お金がない人ほどギャンブルにハマる理由
プレジデントオンライン / 2018年11月2日 9時15分
※本稿は、ダン・アリエリー(著)、ジェフ・クライスラー(著)、櫻井祐子(訳)『アリエリー教授の「行動経済学」入門 お金篇』(早川書房)の第1章を再編集したものです。
■それに賭けてはいけない
ジョージ・ジョーンズは憂さ晴らしを求めている。仕事はストレスだらけ、子どもたちはけんかばかり、おまけに懐はさびしいときた。そんなわけで、出張でラスベガスに来た彼は、さっそくカジノへ向かった。公的資金で建設された、驚くほど整備の行き届いた道路の端にある駐車場に車を駐め、カジノというパラレルワールドにフラフラと吸い込まれていった。
カジノに入って呆然としていたジョージは、音でわれに返った。80年代の音楽に、キャッシュレジスターの響き、コインのジャラジャラ、居並ぶスロットマシンのカシャーンという音。カジノに入ってからどれくらい経ったんだろう。時計は見当たらないが、スロットマシンにしがみついているお年寄りの様子からすると、一生が過ぎてしまったのかもしれない。いやいや、5分くらいだろう。ここは入口からそんなに遠いはずはない。でも入口は見当たらない……それに出口も……ドアも窓も廊下も、ここから外へ出る経路はどこにもない。見えるのは点滅する光と、肌もあらわなカクテルウェイトレス、ドル記号、それにはしゃいでいるかしょげているかの両極端の人たちだけ。
スロットマシン? ああやるとも。最初のスピンでは高得点をわずかに逃した。それから15分間、お札をつぎ込んで頑張った。一度も勝たなかったが、ニアミスは何度もあった。
財布のなかの細かい札がなくなると、ATMから200ドルを引き出し──3ドル50セントの手数料は、一度勝てば取り返せるから気にしない──ブラックジャックのテーブルに着いた。20ドルのピン札10枚と引き替えに、ディーラーに真っ赤なプラスチックのチップの山をもらう。チップにはカジノと羽根、矢、テントの絵が描かれている。「5ドル」とあるが、とてもお金には思えない。おもちゃのようだ。ジョージはチップを指でもてあそび、テーブルではじき、ほかのチップの山が増えたり減ったりするのを眺める。
■無料のドリンクに喜びコーヒー代の4ドルをケチる
キュートで愛想のいいウェイトレスが無料のドリンクをもってきた。無料か! そいつはいい! 勝ちは目前だ。ジョージはプラスチック製の小さなチップを一枚ウェイトレスにはずむ。
ジョージは勝負する。うまく行くときもあれば、そうでないときもある。少し勝つが、それ以上に負ける。勝ち目がありそうなときにダブルダウンやスプリットをして、2枚のチップを4枚、3枚のところを6枚賭けたりする。結局、200ドルを全部すった。テーブル仲間はチップの山を築いたかと思えば、次の瞬間には札束を広げてチップを買い増すが、ジョージはなんとか真似せずにがまんする。テーブル仲間には温厚な人もいれば、自分の札を盗られたといって怒り出す人もいるが、だれ一人として1時間で500ドルも1000ドルもすってしまうタイプには見えない。だが現にそういうことが何度も起こった。
半日前の朝早く、ジョージは近くのカフェに向かったが、10歩ほど手前で引き返した。ホテルの部屋でコーヒーを淹れれば、コーヒー代の4ドルを節約できると気づいたからだ。その彼が、夜になれば5ドルチップ40枚をまばたき一つせずに賭け、親切にしてくれたからと、ディーラーにまで一枚あげている。
■なにが起こっているのか
カジノは私たちからお金を引き離す術を極めているから、この物語を出発点にするのはちょっと酷かもしれない。それでもジョージの経験には、私たちがこれほど極端ではない状況で犯しがちな心理的あやまちを垣間見ることができる。
次に挙げるのは、カジノのまばゆい光のもとで私たちに作用する要因のいくつかだ。
▼「心の会計(メンタルアカウンティング)」
朝のコーヒー代を節約したことからもわかるように、ジョージはお金の不安を抱えている。なのにカジノでは、こともなげに200ドルをポンと使う。この矛盾が起こる原因の一つは、彼がカジノでの出費を、コーヒーとは別の「心の勘定科目」に仕訳しているからだ。
彼は持ち金をプラスチックのチップに両替して「娯楽」勘定を開設するが、その他の出費は「生活費」などの勘定から引き出しつづける。この奥の手によって、二種類の出費に対する感じ方が変わるが、じつはどちらも「ジョージのお金」という同じ勘定のお金だ。
▼「無料の代償」
ジョージは無料の駐車場と無料のドリンクに大喜びする。たしかに代金は直接払っていないが、「無料」のものに釣られて上機嫌でカジノに行き、判断力を鈍らされている。「無料」のものは、じつは高くつくのだ。「人生で最高のものは無料だ」ということわざがある。たぶんそうなんだろう。でも無料だからと高をくくっていると、思いがけない出費を被ることも多い。
■極端な状態で起こる「心理的あやまち」
▼「出費の痛み」
ジョージはカジノのカラフルなチップで賭けをしたり、心づけをはずんだりするとき、お金を使っているような気がしない。ゲームをしているような感覚だ。プラスチックのチップを使っても紙幣を手渡すときのように現実感がない。お金を失った気がせず、出費をはっきり自覚しないから、自分の決定を意識しないし、決定がおよぼす影響にも無頓着になる。
▼「相対性」
ジョージが無料のドリンクのお礼としてウェイトレスに渡した5ドルのチップと、ATM手数料の3ドル50セントは、ブラックジャックのテーブルに置かれたチップの山と、ATMから引き出した200ドルに比べれば、はした金に思える。これらは相対的に少ない金額で、彼は相対的に考えるからこそ気兼ねなくお金を使うことができる。また同じ日の朝、4ドルのコーヒーは、ホテルの部屋で飲む0ドルのコーヒーと比べて、相対的に高すぎるように感じられた。
▼「期待」
キャッシュレジスターやまばゆい光、ドル記号など、お金のイメージや音に囲まれたジョージは、勝ち目のない賭けや超悪玉にも涼しい顔で勝ちを収める、『007』のジェームズ・ボンドになったような気がした。
▼「自制」
ギャンブルは深刻な問題で、依存症に苦しむ人も多い。だがさしあたってここでは、ジョージがストレスやその場の雰囲気、愛想のいいスタッフ、「お手軽な」機会などに惑わされ、「200ドル多い貯えをもって退職する」という遠い未来の利益のために、目先の誘惑に抵抗することを難しく感じている、とだけいっておこう。
■世界はカジノに似ている
どのあやまちもカジノに特有の問題のように思えるが、じつは世界は思ったよりずっとカジノに似ている。なにしろ2016年にはカジノのオーナーがアメリカ大統領に選ばれたほどだ。ギャンブルで憂さ晴らしをする人だけでなく、だれもが意思決定を行う際に心の会計、無料、出費の痛み、相対性、自制という点で、似たような問題に悩まされる。ジョージがカジノで犯したまちがいは、日常生活の多くの場面でも起こる。そうしたまちがいの原因は、主にお金の本質に関する根本的な誤解にある。
一般的な「お金」のことはよくわかっていると思っていても、お金とは本当はなんなのか、どんな利点があるのか、そしてどんな思いがけない影響をおよぼすのかを、私たちはよく理解していないのだ。
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デューク大学教授
1967年生まれ。過去に、マサチューセッツ工科大学のスローン経営大学院とメディアラボの教授職を兼務したほか、カリフォルニア大学バークレー校、プリンストン高等研究所などにも在籍。また、ユニークな実験によりイグ・ノーベル賞を受賞。著書に『予想どおりに不合理』『不合理だからうまくいく』『ずる』『アリエリー教授の「行動経済学」入門』『「行動経済学」人生相談室』(すべてハヤカワ・ノンフィクション文庫)がある。
ジェフ・クライスラー
コメディアン、作家、コメンテーター
プリンストン大学卒。弁護士を経て、お金と政治を扱うコメディアン、作家、コメンテーターになる。著書に風刺エッセー『Get Rich Cheating』がある。
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(デューク大学教授 ダン・アリエリー、コメディアン、作家、コメンテーター ジェフ・クライスラー 写真=iStock.com)
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