1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

交渉に勝つ人の特徴は「足元を深く掘る」

プレジデントオンライン / 2018年10月27日 11時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Natee Meepian)

交渉に勝つ人はどこが違うのか。ビジネス取引に強い弁護士の矢部正秋氏は、「交渉に勝つ人は、足元の情報を深掘りしている」と話す。実際に矢部氏は事務所の賃貸契約で、5年間で計5000万円の値引きを得ることができたという。どんな手段を使ったのか――。

■情報を得るには「足元を深く掘れ」

情報はしばしば足元に隠れている。足元を深く掘ると意外な事実が顕れる。「足元を深く掘れ」。これも体験から得た情報収集の大切な教訓である。

事務所のスタッフの増員に伴い、新しいビルを探すことにした。リーマン・ショックが来る6年前である。当時は勢いがあったので、高層ビルに移ることにした。不動産のエージェントに頼み、Tビルと交渉してもらった。

しかし、よい結果が出ない。2つの問題があった。

(1)5年間の定期賃貸借である(テナントは5年間解約できない)。
(2)賃料が高すぎる。

5年間解約できないのは絶対に困る。長い年月の間には何が起こるか分からない。不景気が来るかもしれない。わたしが健康を害することもある。大手の顧客を失うこともある。定期賃貸借を外すようエージェントに依頼したが、「ダメでした。無理でした」というばかりである。

不動産のエージェントは、契約が成立するとビルとテナントの双方から手数料を取る。いわゆる「両手取引」である。だから、テナントの利益を図るとは限らない。力の強いビル側に立って、定期賃貸借を呑むように、われわれに圧力をかけているのではないか。そう疑った。

■現場に足を運んで定期賃貸借を外す

ふと現場の下見を思い立った。成算があってのことではなく、Tビルがあまりによい物件だったので、諦めきれなかったのである。

現場でTビルの担当者と会ってみると、予想外に物わかりがよかった。当然かもしれない。弁護士なら定期賃貸借が不利なことを重々承知だからである。実際、顧客にはいつも定期賃貸借を外すように助言している。彼はそのへんの事情を知っているらしく、ちょっと交渉しただけで、定期賃貸借は外してオープン契約(ただし1年間は立ち退き不可)でオーケーとなった。

■「空室」の意味を考えて交渉する

残るは本命の賃料である。その交渉に入る前に、担当者との雑談で面白いことを耳にした。

『プロ弁護士の「勝つ技法」』(矢部正秋著・PHP研究所刊)

フロアの大半が空いていたので、理由を聞いてみると「グループ会社がフロア全部を使っていたが、引っ越したので空いている。今後は小分けにして貸す方針」だという。「ビジネス専門の弁護士事務所に来てもらえれば、呼び水になります」という。正直な担当者である。

この言葉は、わたしが強気に出るヒントとなった。数カ月もワンフロアが空いているのは体裁も悪く、早く空室を埋めたいはず。安くしても、空けておくよりはマシだろう。われわれのような小さな事務所でも、交渉力はあるかもしれない。

そこで、他の3つのビルの実質賃料を挙げて値引きを迫った。すでに他のビルとの予備交渉をしていたので、公表賃料ではなく、およその実質賃料を知っていた。実際、Tビルの話がつぶれたら、他のビルへ行く覚悟は決めていた。

「決裂カード」という武器を持っていたので、強気に坪当たり1万円の値引きを迫った。ビル側も粘りに粘ったが、結局、坪当たり8000円の減額を呑んだ。

結果的には、リーマン・ショックが来て退去するまで5年間、Tビルにお世話になった。

この間、年間1000万円、5年間で合計5000万円の値引きを得て、高層ビルに入居するリスクを低減することができた。

■一見関係ない情報でも、交渉に役立つ

今回はさまざまな要素が重なって交渉がうまくいった。そのどれを欠いても実利を得ることができなかったろう。多分、2つの要素が大きい。

(1)貸室とは一見関係のない周辺の情報にも目を配り、空室の意味を確かめた。たいして意味がある情報とも思えなかったが、交渉に非常に役立った。
(2)必ずしもTビルに移る必要はなく、他のビルに移る選択肢があった。その具体名と、およその実質賃料をビルの担当者に伝えたことも効果があった。

■あるアパレルメーカーの工場移転

現場を深掘りした地味な事例をもう1つ紹介する。N君(30代、経験10年)が、事務所で行っていたK社との会議を抜けて聞きに来た。

「中国工場を移転する予定で、ベトナム、インドネシア、タイのどこらがよいかと聞いています」

K社は若者向きアパレル製品を中国の工場で生産し、日本に輸入していた。社員は50人だが経営は順調。N君は、JETRO(日本貿易振興機構)や会計事務所などの資料で、アジア諸国の事情を説明していた。K社の社内では、ベトナム案が有力らしい。「中国はダメ」という前提で議論が進んでいるという。

■短絡的で「つるん」とした話を疑え

しかし、そもそも、なぜ移転するのか? その点が気になり、わたしも会議に入った。聞くと、事情はこうである。

中国でK社が自社ブランドの商標を出願したところ、現地の業者が先に出願していた。「商標登録が認められた場合、相手から使用許諾を受けるか、中国での生産をやめるしかない」。そう香港の弁護士から助言されたという。

「商標侵害で摘発されるのを防ぐため、中国での生産をやめて工場を移転する」というのは短絡的である。なんだか「つるん」とした話で、切実感がない。Kブランドは、それなりに名が通っている。現地業者のK商標の出願は、有名商標にあやかったパイレーツ(海賊行為。横取り行為)だろう。移転を検討する前に、相手の海賊行為を争えないか、吟味が必要である。

そういう根本的な問題が見逃され、表面的な対策に終始してしまうことがよくある。情報が明らかに不足しているが、K社もN君も気づいていない。今の時点で移転先を探すのは、フライングであろう。ひょっとすれば商標の登録を阻止できるかもしれない。

■問い合わせメールはおざなりではないか

工場の移転先を探す前に、香港に確認する点は多い。

(1)海賊商標の認められる可能性はどの程度か? 高いか低いか? その根拠は?
(2)現地の業者の人物像も不明である。相手は同業者か? 商標ブローカーか? どんな経歴の人物か?
(3)現地の業者の商標出願に異議を申し立て、登録までの時間を引き延ばすことができるか?
(4)徹底的に争えば、どのくらい引き延ばせるか? 1年か、2年か、3年か?
(5)異議を申し立てるにはダミーを使う方がよいか? 現地のダミーは簡単に見つかるか?
(6)異議の認められる可能性はどの程度か? 高いか低いか?

K社の担当者は、企画も営業も渉外も担当している。法律の知識は乏しい。香港への問い合わせも、おざなりではないか?

そう見当をつけた。小さな会社ではよくある例である。聞いてみると、担当者と香港の弁護士とのやりとりは、やはりメールによる通り一遍のものだった。

■ポイントを突かなければ、ありきたりの回答しか得られない

Kブランドを中国で使用してきた背景を説明もせず、相手の商標出願が認められた場合の対応を問い合わせただけ。法律意見書の形で回答をもらったわけでもない。K社は、Kブランドを中国でも少量だが長く販売してきた。そのことを香港の弁護士に説明していない。弁護士も、K社の事情を知らずに一般的な返事をしただけ。「法律相談」としてのコミュニケーションがされていなかった。

ポイントを突いた問い合わせをしなければ、ありきたりの回答しか得られない。香港の弁護士にとってK社は一見の客で、しかも報酬はせいぜい10万円程度である。スタッフが回答のドラフトを作り、パートナー名義で返事したのだろう。まさか数千万円の経営判断にかかわる問題だとの意識はないはずである。

■「その他の選択肢」を用意してさまざまな手を打つ

深掘りすると、しばしば新しい現実が見えてくる。

N君が背景事情を説明して香港に確認すると、先願商標が登録されるまで、少なくとも2年ほどかかることが分かった。時間が稼げるのは大きなポイントである。それまでにさまざまな手を打つことができる。

結局、ダミー会社を使って「海賊商標」の買い取りを打診することになった。その他の選択肢も並行して検討する。

(1)K社は商標出願を継続する一方で、先使用を理由に海賊商標の登録を争う。
(2)他国へ移転するための調査も継続する。
(3)中国工場で商標を付さないで日本に輸入し、日本で商標を付する。そうすることで中国での侵害問題は回避する。
(4)Kブランドのデザインを少し変え、類似の判断が難しいようにする。これによって、万一相手の商標が登録された場合でも、交渉の材料ができる。
(5)中国での工場在庫を最小限にして、差し押さえのリスクを低減する。
(6)いくつかの地域の工場に生産委託を分散し、工場が発見されるリスクを低減する。

あらかじめ準備しておけば、相手との交渉にも強く出ることができる。

準備をしながら、ダミー会社を通じて商標の買い取り交渉をした。相手は商標ブローカーだったらしく、ちょっと高いが、100万円で「海賊商標」を買うことができた。

こうして工場移転は不要になり、移転費用のコスト数千万円を節約できた。小さな会社なのでやむをえないとはいえ、出発点にそもそも問題があった事例である。

----------

矢部正秋(やべ・まさあき)
弁護士
ビジネス取引、国際取引を主に扱う弁護士。サラリーマン生活を経て弁護士登録。英米に留学し帰国したのち、東京で法律事務所を設立。以来30数年にわたり黒字で経営してきた。現在は、2500名超の法律家を擁する国際法律事務所との外国法共同事業に従事。法律関係の多くの論文・著作のほか、ロングセラーとなったビジネス書も多い。最新刊は『プロ弁護士の「勝つ技法」』(PHP新書)

----------

(弁護士 矢部 正秋 写真=iStock.com)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください