1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

「軽減税率の導入」はそんなにおかしいか

プレジデントオンライン / 2018年10月30日 9時15分

大手コンビニエンスストアのイートインコーナー。イートインは軽減税率の対象外だが、「飲食禁止」の休憩設備として運用する動きもある。(写真=時事通信フォト)

■英独仏など欧州では「軽減税率」を実施している

2019年10月、政府は消費税率を現行の8%から10%に引き上げる予定だ。それに合わせて政府は、低所得者への配慮から酒類と外食を除く飲食料品と、定期購読契約が締結され週2回以上発行される新聞を対象に消費税の税率を低く抑える“軽減税率制度”を導入する予定という。

軽減税率の導入に関しては、経済の専門家の間でも賛否の意見は分かれる。賛成派は、軽減税率には消費税の逆進性を緩和するため、相応の正当性があるとみる。一方、反対派は、軽減税率を導入すると企業の経理事務の負担が増し、混乱が生じると指摘する。

ただ、冷静に考えると、生活必需品を中心に軽減税率を導入することは、英独仏など欧州では実施されている。軽減税率には、人々に選択の余地を与えつつ、ぜいたくをするゆとりのある人からより多くの税金を徴収する効果があるとみている。

軽減税率の潜在的なベネフィットを確認する意義は小さくはないだろう。重要なポイントは、消費税を負担する側・徴収する側のコンセンサスを作ることだ。国民が納得しない制度では、本来の政策意図を実現することは難しい。

■低所得者の税の負担感はより大きくなる

軽減税率導入の議論で気になる点は、導入理由をおさえているかどうかだ。財務省は軽減税率導入の理由を、消費税率引き上げによる低所得者への影響を軽減することとしている。

消費税は、子供から高齢者まで社会全体で必要な財源を広く浅く均一に負担する間接税の一種だ。富裕層でも、そうでない階層でも、負担する税率は同じだ。

そのため、消費税には「逆進性」がある。食料品などの生活必需品の例を考えると、消費税率の引き上げで特定の食料品に掛かる消費税は一定額上がる。結果として、所得に関係なく一定の税負担は増える。そうなると、低所得者の税の負担感はより大きくなることが想定される。それを消費税の逆進性という。

この問題を解消するためには、生活必需品などを中心に税率を抑えることが解決策の一つになる。相対的に所得の少ない人が感じる負担を軽減することができる。それは、消費税率の引き上げに伴う需要の反動減を緩和し、経済成長の下振れリスクを抑えることにつながることも期待できる。

■消費者心理の悪化を緩和するために重要

あるいは、財政政策の側面から低所得者層に現金などを支給することも考えられる。その場合の問題は、個人の資産状況などを正確に把握しなければならないことだ。それを正確に実行することはかなり難しい。給付を受ける基準も不満の原因になりやすい。

それに比べると、酒類と外食を除く飲食料品というように、品目を定めて軽減税率を導入した方が社会全体の納得感を得やすいというのが政府の考え方だ。反対に、軽減税率を導入しないまま消費税率を引き上げると、税負担の増加を感じる人は増えるだろう。消費税率引き上げのタイミングでわが国の景気状況がどのようになっているかも見通しづらい。前もって軽減税率の導入に向けた準備を進めることは、消費税率引き上げによる消費者心理の悪化を緩和するために重要だ。

■自宅で食事をする人は軽減税率の恩恵を受けられる

重要なのは、軽減税率の導入に正当性があるかだ。つまり、軽減税率が本当に低所得者の負担感の軽減につながるかを考えなければならない。

飲食料品に関する軽減税率に焦点を当てると、生鮮食品の購入に加え、テイクアウト商品も対象に含まれている。すし屋のお土産や蕎麦屋の出前、コンビニ弁当も軽減税率の対象だ。

一方、酒類に加えて、外食やケータリングサービスは軽減税率の対象ではない。コンビニエンスストア内での飲食=イートインも軽減税率の対象外だ。

この切り分け方がポイントだ。消費者には軽減税率を受けるか否か、選択する余地が与えられる。自宅で食事をするのであれば、軽減税率のベネフィットを享受できる。反対に、飲食店内あるいはイートインコーナーで食事をする場合は、10%の消費税を支払う。同様の仕組みは海外でも実施されている。フランスでは、消費税率(付加価値税)が20%であるのに対し、外食には10%、食料品には5.5%の軽減税率が設定されている(2018年1月時点)。

■「ぜいたく」をするゆとりのある人から10%を徴収する

この仕組みは、人々の心理をうまくついているといえる。たとえば、所得が高い人が週末に外食をするとしよう。その人にとって、税の負担感はあまり大きくないはずだ。消費税率が高くなったとしても、高所得者の消費行動が大きく変わるとは考えづらい。その人は支払う消費税の額が増えたとしても外食に出かけるだろう。

一方、所得水準が低い人の場合、税負担の増加を抑えたいとの考えは強くなりやすい。その場合、外食は我慢してテイクアウトを利用することで、消費税の支払額を少なくすることができる。

見方を変えると、政府が目指している軽減税率は、個人の担税力(税金を支払う能力)に着目し、ぜいたくをするゆとりのある人からは10%の消費税を徴収することを目指している。このように考えると、さまざまな報道で指摘されているほど軽減税率の導入がおかしいとは言えない。軽減税率の導入にはそれなりの正当性がある。税の負担を抑えたい人にとって、選択の余地があるか否かの違いは大きいだろう。

■「イートイン」を確認する手間は増えるが……

軽減税率の導入は、消費税率引き上げの影響を緩和するための妥協案だ。メリットが期待される反面、デメリットもある。

軽減税率の導入は、小売や外食産業など企業の手間・負担が増えることにもつながる。その点で、政府は軽減税率の導入の重要性と、必要な取り組みに関して企業と消費者の納得感を取り付けていく必要がある。

具体的に、企業は軽減税率に対応するために受発注システムなどの買い替えや設定の変更を行わなければならない。仕入れの際の請求書にも、どの商品が軽減税率の対象であるかを記す必要がある。税額計算の手間も増える。

加えて、飲食業界などではイートインかテイクアウトかを客に確認しなければならない。レジ前に列ができている場合、持ち帰りか否かを聞く分、支払いにかかる時間は長くなる。その状況に不満を感じる人は増えるだろう。そうした状況にも企業は対応していかなければならない。中小企業の多くが軽減税率導入への準備に取り掛かかれていないことも報じられている。

■重要なのは国民のコンセンサスを得ること

政府は、軽減税率のメリットをわかりやすく国民に伝えると同時に、企業の取り組みをサポートする体制を強化しつつ、具体的な事例などを紹介していく必要がある。キャッシュレス決済を用いることで、レジ業務の負担を軽減することも考えられる。それを実現するためには、セキュリティ面を強化しつつQRコード決済など、比較的導入コストの低いテクノロジーを用いていくことも重要だ。

軽減税率の導入は、わが国の経理関連の効率化を促進し、新しい決済制度を整備するチャンスにもなりうる。いずれにしても、政府は軽減税率導入に関する企業・消費者の不満や不安の一部を解消するために、消費税率引き上げに対する国民のコンセンサスを高めることが重要だ。

----------

真壁昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年、神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

----------

(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=時事通信フォト)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください