1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

自民党の「改憲案」はどうしてダメなのか

プレジデントオンライン / 2018年11月5日 9時15分

橋下徹氏(右)、木村草太氏(撮影=藤本薫)

安倍晋三首相が憲法改正の議論を本格化させようとしている。しかし、自民党の改憲案を読むと、基本的人権がおろそかにされているなど問題点が多い。なぜダメな内容になってしまうのか。橋下徹氏と木村草太氏が語り合った――。

※本稿は、橋下徹・木村草太『憲法問答』(徳間書店)を再編集したものです。

■政治家は憲法を読んでいない?

【橋下】せっかくこうして木村さんと憲法について対談できるので、いろはの“い”を教えるものよりも、政治をやっている人間が見て参考になるようなレベルを目指していきたいですね。

というのも、憲法の話は国会議員でさえもよくわかっていないんですよ。僕が代表をやっていたとき、維新の会の国会議員と話をして驚いたことがありました。議員なのに憲法の教科書で薄いものすら読んでいない。

一番驚いたのは自分の思い描く国家像や、国の理想像を書くものが憲法だと思っていた議員が多かったこと。だから憲法草案に「家族を大切に」「皇室を大切に」みたいな話を入れ込もうとしていたんですが、それは違う。憲法は宗教本でも思想本でもない! 憲法というものはなんなのかを理解していない人たちが国会議員に多いんだと衝撃を受けました。

でも僕自身がそういう政治家を誕生させたんだから、衝撃を受けたってしょうがないんだけどね……。そこは反省しながら、でも憲法の基本を知らない人たちが今、国会議員をやっていて憲法を論じている。びっくりします。

【木村】維新の会では、リクルートのプロセスで憲法の知識を考慮していなかったんですか?

■悪意はなく単に誤解や勉強不足が原因

【橋下】まったく考慮していなかったですね。正直、時間的余裕がなく、試験をやるほどのマンパワーもありませんので、そこまでの吟味はできないです。

でも今思うとプロの法律家レベルの知識でなくても、憲法について基本知識を持つのは政治家として最低限必要だと思います。権力者に対して、権力を適正に行使させる源が憲法。ところがその権力者自身がそもそも憲法というものを知らなければ、権力者が憲法に則(のっと)って権力を行使することなどできませんからね。

【木村】議員は立法府で仕事する人たちなんですから、立法の前提となる知識は知っておいてほしいですね。

【橋下】憲法と法律の違いは憲法を勉強して初めてわかります。「憲法は国の一番重要なルール、理想像だ」というレベルじゃ困る。理想の国家像を入れ込むものだと思っている人は、維新の会に限らずいるんじゃないかな。自民党の改正案をみると「家族は、互いに助け合わなければならない」などと書いてありますし。

【木村】悪意があるのではなく、単に誤解や勉強不足が原因になっていると。

【橋下】そうです。憲法に入れ込むもの、入れ込んじゃいけないもの。そういうところから始めたほうがいいのかもしれません。

【木村】面白い論点ですね。では、最初は「何を憲法に書くべきじゃないのか?」をテーマに話しましょうか。

■憲法は国に対する義務規定

【木村】その前にまず、憲法の基本について簡単に説明できればと思います。

『憲法問答』(橋下徹、木村草太著・徳間書店刊)

「憲法」を一言で説明すると「国家権力を縛るもの」です。国民が安定した生活を送るために、国家権力はなくてはならないものです。しかしその一方で、国家権力はあまりに強大なため、ほかの国と戦争を起こしたり、国民を弾圧したりと濫用(らんよう)される可能性があります。しかも、濫用された場合の害悪は計り知れません。

そこで、主権者である国民は、過去の国家の失敗の経験を踏まえて、そうした失敗を繰り返さないように、国家に権力を与える条件を憲法に書き込むのです。国民を弾圧しないように「基本的人権の尊重」を定めたり、権力が集中しすぎないように「三権分立」を説いたりします。憲法は、権力のあり方や、その限定を定める法典なのです。

【橋下】そうそう。憲法は極めて実務的で、国家権力をどう動かすのかを定めるものです。

■ポエムは憲法にいれるべきではない

【木村】家族を大切にするかどうかは、最終的には個人が自ら考える道徳の領域の話であって、憲法に書くべきことではありません。ときどき、「家族を大事にするのは当たり前のことなのだから、憲法に書いたって、特に悪いことは起きないだろう」という人もいます。

しかし、こういった文言を憲法にうかつに入れてしまうと、せっかく憲法が定めた権利保障を解除するために使われることになります。例えば、自分ではどうにも生活できなくなった人が生活保護を申請しようとしたときに、「憲法に書いてあるので、家族の扶養でどうにかしてください」「憲法に書いてあるので、家族で助け合えない人は援助しません」といった対応を許す解釈を導く可能性があります。

【橋下】日本のこころの改正案もどうかと思いますね。前文に「四囲を海に囲まれ、四季が織りなす美しい風土の中で、時に自然の厳しさと向き合いながら、自然との共生を重んじ」と書いていますが、そういうポエムは憲法に入れるべきではありません。

【木村】国家の理想像としてポエミーなものはよくない。その感覚はよくわかります。でもあえて聞きますが、一方で憲法には「人権を尊重しよう」「侵略戦争はいけない」ということも書かれていますよね。人権尊重も平和主義も理想の国家像のひとつではあると思うのです。

「家族を大切にする」とする国家像と、「人権を尊重し、平和を大事にしましょう」とする国家像とは、何が違うのか。そしてなぜ前者を憲法に書いてはいけないのでしょうか。橋下さんは「家族を大切に」と書こうとしている人に、どのように説明しますか。

■何をベースラインとして考えるのか

【橋下】確かに、人権尊重は守らなければいけないベースラインだと感じますが、家族尊重との区分けは非常に曖昧ですよね。「『家族を大切にしよう』もベースラインだ」と言い張ることもできます。

あるいは、今の日本国憲法は個人の多様な価値観を認める「価値相対主義」なので家族尊重という価値観を押し付けるべきではない、と言っても、人権尊重だってひとつの価値観でしかないとも言えます。しかし、やはり憲法は個人の価値観をひとつに決めるべきものではないですよね。木村さんはどうやって説明しますか。

【木村】今の憲法は、「個人の価値観は多様であり、なおかつ、そうした人々が共存できる国家でなければならない」とする、近代国家の価値観をベースラインにしています。「家族を大切に」という価値観は、あくまで個人のレベルで決定すべき価値観であり、「多様な価値観の尊重」という近代国家の価値観を壊しかねないという説明になると思います。

ですから「家族を大切に」と憲法に入れたい人を説得するためには、近代国家のベースラインとなる価値観を共有するところから始めないと、議論を止められない気がします。

■自民党案「家族を大切にしましょう」の是非

【橋下】うーん。その言い方をしても「近代国家の価値観の捉え方の違いですね」となってしまいませんか? 「人権を大切に」は近代国家の価値観としてOKで、「家族を大切に」は近代国家の価値観としてダメというコンセンサスはとれないんじゃないかな。議論が価値観の違いになってしまったら、もう収拾がつかないと思います。

【木村】では橋下さんなら、どう説明なさいますか。

【橋下】「大きなお世話論」はどうでしょう? 「家族を大切にしましょう」は本人がそう思えば、大切にできますよね。だから憲法に書くことは大きなお世話。でも「人権を大切にしましょう」は、本人がそう思っても、周囲が、特に公権力が人権を大切にしなければ本人の人権は守れなくなってしまいます。

【木村】個人で考えればいい私的な領域の話と、公権力に関わる話の違いで説明できますね。

【橋下】そうかもしれません。じゃあ「国旗国歌を大切にしましょう」はどうでしょうね。

■憲法とは国家権力を縛るもの

【木村】「大切」の意味合いによるでしょうね。「日の丸」が国旗で「君が代」は国歌である、と法律で定めるのは、単に国旗と国歌を決めているだけのことです。

しかし「大切にしましょう」と書いてしまうと話は違います。国旗や国歌を大切に思うか、あるいは、国旗や国歌について何を発言するかは、内心の自由や表現の自由の対象です。国歌を歌わない人に刑罰を科したとすれば、現在の憲法の下では違憲となるでしょう。

これに対して、もしも憲法に「国旗や国歌を大切にしましょう」と書いてしまうと、国家を歌わない人に刑罰を科すことを正当化する根拠に使われる可能性が出てきます。

【橋下】確かに「大切」のところが重要ですね。「人権を保障しましょう」「人権を侵してはいけません」は、権力者に向けられた命令で、個人の話ではないけれど、「人権を大切にしましょう」と国民個人に向けて言い出すと憲法本来の姿ではなくなってしまう。

【木村】はい。やはり憲法は「国家権力を縛るもの」です。国家に対して命令しているのか、国民に対して命令しているのかで判断するといいのかもしれません。自民党案では、「家族は、互いに助け合わなければならない」と書いていますが、「家族は個人にとって大切なものだから、国家は、国民の家族を形成する権利をきちんと保障しなければいけません」と書いた場合はどうでしょうか? 単なる家族大切条項とは違う意味を持つのでは。

■何を憲法に書いてはいけないのか

【橋下】その書き方だったら、先ほど木村さんが懸念していたように、「生活保護申請者も家族の扶養でどうにかしてください」という解釈につながりませんか?

【木村】もちろん、そうした解釈をする人も出てくるだろうとは思います。ただ、専門家から見たらありえないことを「こういう解釈も可能だ」と強弁する人がいるのは、ある意味仕方がない。そういう人は、無視するしかないはずです。

むしろ、専門家として、事前に対策をとって、避けなければいけないのは、「国民は家族を大切にする義務を負う」と理解される書き方でしょう。

【橋下】なるほど。国家の義務として書かれるならまだしも、国民が負うべき義務として書かれることは絶対に避けなければならないということですね。

【木村】そうですね。何を憲法に書いてはいけないのか、を考えていくことで、憲法に何を書くべきかが見えてきますね。

----------

橋下徹(はしもと・とおる)
前大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大阪弁護士会に弁護士登録。98年「橋下綜合法律事務所」を設立。TV番組などに出演して有名に。2008年大阪府知事に就任し、3年9カ月務める。11年12月、大阪市長。近著に『政権奪取論 強い野党の作り方』(朝日新書)。
木村草太(きむら・そうた)
憲法学者
1980年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。同助手を経て、首都大学東京都市教養学部法学系教授。専攻は憲法学。『報道ステーション』でコメンテーターを務めるなどテレビ出演多数。著書に『自衛隊と憲法 これからの改憲論議のために』(晶文社)、『憲法の急所』(羽鳥書店)など。

----------

(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹、憲法学者 木村 草太 構成=山本菜々子)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください