでした。

しかし、食品ゼリーは冷蔵保存が必要かつ保存期間が短く、従来の方法では備蓄には不向きなものとして扱われていました。そこで独自の保存用パックフィルムを凸版印刷などと共同で開発し、商品化を果たしました。今年8月にはJAXAと提携して「BOSAI SPACE FOOD PROJECT」というプロジェクトを立ち上げ、防災食だけでなく、宇宙食として活用する動きも始めています。

被災したというマイナスを、自らの視点でプラスに変える。ワンテーブルは何もない環境だからこそ自由な発想で産直施設を作りました。そして次に堤防の外にあるという唯一無二のホテルを作りました。今度は被災した経験を生かして日本、世界、そして宇宙まで視野に入れた問題解決に乗り出したというわけです。

ワンテーブルは小さな事業から地域を変え、そして社会全体を変えるための挑戦をしています。普通であれば、「そんなこと無理だろう」と言いたくなりますが、この数年の同社、そして島田氏の有言実行の姿を見れば、様々な壁を打ち破り、成し遂げてくれるのではないか、と期待するばかりです。

何より、地域にとっては彼らのような地元発企業が成長していくことそのものが、地域活性化の一番の原動力でもあるのです。

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木下 斉(きのした・ひとし)
まちビジネス事業家
1982年生まれ。高校在学中の2000年に全国商店街合同出資会社の社長に就任。05年早稲田大学政治経済学部卒業後、一橋大学大学院商学研究科修士課程へ進学。07年より全国各地でまち会社へ投資、経営を行う。09年全国のまち会社による事業連携・政策立案組織である一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを設立、代表理事就任。著書に「地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門」(ダイヤモンド)、「福岡市が地方最強の都市になった理由」(PHP研究所)、「地方創生大全」(東洋経済新報社)、『稼ぐまちが地方を変える』(NHK出版新書)、『まちで闘う方法論』(学芸出版社)などがある。

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(まちビジネス事業家 木下 斉 撮影=木下斉)

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