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高級フレンチで増える"1万円の箸"の秘密

プレジデントオンライン / 2018年11月8日 9時15分

高級小物木製品を製造・販売●マルナオ製品のショップ。本社工場に隣接し、主力の高級箸を販売。

金属加工業をはじめ、様々な業種の中小企業がひしめく新潟県三条市。ここに拠点を構えるマルナオは、仏壇彫刻師だった初代が創業し、大工道具を扱っていた。現在は一膳1万円超の箸など、高級小物木製品を製造・販売する。同社の事業展開を、中小企業経営理論が専門で、三条市に足しげく通う明治大学・森下正教授が分析する――。

■技術という“芯”、各代で新事業に挑戦

福田隆宏現社長は創業者から数えて3代目ですが、同社の最大の特徴は、各代ごとに新しい事業分野にチャレンジしてきたことであり、かつ、そうでありながら、会社の歩みに一本の明確な芯が通っていることです。

初代の直悦氏は寺社・仏壇を装飾するための彫刻を生業とし、その後、2代目の時代には大工道具を扱う木工業を事業として本格化しています。

そして、10年前の2006年に就任したのが現社長。箸というまったく異なる製品分野に事業の舵を切って今日に至っています。

祖父・父・孫の3代。製造する品は変転しても、共通しているのは精密な木工技術を土台とした「モノづくり」です。コア技術を先代から受け継ぎながら、各世代が新分野を切り拓いてきているのです。

2代目が主力とした大工道具は、墨坪車(材木に墨で直線を引くための糸を延ばしたり巻き取ったりする道具)や千枚通しなど、まさにプロ向けの利器工匠具。つくりに妥協は許されません。そこには彫刻師としての初代の技術が生かされています。

しかし時代は移り、木造住宅の減少で大工の世界は衰退します。現社長が東京の就職先から帰郷して家業に携わり始めた00年前後、売り上げの99%を占めていた大工道具は、時代から取り残されつつありました。

そこで3代目・隆宏氏が打ち出した方向転換先が、箸の分野でした。

ここにも初代以来の精密木工技術はしっかり生かされています。黒檀、紫檀といった硬い木を扱うノウハウは、食べやすい箸先への精密研磨加工と密接に繋がっているのです。木工技術という芯がしっかり通っているからこその新分野開拓といえます。

現在は箸の世界で、使いやすさと風格の双方を追求しています。売り上げはすでに箸が7割。大工道具の利器工匠具のマーケットは大幅に縮小していますが、信頼ある企業として地位を保ち続けています。

新分野を開拓するにも、コア技術をそのまま用いることのできる分野を選んでいるからこそ、これまで手がけてきた大工道具という伝統分野もしっかり守れるわけです。

■グローバル化したニッチ市場への特化

マルナオのもう1つの特徴は、中小規模の会社でありながら購買のターゲットを絞ることで、グローバル展開を可能にしている点です。

3代目・隆宏社長は、「全然違うことをやろうとして、毎晩父親と口喧嘩ばかりしていた」と振り返る。

中国料理の箸が、長いうえに持ち手の部分と箸先の太さに大きな差がないタイプであるのに対して、持つ部分から箸先までなだらかに細くなってゆき、しかも重さの均衡が取れているという日本の箸の繊細さは、他に類がないものだそうです。

そもそも箸は日本人にとって、なくてはならない身近な用品。それだけに、品質は幅広いレベルにわたっています。マルナオは、その中でも持ちやすい形状、食べやすく食感を損なわない箸先を加工技術で実現している製品として出色であり、ランクでいえば中の上から上、高級品という狭い市場に特化し、国内ではすでに、都心の百貨店等を中心に高級箸としての地位を確立しています。

しかも箸でありながら、削り直して微調整するメンテナンスを行うといったアフターサービスも手がけ、今や一生ものの商品にしています。

そして、この狭いマーケットへの特化が、海外展開という「横」への拡大を可能にしているのです。

マーケット別に見ると、マルナオの箸の販売量は、現在は国内が95%で、海外はまだ5%にすぎません。

しかし、海外における日本料理の普及に加えて、今はヨーロッパ各地の一流店で日本人シェフが活躍し、彼らのフランス・イタリア料理に箸が添えられることもしばしばです。

そうした時代の流れを、マルナオは逃さず見据えています。特に和食と食材が似ているフランス料理に、先端が細く食感を邪魔しない、口当たりのいい日本の箸がフィットすることから、フランス料理店を中心に高級箸の市場拡大を目論んでいます。

欧州で認められると、国内マーケットへの影響は大きい。海外の5%があるからこそ国内市場が開拓できた。ニッチでも、エリアをグローバルに横展開すれば市場は拡がります。

■地域性・支援性生かし、海外進出も抵抗ナシ

マルナオを支えているものの1つに、地域性があります。新潟県三条市は、地場産業の集積地。家庭用品や家具類のメーカーが集まり、希少原材料を扱ってきた歴史があります。それゆえ黒檀や紫檀といった希少原材料を調達するシステムも確立しており、他の地域に比べて仕入れや製造上の効率に恵まれ、新分野に踏み出す際のハードルを下げています。

本社工場

何より、地域を挙げて中小企業の活路を支援しているのが大きい。

マルナオは、週末の土曜日も工場を動かしショールームも開けて、観光客や一般客を受け入れる「見せる工場」の体制を整えています。通常なら月~金曜操業の製造業にあって、火~土曜という勤務形態。いわば製造業という第2次産業の第3次産業化、観光化です。

この「見せる工場」は、地元自治体や商工会議所などが「産業観光」として後押し。この成功事例はマルナオ以外にも十数社あり、互いの技術を組み合わせたり商品を販売する協力体制も出来上がっています。

顧客との接点づくりという面では、マルナオの「全員営業」も、中小企業であることを強みに変えている点だと言うことができるでしょう。

商談会等には、社長や営業部門の人間にかぎらず、総務畑や製造現場の従業員も出席するという姿勢。彼らは新規顧客の開拓という任務も背負っていますが、買い手の声を生で聞くことで、つくり手自身がニーズの細部を把握できるうえ、「自分たちがつくったものを、この人たちが使ってくれている」といった励みを得ることにも繋がっています。

マルナオの海外展開に関して、三条市と隣の燕市が、そもそも昭和30年代にステンレス製品で日米貿易摩擦を引き起こしたほどの輸出型の産地であることも無視できません。通訳や、海外現地での取引先開拓で協力する企業も地元にありますから、外国語を話すプレッシャーも少なく、現地企業は海外進出に抵抗感がありません。ほかになかなかない地の利だと思います。こうした有形無形のメリットも、マルナオは十分に生かしているのだと思います。

“マルナオ印”大工道具99%から事業を大転換
●所在地:新潟県三条市矢田1
●社長:福田隆宏(1973年生まれ、3代目、立正大学卒業)
●従業員数:20人
●沿革:1939(昭和14)年、初代福田直悦創業。65年(有)福田木工所設立。83年2代目健男社長就任、(有)フクダに改名。2006年隆宏社長就任。09年マルナオ(株)に改名。16年4月期の売上高は1億4825万円(前期比18.7%増)。

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森下 正
明治大学政治経済学部専任教授
1965年、埼玉県生まれ。89年明治大学政治経済学部卒業。94年同大学院政治経済学研究科経済学専攻博士後期課程単位取得・退学。2005年より現職。著書に『空洞化する都市型製造業集積の未来ー革新的中小企業経営に学ぶー』ほか。

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(明治大学政治経済学部教授、経済学科長 森下 正 構成=小山唯史 撮影=石橋素幸)

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