うつ病休職中でも平日パチンコできるワケ
プレジデントオンライン / 2018年11月8日 9時15分
※本稿は、島田直行著『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■うつ病への対応が後回しになる3つの理由
「社員がうつ病で長期離脱している。どうしたものか」
こういう相談がこのところ増えている。中小企業でも10社に1社くらいは社員がうつ病をはじめとしたメンタルヘルスに支障をきたして休職しているケースがあるような印象を受ける。
即断即決を旨とする社長でさえ、「うつ病」という言葉を耳にするだけで、たじろいで身動きが取れなくなってしまうときがある。なにから手をつければいいのかわからないまま、「様子を見よう」ということになり、いつまでも状況が変わらない。膠着状態が続いた挙げ句に社長が判断を誤ってトラブルになることがある。
典型的なのは、長期間の離脱を理由にした退職の勧めに応じないから解雇するというものだ。こんなことでは明らかな不当解雇になってしまう。病気のために苦しんでいる社員にさらに精神的苦痛を与えることになりかねない。
社員のうつ病について、社長の対応が後手に回る理由は3つある。
その1 プライバシーに関わる部分として問題を先送りしてしまう
個人の病歴といったものは、プライバシーに直結するものであり、誰しも隠したいものだ。これがうつ病をはじめとした精神疾患であれば、なおさら「周囲に知られたくない」という気持ちにもなるだろう。社長としては、そういった個人のデリケートなところにどこまで介入していいのかわからない。
たとえば、「様子がおかしいから精神科に行ってみたら」とアドバイスしたら、かえって機嫌を損ねるのではないかと危惧する。結果として「なにもしないことがとりあえずいいだろう」ということになり、問題は先送りになってしまう。
その2 うつ病の原因が会社にあるのかわからない
うつ病については、その原因がはっきりしない。これが作業中に骨折したというのであれば、仕事と骨折の関係は一目瞭然だ。会社としては労災事故として対応していくことになる。しかし、うつ病の場合には、それほど簡単ではない。仕事の負担が原因かもしれないし、あるいは家庭の事情が原因かもしれない。いずれの事情も合わさってのことかもしれない。原因を特定しようにも、「かもしれない」という部分があまりにも多い。その上、個人差の影響もある。打たれ強い人もいれば、そうでない人もいる。
その3 社員がうつ病になったときの方針を決めていない
社長として社員がうつ病になったときの方針を事前に決めていないことも指摘できる。できる社長は社員がうつ病になったときのことを想定して就業規則を刷新している。「うちの会社にうつ病の社員はいないから」と高をくくっている社長は、就業規則も古いままで社員がうつ病になったときにまったく役に立たない。仕方なく場当たり的な対応しかできず、しまいには感情的な対応をして訴えられる。「今まで大丈夫」は「これからも大丈夫」にはならない。
社員がうつ病になったときの対応は、事前に就業規則で決めておくことに尽きる。事後的に「うちではこういうふうにするから」では、社員も安心して治療を受けられない。
「社員がうつ病になったから退職してもらう」というのは、社長の姿勢として絶対に間違っている。うつ病は誰もなりたくてなるものではない。社員を守ることが社長の役割であるから、うつ病の社員も可能な限り守らないといけない。仮にやむを得ず退職となる場合でも、できるだけのサポートをしてあげるのが社長としての役割だろう。
■社命で精神科に行かせるのはNG?
「咳が続くけど大丈夫か。病院に行ってみたらどうか」
このくらいの話であれば、どこの中小企業でもよくあることだ。でも、これが「ちょっと元気がないようだけど、精神科を受診してみたらどうかね」となるとどうだろうか。社長としても一瞬たじろぐかもしれない。社員から「なんで病人扱いするのですか」と、かえって「名誉毀損だ、侮辱だ」と批判されるかもしれない。言うべきかどうか悩んでいるうちに、社員の状況は日々悪化していく。
これはいわゆる受診命令を会社として出せるのかという問題である。一般的には就業規則に明記されていなくても、受診を命じることはできるとされる。それでもやはり就業規則に書いてあれば、自信を持って受診を求めることができる。この“自信を持って”というのは意外に大事なことだ。
メンタルヘルスに関わるものはデリケートな問題である。その場その場で検討しないといけないとなると、自信を持った対応ができず社長にとってもストレスになってしまう。
「就業規則にこう定めてあるから」と根拠を示すことができれば、社長としてもストレスが軽減され、自信を持って説明できる。根拠もなく、「とりあえずこうしました」というのは社員からの不信感にもつながり問題になりやすい。
■社員がうつ病になる前にやらなくてはならないこと
就業規則は、会社と社員のルールである。社員がうつ病になったときにどのように対応するべきか定められているか確認していただきたい。とくに確認していただきたいのは、復職する場合の扱いだ。「読んでもよくわからない」というのであれば、就業規則としての意味がない。いまだに社員のうつ病に対応していない就業規則が少なくない。それではルールがないのと同じである。会社の見解を主張するのが難しくなる。
ルールは事前に決まっているから意味がある。社員がうつ病になった段階でいきなり就業規則を整備したら、事後的にルールを定めるようなもので社員から反感を買うのは必至だ。法的にも無効という判断がなされる可能性が高い。したがって、就業規則は社員がうつ病になっていない段階で整備しておかなければならない。
多くの社長はセミナーなどに参加して納得しても、「いい話を聞いた」で終わってしまい、実際の行動に至らない。「これまでうつ病の社員なんていないから大丈夫だろう」という意識があるのだろう。だから、いざ社員がうつ病になると、あわてることになる。
社員がうつ病になるかどうかなど誰にもわからないことだ。だからといって、わからないからコストをかけてまで就業規則を見直さないという考え方は間違っている。できる社長は、わからないところだからこそコストをかけて対応を決めている。
就業規則に関して言えば、社員への周知も必要だ。いくらルールを作っていても知られていなければ意味がない。「就業規則を作りました。社員にわからないよう金庫に保管しています」では就業規則としての効力もない。就業規則を変更するのであれば、専門家に依頼して手続を踏んだ上で社員への周知を徹底しなければならない。裁判では、就業規則を事務所内の誰でも手に取れるところに置いていたとしても、「そんなものはなかった」と争われることがある。周知をした記録も確保しておくべきだ。
■うつ病の治癒はどう判断する?
社員がうつ病になり、仕事が難しくなれば休職になる。社員の治療をしっかりフォローするのも社長の役割だ。
うつ病は、治療期間が長期間に及ぶ傾向がある。いったん改善したとしても、再発する可能性がある。仕事から離れると元気だが仕事になるとうつ症状が出てしまうということもあるようだ。
うつ病については、骨折などと違って治癒したかどうかについて客観的に判断することができない。基本的には本人からの聞き取りなどによって症状を判断せざるを得ない。これは復職の時期についても影響してくる。「軽微な仕事なら可能」という診断書が提出されるときがあるが、なにをもって軽微な仕事なのかは判然としない。
とりあえず社員が無理せずできる仕事が軽微な仕事とされるときがある。これではトートロジーのようなものであって、解決にはなっていない。
社長としては、このようなうつ病の特性を理解した上で、対応を検討していかなければならない。
■休職期間中のパチンコはなぜ問題ないのか
休職期間に関してポイントになるところに説明を加えよう。
休職期間中の給与については、就業規則の定め方による。無給となっている場合が中小企業の場合には多いだろう。社員としては、申請すれば加入する健康保険から傷病手当を受け取ることができる。無給であったとしても、個人負担の社会保険料は発生する。会社としては、この点もあらかじめ通知して支払い方法を確認しておく。社員のなかには、「無給なのに社会保険料の支払いを求められるのはおかしい」と苦情を述べてくる人もいる。
休職期間終了時のことも忘れずに説明しておくべきだ。いつまで休職期間があるのか。休職期間中に復職できなかったらどうなるのか。社員の地位にも関係することであるから事前に説明しておくことが社長の責任だろう。いきなり「休職期間中に復職できなかったから退職です」と言われたら、誰でも驚くし怒りもする。
休職期間中の社員の状況は、会社としても把握することができない。社員の状況を把握しておくことは、社員の復職を検討する上でも必要なことだ。社員には定期的に状況を報告してもらうように伝えておこう。
こういったことは「そんなこと聞いていない」と社員から事後的に批判されないために休職開始時に書面で伝えておくべきだ。
休職期間に関する相談でときどきあるのは、「うつ病で休職している者が平日にパチンコに行っていた。懲戒できるか」というものだ。社員は、休職により労働の義務から解放されているのだから、パチンコに行っても問題にならない。したがって、こういう場合には懲戒することはできない。
かつて上司が休職期間中の部下のことを思うばかりに、熱心に復職を促した行為が違法とされ、損害賠償が認められた判例もある。
社長は、休職期間については、社員が治療に専念する期間ととらえるべきだろう。
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島田法律事務所代表弁護士
山口県下関市生まれ、京都大学法学部卒。山口県弁護士会所属。「中小企業の社長を360度サポートする」をテーマに、社長にフォーカスした“社長法務”を提唱する異色の弁護士。特に労働問題は、法律論をかかげるだけではなく、相手の心情にも配慮した解決策を提示することで、数々の難局を打破してきた。これまで経営者側として対応してきた労働事件は、残業代請求から団体交渉まで、200件を超える。
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(島田法律事務所代表弁護士 島田 直行 写真=iStock.com)
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