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新人よりセクハラ部長を守った社長の後悔

プレジデントオンライン / 2018年11月14日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Nikada)

営業部長が新人女性にセクハラをした。本来なら処分すべきだが、その社員が退職すれば会社の売り上げは3割近く減少するだろう。社長はどうするべきなのか。長年、労働事件に対応してきた弁護士の島田直行氏は「問題を起こした社員を優秀だからと大目に見ていると、いつのまにか会社を牛耳られることになる」と警鐘を鳴らす――。

※本稿は、島田直行『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■会社の屋台骨である営業部長が新人にセクハラを

A社は水産加工を主たる事業とする同族中小企業である。営業部長のBを筆頭に積極的な営業活動を原動力に数年にわたり売上高を伸ばしていた。Bは、先代社長のころからのたたき上げで、多数の取引先をカバーしている。後継社長としても「Bに任せておけば」という意識もあり、Bの問題行為にも目をつむってきていたところがある。

ある日、総務の新人Cから「Bから執拗にセクハラを受けている」という相談があった。Cは入社して2年目でまだまだ会社の戦力にはならない。基本的な事務処理をやっとできるようになったくらいである。

調べてみると、たしかにBからはプライベートでの面会や肉体関係を求めるようなメールが執拗にCに送信されていた。事実としてセクハラがあったのは間違いのないところであった。CからはBを辞めさせてもらわないと怖くて勤務できないと泣かれてしまった。Bの性格からして退職を勧めれば憤慨して退職していくことは目に見えていた。

■社内でセクハラが起きるのは社長がなめられている証拠

社長は本当に困ってしまった。本やセミナーのみならず、自分の倫理観からしてもCを守ってBを退職させるべきなのは明白だった。でもBが退職してしまったら大口の取引先を奪われて売り上げが3割近く減少する可能性があった。偉大な経営者の成功本には「売り上げを下げても、自分の信念に従って大成功」と書いてあるが、自分にできる自信はない。成功本は「成功した人」の本でしかないからだ。筋を通してCを守るべきか、事業を守るためにBを維持するか。

こういったケースは中小企業では珍しくない。そもそもセクハラの加害者は、会社の中でそれなりに力を持っている人が多い。セクハラが悪いことであることは誰にとっても明らかなことだ。それにもかかわらずやってしまうということは、自分には力があって「少々のこと」をしても社長から問題視されないことを自覚しているからだ。「なにをやっても社長は自分に刃向かえない」という妙な自信がセクハラ行為に及んでしまう者の根底にある。

有力な取引先を押さえていて社長も無下にできないことがBの違法な行為を助長してきたのだろう。中小企業でセクハラが生じるというのは、それほど社長が社員から軽んじられていることのバロメーターと言える。

■理想と現実の間の矛盾のなかで取った正解のない決断

悩みに悩んだ社長は、Bをいきなり退職させることはできないこと、Bには今回のことについてしかるべき責任を求めること、及び再発防止を心がけることなどをCに説明した。Cとしてはまったく納得できなかった。「加害者であるBと、なぜこれからもいっしょに仕事をしていかなければならないのかがわからない」ということであった。「怖い」ということだった。

被害に遭った人からすれば、加害者と同じ場所にいたくないというのが当然の心情だろう。でも、一般の中小企業の場合、なかなかそういった配置換えはできない。結果としてCからは退職の申し出があった。

私は社長に「そうか、わかった。がんばれよ」ではCに対して示しがつかないということを説明した。対応を誤れば、退職後に損害賠償などを請求される可能性もある。そこで社長はCに対して退職時に賃金3カ月分相当の賠償金を加算して支払うことにした。さらに社長は、Cのために再就職先の斡旋までした。自分の知人のツテをたどっていろいろ就職先を紹介していた。

Cは結局、自分で就職先を見つけることができたが、社長の姿には感じ入るものがあったようだ。いろいろあったが、最後には「お世話になりました」と言って退職していった。

今もってこのような解決が良かったのかは誰にもわからない。「社員とその家族を守る」という言葉は耳に心地よいが、実際に守る上ではどうしようもない矛盾にも対峙しなければならない。

■セクハラを起こした社員への申し渡しは社長自身が行うべき

この事例ではもうひとつ問題が残っている。Bに対する社長の責任だ。

若い社長からは「先生からBにひとつ言ってもらえませんか」と依頼された。「お断り。なにがなんでもしない」ときっぱり回答した。人事における処分は、事業の根幹に関わることだからこそ、社長自身がしなければならない。

非を指摘することは、リーダーにしかできない。だからこそ、違法な行為に責任を求めるときには、リーダー自身が自分の言葉で部下に告げるべきだ。ここで逃げてしまって、弁護士に依頼すると、社員は社長の顔ではなく弁護士の顔しか見なくなってしまう。これでは社長としての職務を果たすことができなくなってしまう。嫌なことだからこそ社長がしなければならない。

いくら優秀な人材であっても規律に反したときにはしかるべき処分を下すべきだ。「優秀な社員だから今回は大目に」としていると、いつのまにか問題社員に会社を牛耳られることになる。雰囲気の明るい職場というのは、その底辺に緊張感があるということを忘れてはならない。

■セクハラでの懲戒解雇は認められない

問題なのはどういう処分をするかだ。懲罰というのは、行為の悪質性と比例したものでなければならない。ありがちなのはいきなり懲戒解雇してしまうことだ。懲戒解雇は本人の生活の糧をいきなり奪うことになるため、よほどのことでない限り認められない。減給にしても、担当する業務が同じまま減給するなら、法律によって限度が決められている。社長のさじ加減で「明日から給与を2割カット」とかはできないのだ。処分があまりにも重すぎるとして裁判になることもある。現実的な処分としては、降格処分あるいは賞与における評価減であろう。

この事例の結末をお伝えしよう。社長は不安ながらもBを降格処分にした。当然であるが、Bとしては不満であった。しかし、自分の行為の責任もあるので、いたしかたなく従っていた。Bは自分のセクハラが家族にばれるのを恐れていたのかもしれない。それでもBはやはり自分のプライドが許さなかったのだろう。数カ月後に退職していった。退職までの間に取引先の引き継ぎなどをしていたおかげもあり、退職しても特段売り上げに影響することはなかった。

では、セクハラ被害の申し出が女性からなされたとき、社長としてはどのように対応していくべきかについてもう少し検討していこう。

■セクハラの実態調査では、女性に最大限の配慮を

大事なことは、女性からの被害の申し出があれば、会社として真摯に受け止めて協力する姿勢を示すことだ。根拠がないとして、調査自体をしないようであれば、会社が女性からの申し出を放置したとして問題となってしまう。慰謝料における増額事由にもなるだろう。なによりも「社長は社員を守ってくれない」という印象を女性社員に与えることになる。

社内で調査するときには、女性のプライバシーに配慮しなければならない。安易に調査をすると、女性のプライバシーを侵害して二重の苦しみを与えることにもなりかねない。セクハラについて聞き取りしていたら「あの人は部長とできていたらしい」といった根拠のない噂が広まることもある。根拠のないものであればあるほど、具体性と迫真性を帯びてさらに広がるものだ。

こういうことが起きないためにも、調査の仕方については留意する必要がある。とくに「セクハラの被害があった」ということを調査のため誰にまで話していいのかについては、事前に女性の同意を得ておくべきだ。いきなり社内全員への聞き取りなどをすれば、女性は会社にいられなくなるかもしれない。

■セクハラの慰謝料はいくらかかる?

では、セクハラがあった場合、慰謝料としてどのくらいの金額を支払うことがあるのだろうか。前提として忘れてはいけないのは、「女性の苦しみは金銭で評価できるものではない」ということだ。「いくら支払えば解決するのか」というのは社長の姿勢として根本的に間違っている。金銭的解決というのは、他に手段がないための方法でしかないことを肝に銘じておかなければならない。

セクハラの慰謝料は、(1)行為の内容、(2)期間、及び(3)被害の程度を基礎にして決めていくことになる。行為の内容としては、身体的接触の有無によって大きく異なる。被害の程度については、うつ病・PTSD(心的外傷後ストレス障害)をともなうものか、退職を余儀なくされるものかなどによって異なってくる。

職場で卑猥な発言をしていたなど、身体的接触をともなわない場合には20万円から30万円くらい、身体的接触をともない悪質性の高いと言えるものには100万円から200万円くらいをひとつの基準として持っている。これは過去の判例を参考にしたものだ。これを基礎にしつつ、個別事情を加味して調整していくことになる。

■セクハラでも示談書を作成すべき

ちなみに約8年間にわたりセクハラの被害に遭ったケースで慰謝料として200万円が認定された判例がある。また、酒席で頻繁に肩に手をかけた事案では5万円の慰謝料が認定された判例もある。最近では労働事件における慰謝料をまとめた本も出ているので参考にしていただきたい。

こういった慰謝料を支払う際には、セクハラの場合でも示談書を作成することを勧める。これは事後的に「賠償金をもらっていない」と言われないためにもきちんとしておくべきものだ。「被害者に悪くないか。言いにくいのだが」と口にする社長もいるが、ただ慰謝料を支払うだけというのはやめておくべきだ。

■「これでいったん終了した」とカタチで残す

事件とは人間同士のトラブルが根底にあって、具体的なカタチや質感をともなうものではない。だからこそ「これでいったん終了した」ということをカタチで残しておくことは重要なことだ。カタチがなければ事件として動いているのか終わっているのかわからなくなるからだ。

被害者からすれば、「賠償金をもらっても事件は終わっていない」という気持ちになるかもしれない。それでもカタチだけでもなにか「終わった」というものがあれば、一歩踏み出していく支えになるかもしれない。その意味でも、きちんと示談書なりを作成することは必要なことだと個人的には考えている。

女性の働きやすい職場は、社長が率先して動かなければ実現しない。

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『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』(プレジデント社)

「解雇」「うつ病」「労災」「採用」「パワハラ」「セクハラ」……。今社長を悩ますさまざまな職場のトラブルについて、これまで数多くの労働事件を手がけてきた敏腕弁護士が、訴訟になる前に話し合いでトラブルを解決するための具体的アドバイスを提供する。

 

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島田直行(しまだ・なおゆき)
島田法律事務所代表弁護士
山口県下関市生まれ、京都大学法学部卒。山口県弁護士会所属。「中小企業の社長を360度サポートする」をテーマに、社長にフォーカスした“社長法務”を提唱する異色の弁護士。特に労働問題は、法律論をかかげるだけではなく、相手の心情にも配慮した解決策を提示することで、数々の難局を打破してきた。これまで経営者側として対応してきた労働事件は、残業代請求から団体交渉まで、200件を超える。

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(島田法律事務所代表弁護士 島田 直行 写真=iStock.com)

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