橋下徹"安田さん批判「収束後」の問題点"
プレジデントオンライン / 2018年11月7日 11時15分
(略)
■記者会見でまず謝罪した安田さんの対応は合格点
今回の安田さんは、危機管理対応としては非常にうまくやったと思う。
11月2日の記者会見。3年にもわたる拘束が事実であれば、解放後たった10日しかたっていない中での記者会見は非常にスピーディーだった。国民の知る権利に応えるために政府の制止を振り切ってまでシリアに入ったという持論との一貫性を持たせて、解放後も国民の知る権利にできる限り応えようとする姿勢は十分に伝わってきた。
そして最も重要な記者会見の冒頭。
周囲に迷惑をかけてしまったこと、日本政府を身代金交渉の当事者にさせてしまったことについては申し訳ないと謝罪し、日本政府関係者が動いてくれたことについてはしっかりと感謝の意を示した。そして深々と頭を下げた。これまでの姿勢を大きく変えた。
このちょっとした謝罪と感謝の態度振る舞いが、以後の安田さんの立場を決定付けたと思う。ここで、これまでと同じ突っ張った態度振る舞いであったら、安田さん批判はどこまでも根深く続いていたと思う。
今回の安田さんの謝罪と感謝の意の表明によって、多くの日本国民がこれまで感じていた安田さんに対する癇はひとまず収まったと思う。そうであれば、次のステージとして、危険地域における取材のあり方、方法、対策など今後に向けた冷静な議論が展開されると思うし、それを期待する。安田さんを批判するにしても、それは後ろ向きな人格攻撃ではなく、今後のジャーナリストのあり方を考える上での前向きな批判にしなければならない。
政治家をはじめとするプライドの高い人たちは、どうしても自分の行動を正当化するのに必死になってしまう。そしてその正当化が目的化し、そのために支離滅裂な言い訳を展開し、ボロボロの評価に陥っていくというのが、何度も他人の同じ失敗を見聞きしているくせにプライドの高い人たちが陥ってしまうテッパンの失敗パターンだ。だが安田さんは、この失敗パターンに陥らなかった。
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職業に貴賎なし。どの職業も社会を支えるのに必要なものだ。もちろん、報酬の多寡に違いがあるのは資本主義社会においてはしょうがないことだけどね。
ところがいくつかの職業においては、自分たちの仕事こそが社会正義や社会の利益を守るために必要不可欠なものであって、自分たちは特別な存在だ、と強く思ってしまうものがある。そのような職業に就いている者は、特に自らのプロフェッショナルとしての自負が強い。
典型例が、ジャーナリストであり、メディアであり、学者であり、弁護士など。いわゆる自称インテリの類。
このような職業に就いている者は、自分たちがやっていること、考えていることが絶対的に正しくて、それを正しいと評価しない世間の方がおかしい、という思考回路に陥りやすい。
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■ジャーナリストも弁護士も「特別な仕事」じゃない!
自分たちの仕事は素晴らしいだろ! もっと評価しろよ! と周囲に強要するのは最悪だけど、自分たちの存在こそが社会にとって必要不可欠で、プロフェッショナルな特別な存在だと信じ込んでいる連中は、そのようなことを何の憚りもなくやってしまい、そのおかしさに気付かない。
ジャーナリスト、メディア、学者、弁護士などの自称インテリたちは、この点をよくよく注意しなければならない。自分たちがやっていることが全て正しいと自分たちで評価することほど恥ずかしいものはない。「仕事を評価するのは自分ではなく周囲なんだ」ということを、特にプロフェッショナル意識の高い職業に就いている者は肝に銘じなければならない。
こんなことを、テレビ朝日系の「羽鳥慎一モーニングショー」に僕が出演して、コメンテーターの玉川徹さんと議論した。そしたら玉川さんは「ジャーナリストを英雄視しているわけではない。もし英雄視したと受け取られて、そのことで安田さんバッシングの火に油を注いだことになるなら心苦しい」と発言した。玉川さんが過ちは過ちと素直に認めたことは、その一時期は色々と批判を受けるだろうけど、危機管理対応としては良かったと思う。これで玉川さんに対する批判も尾を引かないと思う。
だから、それぞれの職業を評価するには、最初から特定の職業だけを特別視するのではなく、その仕事の中身をきちんと評価するという当たり前のことをやればいいだけ。繰り返しになるけど、初めからある職業を特別視したら、その職業の者はもう何をやっても許される存在となってしまい非常に危険だ。
初めから特別視するのでもなく、初めからバッシングするのでもなく、淡々と仕事の中身を評価する。これが冷静で合理的な姿勢だと思う。
そしたら漫画家の小林よしのりが、ジャーナリズムは成果主義ではない、商業主義ではない、といちゃもんを付けてきた。この小林は、論理一貫性がなく、その場その場で世間とは反対のポジションを取ることで自分の存在を示そうとする輩なので、放っておけばいい。
僕も世間と反対のポジションを取ることはあるけど、それなりに論理を考えているし、以前と立場を変えたならその理由をしっかり示しているつもりだ。この小林は、以前、ジャーナリストの後藤健二さんが危険地域に入ってその後殺害されたことは自己責任だと主張したらしい(ネットで小林のブログ記事の引用を確認した)。しかし、今回は安田さんを自己責任論で批判する奴は危険地域にも行けないヘタレだと主張する。ネットで確認したことが事実なら、もう小林には相手にするほどの価値はない。
その仕事に価値があるかどうかというのは、最終的にはもちろん周囲が評価することだが、「仕事の価値」は、本人がその仕事をやるかどうかを判断する基準にもなる。
そしてこの「仕事の価値」を決める際に判断を狂わせてしまうのは、先にメリット、つまりプラス面の評価から入ってしまう場合だ。
ある仕事をやろうとしている者は、その仕事にそもそも関心があるので、プラス面を積極的に感じている。だからその仕事の意義、やりがい、価値、社会的なメリットを上げようと思えば、次から次へと無尽蔵にメリットを思い付いてしまう。そしてデメリットのことを十分に考慮することなく、そのまま突進してしまう。
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とにかくその仕事をやるかどうかを判断するには、僕も含めて普通の能力の持ち主なら、先にデメリットをしっかりと考えることが重要。通常は、その仕事に関心があるからこそ、プラス面やメリット面のことしか思いつかず、「もう、とにかくやらなくてはいけない」とはやる気持ちで頭がいっぱいになってしまう。それに加えてプロフェッショナル意識が強い仕事だと「社会正義のためにとにかくやらなくてはいけない」と拍車がかかってしまう。
だからこそ、まずは冷静にデメリットをしっかりと考えなければならないんだ。危険地域に取材に行く価値は認める。しかし、今回の安田さんの取材に伴うデメリットは何か。このデメリットも踏まえた上で、なお危険地域での取材の価値があると判断したのか。そのときに価値を認めた取材の目標はどのようなものだったのか。
ジャーナリストという職業が特別の職業ではなく、普通の職業として仕事の中身を淡々と評価しなければならないとすれば、今回の安田さんの最初のミスは、自分の行動に伴うデメリット面についての考慮が不足していたことだった。
(略)
(ここまでリード文を除き約3000字、メールマガジン全文は約1万2300字です)
※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.126(11月6日配信)を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【プロフェッショナルの職業論(1)】なぜ僕はジャーナリスト安田純平さん「英雄視」に疑問を突きつけたか》特集です。
(前大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 写真=iStock.com)
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