"イオンを創った女"が店で繰り返した質問
プレジデントオンライン / 2018年11月5日 9時15分
■「なんかわからんけど威厳のある人」
「なんか問題あらへんか?」
紺の伊勢木綿の洋装で、髪を後ろに束ねた威厳のある「おばさん」が、店員にそう声をかける。声をかけられた店員は怪訝な顔をして「誰や、このおばさんは」ということになる。彼女を知っている店員は直立不動で顔も引きつり、緊張と戸惑いをあらわにする。イオンの実質的な創業者、小嶋千鶴子の店舗巡回の様子である。
小嶋千鶴子の印象は知っている人にとっては「厳しいひと」「怖いひと」であり、知らない人には「なんかわからんけど威厳のある人」というように映る。
小嶋の店舗視察の目的は単なる視察にとどまらない。小嶋にとって店舗とは、お客様への経営努力のすべてが集約されている場所である。会社全体の問題を発見するための「場」なのである。
そのため、担当者が「問題ありません」などと調子の良いことを言おうものなら「カミナリ」が落ちる。問題意識が薄い、知識がない、当事者意識がないと、その担当の個人評価はもちろんのこと、店全体のマネジメント、店長の部下教育の評価も下がる。
さらに小嶋は、売り場の実態(欠品がある、品ぞろえが悪い)、従業員のモラールや不満の程度まで、広範囲にわたりどこかに問題がないかと探る。その意識は広く、深い。会社全体の方針や施策に問題ないか、経営者として商人としてアタマがフル回転する。
■欠品は社員教育に問題あり
たとえば、売り場に欠品があったとすると、その原因がどこにあるか突き止めようとする。担当者の能力の問題か、商品の発注システムの問題か、発注の仕方の教育の問題か。
店舗視察から戻ると能力開発部長を呼び、「店の商品発注についての教育の実態」を問いただし、果ては、カリキュラムを持ってこさせて、欠けている部分があれば付加検討の指示をするのである。商品の欠品にひとつでも、そこまでの責任が能力開発部長にあることを認識させる。
小嶋は方針や指示、教育など決して「やりぱっなし」にせず、必ず検証する。そのしつこさたるや尋常ではない。
管理職の登用試験においてこんなことがあった。各資格試験の上位者10名ほどを本社に呼び、面接試験を実施する。面接官は小嶋と人事本部の部長と私である。
面接が終了すると今年の出来具合を評価するのだが、「東海君、今年の出来は良くないな、それとも優秀な子をすくい上げないような筆記試験を君が作ったんか?」といって、今度は試験問題を取り寄せて評価が始まる。試験を受けているのは登用試験の被面接者ではなく「私」になるのである。
ちなみに、各資格の登用試験問題のすべては私が数年担当した。
■「コスト削減案」を烈火のごとく叱責する
小嶋は店舗巡回時には売り場はもちろんのこと、一番先に後方部分「社員食堂」「更衣室」「ロッカー」を見て回る。社員食堂では、メニューを見て偏ったものではないかを確認し、従業員には「おいしいですか?」と尋ねる。整理整頓の程度、掲示板での古い掲示物がありはしないか。更衣室、ロッカーに汚れた衣類や関係のない私物は置かれていないか、丁寧にみて回る。店長には細かくよく行き届いた配慮やマネジメントを要求する。
店長にとってはひやひやモノである。
こんなことがあった。全国の人事担当者会議の席上に店舗開発部長から提案説明があった時のことである。
開発部長が「現在店舗のコスト削減の一環として、後方部門の面積を削減したいと考えています。その中で現在社員食堂にかかるコストのウエイトが高く、面積も広く、厨房設備が高いので、この際に社員食堂をなくそうという案が開発部で検討されています。人事のみなさんのご意見をいただきたいのでこの場をお借りして説明に参りました」という。
やや得意げに説明した開発部長に対して、小嶋は烈火のごとく怒り出した。
「何をあほなことを開発は考えとるんや。社員食堂や休憩室を何と考えとる。コストの問題ではなく、一日中立ち仕事をしている従業員にとって、温かい食事と足を伸ばせる休憩室がどれほど大切か分かっておらん。余計なことを考えないで他の要素を研究せなあかんやろ。たとえば、売り場の良く目につく場所にサービスカウンターを作り、お客様のお尋ね事やご苦情など一括して受けるなどして、レジでのチェッカーの負担をなくすことなどを考えたらどうや。何をアメリカに視察に行っとるや。あんたとこの本部長に小嶋がこういうとったと言っとき」で終わった。
「問題あらへんか?」の小嶋の問いに対する答えは、隠すことなく、おもねることもなく、自己宣伝をすることなく、ただ率直に問題と認識していることを言うことに尽きる。いわば正しい情報を忌憚なく提供することであり、小嶋もそれを望んでいたのである。
それに対する答えは、提供者本人が望めば、小嶋が教えてくれるし気付かせてくれる。
■縦糸は「純粋理論」、横糸は「激しい情」
小嶋にはもって生まれた知性と勉強熱心から得た豊富な知識がある。
豊富な知識はいわゆる俗物的なものではなく、純粋理論・理想に近い知識を好み、それを有している。それは単なる物知りではなく「実践」「経験」「検証」「洞察」から得た知識である。これが縦糸の知性である。
先ほどの「問題」のとらえ方も理想と現実とのギャップ、目標と現状とのギャップとして捉え、帰納法的なやり方よりも、演繹的思考でもって経営課題の解決を図ろうとする。
もう一つはやや個人固有に属する「問題」である。経営的課題は前者であり後者は個人対応のことである。双方に対して小嶋の「問題あらへんか」である。
小嶋の横糸は「激しい情」である。とにかく気性が激しく公(会社)の問題に対しては誰であろうと容赦しない。したがって、小嶋を深く理解しない人にとっては、権力者・情け無用・怖い人となる。
■社員に見せる「慈母」の面
小嶋は激しい気性の反面、社員の個人的な問題については、女性らしい母親的できめ細かな対応をとる。親の看護や病気、本人の病気やその妻や子の病気など、自己申告書に書かれていた場合にはすぐさま適切な病院や医師を紹介し、場合によっては人事異動等に反映させる。自己申告は年に2回実施し、小嶋と私が手分けして全社員分に目を通す。
「あのな、B君は子供がなかなかできんそうやな。今度、福井か北陸へ異動できへんか? 温泉もあの辺は多いし」と言う。はじめは冗談だと思ったが小嶋はいたって真面目である。もちろん異動となった。
数年後、A君に子供ができたと聞いた。親のことや妻や子のことは、社員本人ではどうすることもできない事柄が多い。社員が全力で会社の仕事に注力できるには、家庭に憂いがあってはできない。この時ばかりは「慈母」である。
■23歳で岡田屋の当主になってすぐに店の経営を掌握
持ち前の気性の強さは、子供のころかららしい。
小嶋が美術館を開館してから間のないころ、美術館の一部土地の所有者であったC氏が亡くなり、小嶋の代理で葬儀に行くことになった。その際、小嶋が「Cさんの家には以前、観音さんがあってな。子供のころ番頭さんに連れられて、癇封じに行ったことがあるんや」というので、私はすぐさま「その観音さんは効き目がなかったんですね」と突っ込んだことがある。
子供のころから負けずきらいで、よく勉強も運動もできたと聞く。23歳で岡田屋の当主になってからすぐに店の経営を掌握したのも理解できる。
知と情がしっかりと織り交ぜられ、情に流されない理性、実戦で検証した知、たった一人でも戦う勇気、いずれも男より勝る。
この激しい小嶋の気性、もって生まれた知性、深く広い知識、そして人間愛をもってして、人づくりのジャスコ、ジャスコに小嶋ありと同業他社に言わしめた。ジャスコの小嶋千鶴子といえば、小売業の指導者として知られる渥美俊一先生でさえ一目おいたのである。
他の人から小嶋さんに対して「岡田卓也さんのお姉さんですね」と言われると、笑いながら「私の弟が岡田卓也です」と応えることもあった。
小嶋千鶴子あっての岡田卓也、小嶋千鶴子あってのイオンなのである。
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東和コンサルティング 代表
三重県生まれ。岡田屋(現イオン株式会社)にて人事教育を中心に総務・営業・店舗開発・新規事業・経営監査などを経て、創業者小嶋千鶴子氏の私設美術館の設立にかかわる。美術館の運営責任者として数々の企画展をプロデュース、後に公益財団法人岡田文化財団の事務局長を務める。その後独立して現在、株式会社東和コンサルティングの代表取締役、公益法人・一般企業のマネジメントと人と組織を中心にコンサル活動をしている。
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(東和コンサルティング代表 東海 友和)
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