AIで資産運用しても高収益は得られない
プレジデントオンライン / 2018年10月31日 9時15分
※本稿は、野口悠紀雄『入門 AIと金融の未来』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。
■AIで株価を予測する試み
注目を集めているのは、TwitterなどのSNSのデータから市場の現在の状況を示すと考えられる指標を算出し、それを用いて株価などを予測しようとする試みです。具体的な研究としては、次のようなものがあります。
インディアナ大学のジョハン・ボーレンらは、SNSのデータ分析によって株価の予測ができるという論文を、2010年にJournal of Computational Science誌に発表しました。
Twitterからデータをランダムに抽出して、感情的な単語がどのくらい出てくるかを示す「センチメント」という指標を算出します。すると、3日後までのダウ平均株価指数を87%の確率で予測できるというのが論文の結論です。
なお、同様の分析は、他にもあります。例えば、ソーシャルメディアから算出したセンチメント指数によって、スターバックス、コカ・コーラ、ナイキの株価の変動が予測できるとの論文があります。
ウエブサイトへのアクセスログ、Google等の検索エンジンにおける検索のトレンド、GPSによる位置情報、気象情報などを用いようとする試みもあります。また、映像データなどの大量の非構造化データを用いれば予測の精度を上げられる、という考えもあります。
さらに、ウエブクローリング(ウエブサイトからの自動的なデータ収集)によって取得したデータや、スマートフォンで撮影した画像から情報を取得する試みもあります。
■AIとビッグデータを用いるファンドの成績
ポール・ホーティンは、前述したジョハン・ボーレンらの論文に刺激され、Twitter情報に基づいて運用するファンドであるDerwent Capital Marketsを2011年に立ち上げました。しかし、パフォーマンスは思わしくなく、2012年にファンドは閉鎖されました。
また、カリフォルニアのMarketPsy Capitalは、これ以前から同様の投資戦略を採用していました。これは、ブログ、ウエブサイト、Twitterなどから得られるデータを分析し、そこから「センチメント」指数を算出し、その動きを用いて投資をするヘッジファンドです。これによって、2008年から2年間は、40%もの利益率を挙げました。
しかし、2010年には、8%の損失率となり、ファンドは閉鎖されました。こうした事例から、AIを用いて継続的に利益を挙げるのは難しいということがうかがえます。
もちろん、AIファンドといっても、ファンドによって異なる手法を用いているので、それらを一概に評価することはできないでしょう。また、ある時点の成績だけをとっても、全体的な判断はできません。しかし、コンピュータに判断を委ねるファンドの成績があまり芳しくないことは、他のレポートでも指摘されています。
例えば、三菱UFJフィナンシャル・グループが運営するMUFG Innovation Hubは、調査会社のPreqinが2014年に公表したレポートを紹介しています。それによると、2014年はコンピュータの判断にしたがった運用の成績が人間による運用を上回ったものの、長期的に見れば人間の運用のほうが優れています。過去3年間では、人間による運用が7.88%のリターンだったのに対して、コンピュータによる運用のリターンは5.17%でした。
10年間では、人間の運用リターンが11.56%であるのに対して、コンピュータによる運用が7.85%でした。
■AIでの資産運用は成功するのか
金融への応用において問題となるのは、市場を相手にしなければならないということです。ところが、金融市場は、次の点において、他の市場とは大きく異なる性格を持っています。
それは、確実に利益を上げる方法が見つかれば、誰でもそれを簡単にまねできるということです。
通常の製品であれば、新製品が開発されたとき、それを直ちに他の事業者がまねすることは困難です。なぜなら第1に、製造の技術が、特許によって保護されているかもしれません。第2に、そうでないとしても、同じようなものを製作することは、容易ではありません。
新工場の建設が必要であれば、巨額の投資が必要です。このため、「新しい製品を作り出した企業が、巨額の利益を継続的に得る」といったことが生じます。これに対して、金融取引の場合に利益を得るためには、どのような対象に投資するかという情報さえあれば十分です。投資資金が手元になければ、借り入れることもできます。このため、確実に利益を挙げられる方法があり、かつそれが用いているデータが公表されていれば、多くの人がそれと同じ方法を実行し、その結果市場価格が変化してしまって、超過利益(市場の平均を超える利益)を得られなくなるのです。
つまり、「iPhoneと同じ機器を作るのは大変なことだけれども、ウォーレン・バフェット(アメリカの著名な投資家)が投資している銘柄に投資をすることは誰にでもできる」ということです。
■資産運用にAIを用いることの影響
AIを利用しても、人々より高い収益を継続的に得ることは、残念ながら、できないでしょう。これは、AIがいかに進歩したところで変わりません。市場が適切に機能していれば、AIといえども、マーケットより正しい答えを出すことはできません。だから、AIで利益を上げ続けることはできないのです。
ただし、無駄な損失を被ることは少なくなります。要するに、市場の平均と同じようなリターンを多くの人が得ることが可能になるのです。この問題を、次のように考えることもできます。誰かが投資の必勝法を考え出したとして、その方法を人に教えるでしょうか?
金融投資の場合には、「教えない」と考えるのが自然ではないでしょうか? なぜなら、もし教えれば、他人にまねされて、自分が得られる利益は少なくなってしまうからです。
例えば、「将来値上がりしそうな株はどれか」ということが分かってしまうと、すでに述べたように、その銘柄に投資が集中して値上がりし、自分が購入しようとしても、原価が上がってしまいます。
このことを、経済学者のポール・サミュエルソンは、次のように表現しています。
「たぐいまれな金融投資法を知る少数の人々は、その才能をフォード財団や地方の銀行の信託部門などに貸したりしないだろう」(彼らは、そうせずに自分自身の資産を運用するだろう)。
■金融機関や経済全体への影響
「AIの進歩が金融市場や金融取引に何も影響を与えない」ということではありません。AIの活用は、金融取引に関する強力な手助けになり、その結果、市場の機能を向上させるでしょう。
例えば、これまで知られていなかった株価変動のパターンをAIが見いだすことはあり得るでしょう。すでに述べたように、SNSなどのビッグデータの分析から、そのような傾向が検出されるかもしれません。そうなれば、株価をより正確に予測できるようになります。
ただし、そのパターンを利用した取引が直ちに行われてしまうため、超過利益は永続できません。これが先に述べたことです。しかし、市場はこれまでよりも素早く状況変化に反応できることになるわけで、市場の機能は高まるのです。
また、「最適なリスク資産は誰にとっても同じ」といっても、それを計算するためのデータは、時々刻々変化します。したがって、それらの情報を反映させて、最適資産を作り変えていかなければなりません。
AIの活用によって、そうしたことはこれまでより素早く、適切になされるでしょう。そして、これまでより成績がよいインデックス・ファンドができるでしょう。
ただし、この場合に、そのファンドの成績が市場の平均値をつねに上回るわけではありません。市場の平均的な収益率自体が上昇するのです。つまり、特定の投資家の永続的利益にはならないけれども、金融全体の機能は高まるのです。
マーケットの機能が向上することによって、経済全体の資源配分がより適切に行われるようになり、経済成長が促進されると期待されます。
自動取引が行われることによって、マーケットの不安定性が増してしまう危険もあります。
なお、「AIを用いた投資信託やファンドだから、収益が高い」というような宣伝文句を用いたセールスが出てくるかもしれませんが、そうしたものには注意することが必要です。しかし、そのような宣伝に惑わされて損失を被る人が出てくる危険があります。
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一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。近著に『入門 AIと金融の未来』『入門 ビットコインとブロックチェーン』(PHPビジネス新書)など。
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(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口 悠紀雄 写真=iStock.com)
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