睡眠で脳内の"ゴミ"を掃除しないと認知症
プレジデントオンライン / 2019年1月10日 9時15分
■脳内の「ゴミ」は、睡眠で一掃できる!
「近年の研究で、睡眠と認知症の間には、密接な関係があることがわかってきました」
兵庫県尼崎市にある長尾クリニックの院長で、『認知症は歩くだけで良くなる』など、数多くのベストセラー家庭医学書を執筆する長尾和宏氏はそう語る。
「認知症の主要な原因であるアルツハイマー病は、アミロイドβというタンパク質の『ゴミ』が脳内の神経細胞に蓄積することで発症します。ワシントン大学の研究では、眠りを断たれたマウスの脳内にアミロイドβが蓄積し、睡眠させると少なくなることが報告されました。つまり家庭のゴミが毎朝ゴミ収集車で回収されるように、脳内のゴミは睡眠時に分解され、一定以上の量に溜まらないようになっているのです」
ところが睡眠不足になると、アミロイドβの分解が追いつかず、脳内の「ゴミ」は蓄積する一方となってしまう。それが認知症を引き起こす原因となるのだ。さらに近年解明されてきた「脳内の記憶メカニズム」の観点からも、睡眠不足が認知症を招くことがわかってきたという。
「人間の記憶は、側頭葉の内部にある『海馬』という器官から大脳皮質に転送されることで定着します。海馬の神経細胞は1億個であるのに対し、大脳皮質の神経細胞は100億個。いわばパソコンのメモリーと外部の大容量ハードディスクのような関係です。海馬の容量は少ないため、新しい出来事を記憶するためには、どんどん大容量の大脳皮質にデータを転送しなければなりません。その海馬から記憶の転送と固定が行われるのが、睡眠中なのです。そのため睡眠に問題があると、新しい記憶の保持ができなくなってしまいます」
認知症の高齢者が昔のことはよく覚えているのに、最近のことが記憶できないのは、この転送・固定のシステムに支障をきたしていることが理由の1つだという。さらに不眠症などの睡眠障害を持つ人は、メタボリックシンドロームや糖尿病などの生活習慣病にもかかりやすくなるが、この2つの病気も認知症を悪化させることが知られている。
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「睡眠不足だと血糖値を下げるホルモンのインスリンの分泌に異常をきたし、糖尿病の発症リスクが高まってしまいます。糖尿病になるとアミロイドβが分解されにくくなり、脳内にゴミが溜まりやすくなります。またメタボ体形の人は気道が狭くなるため大きないびきをかき、睡眠中の動脈血中酸素濃度が極端に低下します。つまり睡眠不足が生活習慣病を引き起こし、そのせいで認知症が悪化するという悪循環を招いてしまうのです」
将来の認知症を防ぐためには、何より「質のいい睡眠をとることが大切」と長尾氏。しかし仕事や家事に追われ、忙しい日々を送る現代の日本人が、良質な睡眠を日常的にとるのはなかなか厳しいのが実情だ。手っ取り早く「眠り」を得るために、睡眠薬やアルコールに頼る人は少なくないが、「それは愚の骨頂です」と断言する。
「眠れないからといって心療内科で睡眠薬を処方してもらったり、寝酒を飲むのは長期的に見るとマイナス面しかありません。日本で従来よく使われているベンゾジアゼピン系の睡眠薬には依存性があり、長期間服用すると認知症になる確率が3.5倍高まることがイギリスの研究で判明しています。また同タイプの薬は筋肉を弛緩させるため、とくに高齢者は転倒しやすくなり、骨折などの怪我もしやすくなります」
アルコールを服用すると入眠は容易になるが、睡眠の「量」と「質」は確実に低下する。その結果、日中睡魔に襲われるようになり、覚醒レベルが下がって、さらに夜眠れなくなる。入眠のための習慣的な寝酒がアルコール依存を招いたり、肝臓・脳などの臓器にダメージを与えることも珍しくない。「アルコールと睡眠薬を併用するようになったら最悪です」と長尾氏は警鐘を鳴らす。
■歩くことで、記憶力が向上する
それでは中高年が「いい睡眠」習慣を身につけ、認知症を予防するにはどうすればいいのか。長尾氏は1つ目に「朝一番に少しでも太陽をあびること」を推奨する。
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「朝の太陽光の中に含まれる紫外線は体内時計をリセットし、『やる気ホルモン』と言われるセロトニンの放出を促します。セロトニンは覚醒レベルを上げるとともに、夜に睡眠を誘発する脳内物質のメラトニンの産生を促します」
もう1つ認知症予防のために勧めるのが「歩くこと」だ。
「脳を健康に保つには、十分な血流が必要です。認知症になると脳の血流が減りますが、歩くことで脳内の血流を増やすことができます。1日10分間。朝、昼、晩の3回、歩数で言えば4000~8000歩ほど。血圧が上がらないスピードの普通のウオーキングで十分です。ジムで筋トレをしたり、急にジョギングを始めたりする必要はありません。激しい運動をすると体に有害な活性酸素の量が増え、老化が早まります」
また歩くことで骨に衝撃を与えることも重要だという。
「近年、骨は体を支えるだけでなく重要な『臓器』の1つで、全身に向けてさまざまなメッセージ物質を出していることがわかってきました。健康な骨からはオステオカルシンという大切なホルモンが出て、血流に乗って脳の海馬まで届き『記憶力をアップせよ』というメッセージを伝えていることが判明したのです。同じく骨から出るオステオポンチンという物質は、免疫を強化する役割も担っています」
人生80年とすれば、人は一生のうち25年間も眠っていることになる。その睡眠は単なる休養時間ではなくさまざまな病気と関連し、健康な生活のカギを握っていることが医学的にも明確となり、「睡眠科学の時代がやってきた」と長尾氏は言う。
「太古の昔の人類は日の出とともに起き、太陽が沈めば寝る生活が普通で、十分な睡眠をとっていました。しかし文明の発達とともに睡眠時間は減少し、現代人の多くは基本的に睡眠が足りていません。特に日本は、世界の中でも短眠国家であることがデータでわかっています。現在日本は医療費の高騰が問題になっていますが、その背景には睡眠の問題があると私は考えています。昼間の覚醒レベルを高めるためにも、まず良質な睡眠を確保することが何より大切です。そのことを、日本の多くの人に知ってもらいたいですね」
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長尾クリニック院長
医学博士。1958年、香川県生まれ。84年に東京医科大学を卒業、大阪大学第二内科に入局。95年から現職。『病気の9割は歩くだけで治る!』など著書多数。
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(ライター 大越 裕 写真=PIXTA、iStock.com)
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