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生産性を上げる「脳のメモリ」の増やし方

プレジデントオンライン / 2018年11月6日 9時15分

東京大学薬学部教授 池谷裕二氏

普段仕事をしていてスムーズに進まない、上手くいかないと感じることはないだろうか。もっと段取り上手になれば仕事ははかどるし、上司の評価も上がるはず。生産性を限りなく高めるスーパー段取り術を脳科学の見地から解明しよう!

■仕事の優先順位を、適切に付けられるか

脳科学者の池谷裕二氏は、段取りと関連が強い脳の部位は前頭前野の「後部中前頭回(こうぶちゅうぜんとうかい)」と、大脳の深いところに位置する「大脳基底核」との2カ所があると言う。

「物事を効率的に進めるために過去の経験や今の状況から優先順位を適切に判断するのが後部中前頭回で、ここはいわば計画を立てる部位です。その計画を指示通り進行させる実行系の部位が大脳基底核。人間が段取りを考え、実行しているときは、脳の中でその2つの部分が活性化しているのです」

こうして段取りと脳の部位との関連性を把握するだけで、仕事の段取りがよくなるわけではない。要は、仕事の段取りとは抱えているタスクに優先順位を適切に付けられて、その通りに実行できるかどうかだ。だからか、1度にたくさんの仕事が殺到するようなときは、混乱してしまいがちで、優先順位が正しく付けられなくなる。結果、要領を得ずに仕事の生産性が低くなってしまうのだ。

池谷氏は「それはワーキングメモリの問題です」と指摘する。ワーキングメモリとは、作業や動作に必要な情報を一時的に記憶・処理する能力のことだ。

「ワーキングメモリの容量には限界があり、人間が頭の中で同時に処理できることは7個と言われています。実際は個人差があり、7個プラスマイナス2個といったところでしょう」

あれもこれもやらなければとバタバタしているときや、どうしても段取りが付かず困っているときは、やらなければならないことが7個を超えているかもしれないと疑うといい。対策としては、まず取り組むべきことを目に見える形にするのが定石と池谷氏は助言する。

▼段取りには「計画」と「実行」を司る2つの部位が関与
【計画】後部中前頭回
計画を立てる部位。意味の処理やカテゴリーの認識に関わり、損傷すると言語や計算の能力に障害が出ると言われる。
【実行】大脳基底核
実行に関わる部位。自分の意思による「随意運動」と密接に関わり、損傷すると意思にかかわらず手足が動くなどの症状が出ると言われる。
●7個以上のタスクがあると忙しいと感じる
同時に物事を記憶・処理する「ワーキングメモリ」の容量は個人差もあるが大体7個
→すべてのタスクを紙に書き出す!
・今週中に企画書を完成させる
・△△会社にTEL ××会社にTEL
・メールを返信する
・アポイントを4件入れる……

たとえば、やるべきことが9個あればそれらをすべて書き出して見える化し、そのうえで重要度や緊急度を考慮して優先順位を付けていく。

9個のタスクを上から下まで並べて優先順位を付けるのは難しいので、重要度と緊急度の軸で、大雑把に4分類してみるのも段取りのコツだ(図参照)。

図左下の重要度と緊急度が共に低いものは最も優先順位が低く、断ったり、ほかの人にお願いしたりすべき領域になる。それを除いた残り3領域で優先順位を考える際に、ぜひ心がけてほしいと池谷氏が強調するのが今やるべきタスクを、緊急度だけで埋めないということだ。

「緊急度の高いものは優先順位の上位にランキングされがちです。すぐに手を付けるべきタスクを3つ選ぶとすれば、2つは緊急度の高さで選んで構いませんが、あとの1つは緊急度よりも重要度が勝る仕事を入れておくといいでしょう」

つまり、3つの仕事を並行してやる場合は、図右上の重要度と緊急度の高いタスクを2つ、右下の重要度は高いが緊急度は低いタスクを1つ選ぶべきと言う。キャリアを長い目で見たときに、緊急度は低くても将来、自分の夢や目標を実現させるために必要な仕事が大事になる。

■「熟慮した失敗」で、センスは磨かれていく

このように緊急度だけでなく、将来も見据えて重要度を加味しながらバランスよく優先順位が付けられれば、段取り上手になること請け合いだ。ところが厄介なことに、仕事に取り掛かる前は、その仕事を優先すべきかどうかを100%見通すことは不可能。優先順位を付けて取り組んでみて、それが正しかったかどうかは結果が出た後にしか正確にはわからない。それでも段取り上手と言われる人はいる。

「これは確率論の問題です。答えがわからない初めての仕事に直面し、取り掛かる前に付けた優先順位が結果的に正しかったという割合が高い人は、仕事がデキる人だと言えます。センスとも言い換えることができ、経験により磨かれていく部分です」

経験の中でもとりわけ成長するのが失敗の経験だ。ただし同じ失敗でもよい失敗と悪い失敗があると言う。

「慣れた仕事であれば過去の経験から即断即決で決めていいのですが、初めての仕事は早とちりせず、熟慮してから取り掛かるべきです。熟慮せずに失敗しても、それはたまたまなので、経験として蓄積されません」

失敗したときに「なぜ自分は失敗したのだろう」と考え、「このポイントで判断ミスをしたのだ」と省みれば、次の成功につながっていく。もちろん成功すればそれは成果としてはよいが、成功したときは失敗したときほど深く考えないので、失敗したときのほうが成長するという。

「結局、脳は消去法で判断するのです。3つ選択肢があって正しいものを選べなくても、これはダメ、これもダメ、残ったのはこれといったように、正しい判断に導いていきます」

たくさん失敗することは消去すべき選択肢を増やしていることになり、残った選択肢を実行に移せば成功する確率が高くなるというわけだ。

いろんな選択肢を選び、失敗しながら消去法の対象をインプットしていくと学習効果が出て、優先順位を付けるのが上手くなっていく。

経験は自分のものでなくても構わない。他人の体験も大いに活かせるという。身近にいる段取りのいい人から学ぶことができるのだ。ただし漫然と相手を見ていてはいけない。

「段取りがいい人をつぶさに観察し、相手と自分で何が違うかとメタ認知する(客観的に自分を見る)ことが重要です。これを『差分検出』と言います」

もちろん、いかなる相手にもいいところと悪いところがあるので、この部分は相手のやり方を取り入れよう、この部分は自分のやり方でいこうと情報を取捨選択できることも大切だ。それは同時に段取りの訓練にもなる。過去の芸術家たちもまた、情報を取捨選択する時代があったと池谷氏は言う。

「偉大な芸術家たちが自分の作風を完成させているのは概ね30代です。しかし30代に入って急に才能が花開くのではなく、20代のトレーニングと経験の蓄積、成功のための準備があるから大成するのです。たとえばベートーヴェンが『英雄』で独自の作風を確立したのは34歳のときですが、それまではモーツァルトやバッハを真似て練習しています」

ミケランジェロ/シェークスピア(Getty Images=写真)、ベートーヴェン/アガサ・クリスティ/黒澤 明(amanaimages=写真)

ビジネスの世界でひとかどの人物になろうとすれば、10年の準備期間が必要と心得て臨みたいところだ。

■ワーキングメモリは、鍛えることができる

段取り上手になるためにいま1度、ワーキングメモリに着目してみよう。仕事がはかどらない原因としてワーキングメモリの容量の限界を挙げたが、最近の研究から以前は増やすことができないと思われていたワーキングメモリを鍛えることが可能だとわかってきた。

写真=iStock.com/maselkoo99

「ノーベル生理学・医学賞を決めることで有名なスウェーデンのカロリンスカ研究所のトーケル・クリングバーグ博士をはじめ、複数の論文でワーキングメモリは鍛えることができるというレポートが出ています」

ワーキングメモリの容量が増えれば、それだけ同時処理の能力が高まり、段取りにもプラスになる。もちろんトレーニングした次の日から効果が出るというものではないが、神経衰弱のようなゲームを続けていくとワーキングメモリが増えるそうだ。

「でも、みなさんは神経衰弱が上手くなりたいわけではないでしょう。ビジネスパーソンなら、やはり仕事の中でトレーニングすることが大事。頭の中で情報操作をたくさん行うとワーキングメモリが鍛えられます」

時間をかけて仕事の中で「いい失敗」をたくさん経験し、ワーキングメモリを鍛えながら優先順位を適切に付けられるセンスを身に付けていくのが、段取りの達人になる王道のようだ。

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池谷裕二(いけがや・ゆうじ)
東京大学薬学部教授
脳研究者。1970年、静岡県生まれ。脳の健康や老化について探究している。著書に『海馬』『単純な脳、複雑な「私」』など。近著は『パパは脳研究者』。2013年、日本学士院学術奨励賞を受賞。

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(Top Communication 撮影=石橋素幸 写真=Getty Images、amanaimages、iStock.com)

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