トヨタが教えを乞う長野の中小企業の哲学
プレジデントオンライン / 2019年1月8日 9時15分
■「利益を上げなければ、社員を幸せにできない」は間違い
「社員を幸せにしたければ、まず利益を上げること。会社が儲かればこそ、社員に利益を還元できるのだから」
こんなふうに考える経営者は、きっと多いことでしょう。しかし「幸福学」と「経営学」を組み合わせた最新の研究によれば、このような考え方は必ずしも正解ではありません。
誰でも昇給したり、ボーナスをもらったりするのは嬉しいものです。しかしその喜びは一時的であり、長続きしません。継続的な幸福感を社員に抱いてもらうには、他の要因が必要なのです。それを端的に示したのが、表の「幸せの4つの因子」です。
私は「幸せとは何か」「どんなときに人は幸せを感じるか」などを探る「幸福学」という学問を研究しています。従来の心理学の研究では「感謝する人は幸せ」など、部分的な幸せの条件しか判明していませんでした。
そこで全体像を明らかにすべく、過去の幸福研究の成果から長期的な幸福感に資する心的要因を集め、アンケートを日本人1500人に実施しました。その結果を多変量解析という分析法のひとつである、因子分析を用いて分析してみました。すると人が幸せになるためのカギは、たった4つの因子に集約されたのです。詳しく説明しましょう。
■みんなのおかげで自分がいると思える人は幸せ
まず「やってみよう」因子というのは、自己実現と成長の因子です。自分の仕事にやりがいを感じながら目標に向かって努力・学習している人は幸せだということです。成長の実感や自己実現の達成感を得られれば、さらに幸せを感じることができます。
「なんとかなる」因子は前向きと楽観の因子です。ビジネスでいえば、リスクをとって新しいことに挑戦できる人は幸せだということを指します。
「ありのままに」因子は、独立と自分らしさの因子です。他人と自分を比べたり、人の目を気にしすぎたりせず、自分の強みを推し進められる人は幸せだということです。
「ありがとう」因子は、つながりと感謝の因子です。周囲の人たちと豊かなコミュニケーションを持ち、まわりのみんなのおかげで自分がいると思える人は幸せだといえます。
この4つの因子はどれも相互に影響し合っているので、幸せになるためにはこの4つをバランスよく高めていくのが基本です。
とはいえ、「僕は1人でいるのが好きだから、人とのつながりはいらない」とか、「私は上司に言われたことだけをやるのが気楽でいい」という人もいるかもしれません。しかし1人で仕事に没入するのが好きな人でも、その成果を喜んでくれる人がいることはモチベーションになるはずです。あるいは言われたことをやるだけでいいという人でも、仕事の進め方はある程度任せてもらったほうが楽しく働けるでしょう。したがって基本的にはこの4つを満たすことが、社員を幸せにするのです。
■「お客さまを第一」という価値観を疑ったほうがいい
そうはいっても、自分たちの幸福を第一に追求することにためらいを感じる経営者もいるかもしれません。「企業はお客さまを第一に考えるべきで、社員の幸せは二の次だ」という価値観は深く浸透しています。ところが実際は、まず社員の幸せを追求したほうが結果としてよい経営ができるのです。
なぜなら幸福な社員は不幸な社員よりも創造性が3倍高く、生産性が約1.3倍高いことがわかっているからです。さらに幸せな社員は欠勤率や離職率も低く、同僚を助ける、昇進が早い、売り上げが多いなどの特長を持つことが解明されています。
かつてはここまで研究が進んでいなかったので、「社員を幸せにするよりもまずは利益を出すことのほうが先決だ」と思われていたのですが、実は利益は結果であって、社員を幸せにすれば利益が出るのです。幸せな社員は自主的によく働きます。だから企業は長期的に繁栄するというわけです。
現在、「働き方改革」で残業削減に取り組んでいる企業も多いでしょう。残業が減ると社員は幸せになりそうなものですが、無理やり「残業を減らせ」と命じると、社員は「やらされ感」を感じて不幸になってしまいます。不幸になると創造性が3分の1になるので、残業を減らすアイデアも出てきません。それよりも社員がみんな幸せになれば、生産性が1.3倍になるわけですから、10時間の仕事が約7時間半で済み、結果として残業が減るというわけです。
■ホワイト企業は「やらされ感」とは無縁
それでは社員の幸福度を上げるためには、具体的に何をすればいいのでしょうか。最終的にはそれぞれの会社の理念や従業員の属性に合わせて考える必要がありますが、基本的には4つの因子を高める方向で考えてみてください。
たとえば「やってみよう」因子を高めるためには、部下に権限を委譲するという方法があります。自分の裁量で仕事を進められるようになれば、「やらされ感」とは無縁です。ワンランク上の仕事に挑戦することで成長の喜びを味わえますし、さらに成功すれば達成感を得られます。
もう1つの方法は「理念の浸透」です。私が委員を務める「ホワイト企業大賞」を受賞した徳島県徳島市の西精工株式会社では、毎朝1時間をかけて朝礼を行い、会社の理念についてみんなで徹底的に話し合っています。
ここは「ねじ製品」をつくる会社ですが、「このねじが自動車の一部になることで、世界中の人々の幸せに貢献するんだ」などと仕事の意味を確認し合うことで、「やらされ感」が消えるばかりか、自分たちの意見を出しながら働くことで主体性も生まれます。
■大企業より小さな会社にこそ幸福度の高い会社がある
また、ほかの社員とのコミュニケーションが増えるので、「ありがとう」因子も強まり、その結果、「何か困ったことが起きても、みんながサポートしてくれる」と思える関係が構築できて、「なんとかなる」因子も強まるというわけです。
ちなみに、われわれが考える「ホワイト企業」の条件を因子分析したところ、「いきいき」「のびのび」「すくすく」というキーワードが出てきました。社員一人ひとりが「いきいき」働いている、「すくすく」成長できる、「のびのび」と自由に振る舞える会社では、社員が幸福を感じているということです。
「そうはいっても、うちは小さい会社だし、社員の幸福まで気にする余裕はない」と思う人もいるかもしれません。確かに単純な幸福度の平均は、大企業のほうが高い傾向があります。これは大企業のもつ「安定感」という要素の影響によるものですが、私の実感でいえばむしろ逆で、小さな会社にこそ幸福度が極めて高い会社があります。
■トヨタの豊田章男社長が非常に慕う社員500人の会社
私たちが視察に行くような会社は、かなり幸福度を高めることに成功しているので、その一体感ときたらまるで家族のようです。組織規模が大きいと、社長の考えを浸透させるだけでもひと苦労です。
しかし、たとえば家族4人がみんなで幸せになるのは、さほど難しいことではありません。その点では社員が少ないほうが、みんなを幸せにしやすいのです。それに自分の任期さえ無事に勤めればいいという大企業のサラリーマン社長よりは、「祖父の代から働いてくれている人たちを大切にしたい」というオーナー経営者のほうが社員を幸せにできるに決まっています。
社員数約500人と小規模ながら社員を大事にする会社として知られる伊那食品工業という会社があります。この伊那食品の塚越寛会長は「会社は社員の幸せのためにある」と断言しているのですが、この塚越会長のことをトヨタグループの豊田章男社長が非常に慕っていて、いま塚越会長はトヨタグループへさまざまなことを教えに行っているそうです。
塚越会長は「500人の伊那食品でできることが、36万人のトヨタグループでできないはずがない」と明言しています。「大企業で、なおかつ幸せ」という会社が日本から次々に生まれる日も近いかもしれません。
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慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
1962年、山口県生まれ。東京工業大学修士課程修了。キヤノン入社後、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ハーバード大学客員教授、慶應義塾大学理工学部教授等を経て、2008年より現職。近著に『幸福学×経営学』など。
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(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野 隆司 構成=長山清子 写真=時事通信フォト)
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