絶対に笑えない「泥酔パイロット」の恐怖
プレジデントオンライン / 2018年11月10日 11時15分
■基準の10倍以上のアルコールが検出された
英ヒースロー空港で日本航空(JAL)の男性副操縦士(42)が乗務直前、大量の飲酒が発覚してロンドンの警察に逮捕された。
各紙の報道によると、現地の裁判所に対し、副操縦士は罪状を認めた。判決は11月29日に下されるというが、イギリスの法律では最長2年の懲役あるいは罰金、またはその両方が科される可能性がある。
乗客の命を預かるパイロットが酒臭い息を吐きながら旅客機を飛ばす。飲酒運航が大事故に結び付き、大勢の命が奪われたらどうする気だったのか。
逮捕された副操縦士は日本時間10月29日午前4時にヒースロー空港を飛び立って東京に向かう便に乗務することになっていた。
日航の発表によると、乗務20時間前まで6時間にわたって宿泊先のホテルのラウンジや自室で、赤とロゼのフルボトルワイン計2本と瓶ビール(330ミリリットル)3本、缶ビール(440ミリリットル)2本を1人で飲んだ。
ビールだけでも1.8リットルを超える。通常、男性の場合、ビール0.5リットル中に含まれるアルコールが分解されるのに4時間はかかる。朝まで酔いが残り、ロンドンの警察の呼気検査で基準の10倍以上ものアルコールが検出されるのは当然だ。
それにしてもよくそこまで飲んだものである。よほどお酒が好きなのか。それとも酒でも飲まなければ、やってられないような悩みでもあったのか。いずれにしても自らを律しなければならないパイロットの職務をどう考えているのだろうか。
■2人の機長は「酒の臭いには気付かなかった」と説明
副操縦士は同乗する2人の機長とともに空港内の事務所で日航独自の飲酒検査を受けたが、感知器は反応せず、アルコールは検出されなかった。
なぜ、アルコール反応が出なかったのか。日航は国内ではストローで息を吹き込む新型の検知器を使っているが、海外では息を吹きかける旧型を使用している。旧型の検知器に問題があったのか。
だが、基準の10倍を超えるアルコール濃度だ。副操縦士が何らかの方法で検査をすり抜けたのかもしれない。日航も不正を疑っている。
上司に当たる2人の機長は「酒の臭いには気付かなかった」と説明しているが、搭乗機まで送迎するバスの運転手が酒の臭いに気付いて連絡し、駆けつけた警察官に逮捕された。日航はロンドン警察の捜査に協力するとともに自社の検査でアルコール反応が出なかった理由を突き止める必要がある。
■ANAも「飲み過ぎ」で国内線5便が遅れるトラブル
全日本空輸(ANA)でも、グループ会社のANAウイングスで10月25日、機長が前夜にビールなどの飲み過ぎて体調を崩して乗務できず、国内線5便が遅れるトラブルが起きている。全日空では12時間以内にお酒を飲んだ乗員の搭乗を禁じているが、この機長は10時間前まで飲み続けていた。
10月3日には全日空のパリ支店長が、酔っ払って乗客にけがを負わせる事件を起こしている。
5月には日航の国際線の男性客室乗務員が勤務中、機内のトイレで酒を飲んでいたことが発覚した。
立て続く飲酒問題に監督官庁の国土交通省は、飲酒の取り締まりを強化するというが、航空業界は箍(たが)が大きく外れている。
こうしたトラブルや事件が続くと、大きな事故が発生しかねない。ちょっとした気の緩みが事故を誘発するからだ。航空会社(エアライン)の社員をはじめとする航空関係者は、気を引き締めて空の安全を守ってほしい。
33年前の520人が亡くなった日航ジャンボ機墜落事故のような悲惨な航空事故など、もう取材したくない。
※初出時、日本航空123便墜落事故の死者数が間違っていました。正しくは520人です。訂正します。(11月12日11時15分追記)
■「日本なら自動車の運転免許取り消しになるレベル」
11月6日付の読売新聞の社説は「乗客の命預かる自覚に欠ける」との見出しを立てて日航副操縦士の飲酒を取り上げている。発覚後にどの新聞社が社説に書くだろうかと様子を見ていたら、社説のテーマに取り上げたのは読売新聞1社だけだった。
「乗客がパイロットに寄せる信頼を裏切った。重大な失態である」
読売社説はこう書き出し、副操縦士の飲酒の量を「検出された値は、日本なら自動車の運転免許取り消しになるレベルだ」と指摘する。
実に分かりやすい指摘だ。小難しいと思われがちな社説はこうでなくてはいけない。難しい話ほど簡単に丁寧に書く。新聞記事の原則である。
■バスの運転手が指摘しなければ、そのまま乗務していた
前述したが、読売社説もその社説の中盤で「事前の自社検査で、酒気帯びが見過ごされたことも問題だ」と書く。
「副操縦士は、一緒に乗務予定の機長2人と、空港内の事務所で呼気検査を受けていた。感知器に息を吹きかける旧式の機器だった。日航は、副操縦士が『不正をした可能性がある』と見ている」
日航はロンドン警察の捜査が一段落した時点で、副操縦士に不正があったかどうかを確認すべきである。不正を具体的に明らかにすることによって今後、不正を未然に防ぐことができるからだ。こうした努力の積み重ねが、空の安全につながる。
「機長らは、副操縦士の酒の臭いや異変に気付かなかったという。事実だとすれば、緊張感の欠如が甚だしい。空港内バスの運転手が指摘しなければ、そのまま乗務していた可能性が高い」
2人の機長が本当に気付かなかったというなら読売社説が指摘するように「緊張感の欠如が甚だしい」だろう。
しかし、離れた運転席に座ったバスの運転手が気付く、基準を10倍以上も超えたアルコールの濃度である。機長らはお酒の臭いがしても「トラブルに巻き込まれたくない」と知らん顔をしていたのかもしれない。もしそうだとすれば、2人も同罪である。
■航空法に具体的なアルコール基準値は定められていない
さらに読売社説はこう指摘する。
「副操縦士は『少しだるいと感じていた』と釈明したという。航空法や日航の社内規定は、乗務に支障を及ぼす飲酒を禁じている」
「航空法には、呼気検査でのアルコールの具体的な基準値は定められておらず、検査も義務付けられていない。パイロットの高い職業倫理を信頼してのことだろう」
事実、航空法は「飲酒の影響下で運航してはならない」と規定はしているものの、関連規則を含めて具体的な基準値は定めていない。各航空会社の社内規定に任せている。それは飲酒操縦などだれが考えても許されない行為だからであり、さらには読売社説が指摘するように乗務員の職業倫理を信頼しているからだ。
■航空会社は自らに厳しくあれ
副操縦士の今回の飲酒行為は、信頼を大きく裏切るものだ。国土交通省が罰則も視野に入れて具体的なアルコールの数値基準などを定めるというのも無理はない。外国では呼気や血液中に占めるアルコール濃度の基準値を定めている。今後、航空法に基づいた基準が定められることになるだろう。
ただ法律を守るのは、パイロットら乗務員だ。航空各社がその高い職業倫理で自らを厳しく律していかなければならないことに変わりはない。
読売社説も「重大事故の芽を摘むために、国土交通省が基準の強化を検討するのはうなずける。航空各社には、乗員教育の徹底が求められる」と主張している。
■パイロットが乗客を道連れに自殺する事故は珍しくない
世界ではパイロットが乗客・乗員を道連れに機体を故意に墜落させて自殺する事故も起きている。
最近では2015年3月24日に起きたドイツの格安航空会社の旅客機(A320)の墜落事故だ。27歳の副操縦士が、乗客乗員計149人を乗せたまま機体をフランスアルプスの山肌に激突させた。自殺の疑いが濃厚の事故だった。
乗務中のパイロットの自殺はこれ以外にもある。
シンガポール航空の子会社シルクエアの旅客機(B737)が、1997年12月にスマトラ島に墜落して乗客乗員104人全員が死亡した事故も、インドネシア政府の調査の結果、機長が自殺を図った可能性が強い。
■「副操縦士は深刻なうつ症状だった」と発表
1999年10月、アメリカの東部海岸沖に墜落して乗員乗客217人全員が死亡したエジプト航空機(B767)の墜落では、米国家運輸安全委員会(NTSB)が「副操縦士が意図的に墜落させた」との最終報告書を公表している。ボイスレコーダーには「神にすべてを委ねる」と語る副操縦士の声が録音されていた。
2014年3月にマレーシア・クアラルンプール発北京行きのマレーシア航空機(B777)が南シナ海上で消息を絶った事故も、管制への連絡がないなど謎が多く、海に機体を墜落させて自殺したとの説が有力だ。
最初に挙げたドイツの格安航空会社の事故では、親会社のルフトハンザが「副操縦士は深刻なうつ症状だった」と発表している。
■日本では1982年に「逆噴射」の墜落事故が起きている
沙鴎一歩の推測に過ぎないが、自殺とみられる旅客機の事故はいずれも、世界的なパイロット不足で航空会社が操縦士のやり繰りに追われるなかで、航空会社が操縦士の精神疾患に気付かなかった問題が背景にあると思う。
航空会社がパイロットの健康管理を徹底するのはもちろんだし、乗務員自身が航空会社に気軽に相談したり、異変に気付いた周囲が簡単に知らせたりできるシステムをきちんと構築すべきである。
日本では精神疾患を患った機長が「逆噴射」で旅客機を墜落させた1982(昭和57)年の日航機羽田沖事故以来、乗務員の心身両面の健康チェックが厳格に実施されているという。
だが、今回、異常とも思えるほどのアルコール濃度が検出された副操縦士もいる。なぜそこまで飲み過ぎてしまったのか。常習犯なのかもしれないし、精神面に不安を抱えていたのかもしれない。いずれにしても日航の健康チェックは不十分だったと言わざるをえない。
日本ではパイロットの自殺が疑われるような墜落事故は1件も起きていない。だからといって乗員の健康管理に手を抜いてはならない。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)
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