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日本人がユニクロの1割値上げに怒るワケ

プレジデントオンライン / 2018年11月23日 11時15分

永井孝尚『なんでその価格で売れちゃうの? 行動経済学でわかる「値づけの科学」』(PHP新書)

「ユニクロは安い」と思っていないだろうか。3年前、ユニクロは日本国内で10%の値上げを行ったが大失敗し、価格を元に戻した。一方、海外では「ユニクロは安い」というイメージは薄い。この違いはどこにあるのか。マーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏は「日本では価格破壊を起こしたリーダーというイメージが強すぎる。これは行動経済学からも解説できる」と指摘する――。

※本稿は、『なんでその価格で売れちゃうの? 行動経済学でわかる「値づけの科学」』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■値上げで離れたユニクロのお客さん

行動経済学の中でも、価格戦略を考える上で重要なのが「アンカリング」の考え方だ。(詳しくは「1円の水を100円で売る方法」「"指輪は給料3カ月分"を信じる新婦の哀れ」を参照)。このアンカリングの仕組みを理解しないと、いい商品であってもなかなか売れなくなってしまうのである。

あの商売上手のユニクロも一時期、連載第2回で紹介したアンカリングの罠に陥ってしまった。もともとユニクロは、国内アパレル業界で価格破壊を起こしたリーダーだ。しかし最近のユニクロは、海外有名デザイナーとコラボしたり、新素材ウェアを発売したりして、高付加価値路線も模索している。

そこでユニクロは、2015年に日本国内で10%値上げした。価格勝負から、価値勝負への大転換を図ったのである。しかし客数14.6%減、売上11.9%減という大失敗に終わってしまった。翌年、ユニクロは価格を元に戻したが、客数は元に戻らなかった。

■「安売りイメージ」を克服できない

ユニクロは、日本国内では「価格破壊を起こしたリーダー」というイメージがあまりにも強いので、多くの人は「ユニクロは安いウェア」と強くアンカリングされている。だからなかなか価格を上げることができない。

価格破壊でビジネスが成功した代償は、「安売りイメージ」が定着することだ。アパレル業界の覇者ユニクロといえども、国内市場の「安物イメージ」は克服できない。

そこでいまユニクロは、世界全体で事業展開を行う方針に切り換え、世界の様々な地域の顧客の期待に応えようとしている。既に海外では日本発の有力ブランドだ。海外市場では、「ユニクロ=安物」というイメージはない。2018年、ユニクロの海外売上は国内売上を超えた。

■安売りで「安いのが当たり前」に

このように安売りすると、お客さんは安い価格でのみ買うようになる。ある大学の先生が、同じ牛乳パックの価格をスーパーA店とB店で変えて2年間販売した結果を分析してみた。

A店は2日に一度の頻度で、198円以下で特売した。結果、売上の9割が特売価格の198円以下だった。B店は、2年間のうち8割の日を228円の通常価格で販売した。結果、売上の8割が通常価格だった。

お客さんは、「A店の牛乳パックは198円」、「B店の牛乳パックは228円」と認識するようになったのである。「安売り」をアピールすると、お客さんは安い価格が当たり前になり、安い価格でしか売れなくなるということだ。ではなぜ安売りすると、安い価格でしか売れなくなるのか。

「安いのが当たり前」になる(写真=『なんでその価格で売れちゃうの? 行動経済学でわかる「値づけの科学」』)

■「お得感」より「損失感」の方が強い

たとえば、モリさんとハラさんが同じ月給としよう。モリさんは、今年も来年も、給料が変わらない。ハラさんは、今年は月給が1万円増えて、来年は1万円下がったとする。来年の時点で二人は同じ給料だが、損失感を感じるのはハラさんだ。

人は月給がアップすると嬉しくなり、月給が下がると悲しくなる。これは当たり前すぎるほど当たり前なことだ。私もボーナスが上がった時は少し嬉しかった。しかし下がった時は、それ以上にものすごくショックだった。ハラさんも同じで、1万円増える喜びよりも、1万円減る損失感の方がショックは大きいのである。

このように人は同じ金額でも、得するという「お得感」よりも、損するという「損失感」の方を、より強く感じてしまう。これが行動経済学の「プロスペクト理論」だ。アンカリング効果と同じく、カーネマンが提唱したものだ。

価格の場合、下図のように人は「当たり前」の価格よりも100円安いと「ちょっと得をした」と感じる。しかし「当たり前」の価格よりも100円高いと、「すごく損をした」と感じてしまう。そして人はこの損失を回避しようと行動する。

人は「損失」をより強く感じる(写真=『なんでその価格で売れちゃうの? 行動経済学でわかる「値づけの科学」』)

だから値段を安売り前に戻すと、売る側から見れば「元の価格に戻しただけ」なのに、お客さんから見ると「当たり前」と思っていた価格よりもずっと高いお金を払う感覚になってしまう。お客さんは損したくないので、買わなくなる。

このような状況を避ける方法は、とても簡単だ。価格を元に戻すくらいならば、そもそも最初から安売りをしなければよいのである。

■価格戦略はビジネス戦略

価格戦略は、ビジネス戦略そのものだ。企業の儲けである利益は、販売量・価格・コストの3つで決まる。式にするとこうなる。

利益=(販売量 × 価格)- コスト

このうち多くの企業では、販売量を増やしたり、コストを下げたりすることに多大な努力をしているが、価格についてちゃんと考えている人は驚くほど少ない。しかし実際には、ビジネスで儲かるかどうかは、価格戦略次第なのである。

日本の多くのビジネスパーソンは、「よいものを、安く売ろう」と考えてきた。だから「安売り発想」から抜け出せていない。ライバルとの販売合戦になると、「少しでもライバルより値引きして勝とう」と考える。これが大間違いなのだ。

■価格戦略を間違えると努力も実らない

価格戦略の大切さを理解する必要がある。安く売るためには十分に考え抜いた戦略が求められるし、高い価値がある商品は価値に見合った価格で売ることが求められる。そして価格戦略を考えるには、お客さんの心の中にまで入って理解することが必要になる。

そこで私たちに用意された強力な武器が、行動経済学だ。「行動経済学」というと、何やらとても難しそうに思える。しかし行動経済学は「アンカリング効果」や「プロスペクト理論」のように私たちの日々の行動をわかりやすく読み解いた考え方だ。実はとても身近でわかりやすいものなのである。

『なんでその価格で売れちゃうの? 行動経済学でわかる「値づけの科学」』(PHP新書)では、マーケティング理論に加え最新の行動経済学も紹介しながら、価格戦略の方法を紹介している。

どんなに苦労して一生懸命に働いていても、価格戦略を間違えると、その努力も実らない。価格戦略がわかれば、楽しみながら収益もあがるようになる。価格戦略を学び、価格にお客さんがどのように反応するのかをぜひ考えて欲しい。

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永井孝尚(ながい・たかひさ)
マーケティング戦略コンサルタント
1984年慶應義塾大学工学部(現・理工学部)卒業、日本IBM入社。マーケティング戦略のプロとして事業戦略策定と実施を担当。さらに人材育成責任者として人材育成戦略策定と実施を担当。2013年に日本IBMを退社。ウォンツアンドバリュー株式会社を設立して代表に就任。執筆の傍ら、幅広い企業や団体を対象に新規事業開発支援を行う一方、講演や研修を通じてマーケティング戦略の面白さを伝え続けている。主な著書にシリーズ60万部の『100円のコーラを1000円で売る方法』(KADOKAWA)、10万部の『これ、いったいどうやったら売れるんですか?』(SB新書)などがある。永井孝尚オフィシャルサイトhttps://takahisanagai.com

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(マーケティング戦略コンサルタント 永井 孝尚)

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