真面目な既婚者がパパ活にハマるジレンマ
プレジデントオンライン / 2018年11月15日 9時15分
※本稿は、坂爪真吾『パパ活の社会学』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■男性からもらうお金は「ガマン料」
交際クラブでは、「初回からホテルOK」にしないとそもそもオファー自体が来ない、という傾向がある。それに加えて、洋子さんの述べるような「相性の合わなかった時の悲劇」が生じるとなると、最終的には大多数の男性・女性会員が、「初回からホテルOK」になっていく引力が働いているのかもしれない。
ただ洋子さんも語っているように、女性にとって「初回からホテルOK」に設定することは精神的な抵抗が伴う。男性会員からもらう謝礼は、「自分の嫌悪感にフタをする代金」であり「ガマン料」であると洋子さんは考えている。
「あなたのことは嫌いじゃないけど、そういうことをするのは嫌。改めて言葉にすると、結構ひどいですよね(笑)。出会い系サイトの時は、40代後半くらいの人までしか付き合ってこなかったんです。あくまで自分のストライクゾーンの枠内の男性とだけ、付き合ってきた。交際クラブは、一番若い人でも同い年で、あとはそれ以上。年齢的には全くストライクゾーンじゃない。まさにガマンですね。
確かに、皆さんのお仕事は尊敬できるし、私のことを大切に思ってくださっていることも分かる。その先のことを考えてワクワクしてくださっていることも分かるので、自分が一緒にいて楽しんでくれるならいいかな……と。でもお金はください、みたいな(笑)」
■オファーは来るが、意外と関係は続かない
女性が交際クラブに登録した場合、最初の数カ月の間に男性会員からのオファーが集中する。洋子さんも、登録してからの約半年間で7人の男性に会った。
「最初はすごく忙しかったです。毎日のようにデート、デート、デート。せっかくのオファーなので、断らないようにしようと思って。
男性側の情報は、クラブはほとんど教えてくれません。おおまかな年代と『恰幅のよい方です』『お医者さんです』『優しい感じの方です』といった程度でしょうか。待ち合わせ場所は、ホテルのロビーが多いです。赤坂のANAインターコンチネンタル、汐留のコンラッド東京、池袋のメトロポリタンとか、高級ホテルが多いですね。
クラブの私のプロフィールには『和洋中華好き嫌いなく何でも食べます』と書いてあるので、皆さんホテルのレストランでディナーの予約を取ってくださっていることが多いです」
食事が終わると、男性は「じゃあそろそろ」「部屋を取ってあるので、どうですか」と聞いてくる。洋子さんは、よっぽど嫌な相手でなければ、たいていそこでOKを出すという。
「自分から『いくら欲しいです』とは言いません。言える立場でもないので……。お好きな額で大丈夫ですよ、と伝えると、大体皆さん、3万から5万を渡してくださることが多いです。3万を切ったことはないですね」
これまで、会った当日にホテルに行った相手は3人。2回目のデートでホテルに行った相手は1人。1回目のデートでホテルには行かず、そのまま終わった相手が1人。
■半年間のパパ活で手にした収入は約70万円
「7人に会って、現時点で関係が続いている人は、1人だけです。その人は、お食事をするだけのデートで数万円くださるんです。なぜ彼が誘ってこないのかは、分からないです。その男性とは、月1回は会っています。すごくおいしいお店に連れていってくれて、帰りは私の最寄り駅までのグリーン券も買ってくれる。私が外資系に勤めているって、ご存知のはずなのですが……。
Hした人の中で、その後の関係が続いたのは2人。1回して、大丈夫だと思った人は、それなりに続く。でも、続くのは5~6回くらいで、そんなに長くない。交際クラブよりも、出会い系で出会った相手の方がまだ全然続くなと感じました」
半年間のパパ活で、洋子さんが手にした収入は、約70万円。副収入としては悪くない金額だ。デートのたびにどんどんお金が入ってくるので、最初の頃は「これで銀行からお金を下ろさずに生きていける!」と思ったそうだ。
「特にお金に困っているわけではないのですが、大学院の奨学金を払わないといけなかったので、この収入で少し潤いました。美容院も遠慮せずに行けるようになったかな。
パパ活の背景には、やはり収入の男女格差がありますよね。どれだけ学歴があっても、男性に比べれば女性のお給料は高くない。私は特に大きな夢があるわけでも貯金しているわけでもないので、内心は『ごめんなさい』と思っているのですが、皆さん気持ちよく払ってくださるので、『ありがとうございます』と頂いています」
■男性側はとにかく見た目重視で女性を選ぶ
しかしオファーが殺到したのは最初だけで、この2カ月くらいは閑古鳥が鳴いている状態だという。「一時のバブルでしたね……」と洋子さんは苦笑いする。
「当初の目標は、まだ達成できていないんですよ。交際クラブよりもむしろ出会い系の方が、普通の恋愛ができそうな相手がいたかもしれない……という感じです。出会い系の中にも、大企業の人など、交際クラブにいてもおかしくないような人が結構いますし。
交際クラブの場合、事前に相手の男性とやりとりすることができないので、『自分に合った相手を探す』という観点から考えると、女性側にできることはほぼないんですよ。
私は事前にやりとりする時間を勿体ないとは思わないけれど、男性からすれば、それは無駄な時間なのでしょうね。女性はみんな同じに見えるのかもしれません。
男性側が女性をとにかく見た目重視で選ぶ、ということを考えれば、現在のような写真と動画で選ぶシステムでもいいわけですよね。ただ男性会員のコラムやコメントを読むと、女性に対してすごく偏見があるなと感じます。『クラブに登録するような女は、金とセックスのことしか考えていないんだろう』『40を超えた女の性欲はすごい』みたいなコメントばっかりで、うわぁ~~、と思います。
もうちょっと複雑なんですよ、女心は。でもパパ活という世界は、そういう色眼鏡で見られがちなんだなと。それでも偏見や軽蔑はなくならないので、諦めているところはあります。交際クラブに登録していることは、他の誰にも話していません」
■それでも「女として」輝けるから続ける
純粋な恋愛=純愛を目的としてパパ活市場に参入した洋子さん。今後、理想の相手を見つけることのできる手応えはあるのだろうか。
「先ほどお伝えしたように、私はパパ活で頂くお金を『ガマン料』として考えています。ガマンをしなくなるような関係になった時、つまりその人のことが好きになったら、お金は要らない。一緒に居られるだけで幸せ。でも、お金の関係から始まった相手の場合、お金のない関係に移行するのは難しい。頂くお金を安くすることも、高くすることも難しい。理想の相手を見つけられるような手応えは、今のところはまだないですね。自分なりの脚本がないと振り回されてしまうのが、パパ活の世界かもしれません。私自身も迷っています。好きな人が欲しかっただけなのに、いつの間にか道を外れてしまっている……。本当に好きなのはやっぱり夫なんだな、と再認識しているところです。
じゃあ交際クラブをやめればいいじゃないか、と思うかもしれないけど、そっちはそっちで大事、みたいな(笑)。種類が違うんですね。また何歳くらいまで女として見られるのか、ということも気になっています。いくつまで男性から誘ってもらえるのだろうか、という危機感はあります。せいぜい50歳くらいまでなのかな……という思いがあって、40歳くらいから焦り始めた部分がある。遅咲きなのかもしれませんが。道徳的な是非はどうあれ、自分の気持ちにしっかり向き合っている人が多いのではないでしょうか。自分の気持ちに対して、見て見ぬふりをしない。そこはいいところだと思います。不倫と同じく、パパ活をしている人はみんな真面目なのかもしれません」
■不真面目な既婚者がパパ活をするのではない
世間の価値観からは外れているということを自覚しつつ、自分の気持ちに真摯に向き合ってパパ活を続けている洋子さん。
パパ活というと、シンプルにお金目的やセックスだけが目的で登録している遊び人の男女が多いという印象を持たれる方も多いかもしれない。確かに、遊び半分や冷やかしで登録している男女もいるだろう。
しかし実際は彼女のように、年齢を重ねる中で、そして現在のパートナーとの関係を見つめなおす中で、一人の女性としての生き方を真剣に考えた結果、意識的にパパ活という選択肢を選ぶ女性もいる。不真面目な既婚者がパパ活をするのではない。真面目な既婚者だからこそ、パパ活をするのだ。
出会い系や交際クラブなど、一見すると恋愛とは180度反対の世界に純愛を求める男女が集うという現象は、実は新しいものではない。
■パパ活が結婚生活の維持・安定に「貢献」する逆説
1980年代、電話を介して男女の出会いをマッチングするテレフォンクラブ(テレクラ)が流行り始めた当初、利用者の多くは援助交際目的ではなく、純粋に恋愛をしたい男女が集まっていた。2000年代の出会い系サイト、2010年代のSNSもそうだ。
男女の出会いをマッチングするメディアは、いずれもスタート時は「純粋に恋愛相手と出会える場所」として注目を浴びる。
しかし利用者数が増えるにつれてサクラや詐欺、売買春目的の男女が参入し、社会的なバッシングを受けて、荒れ果てて衰退していく……という流れをたどるのがほとんどだ。
純愛を求める真面目な既婚者のたどり着く先が出会い系サイトや交際クラブしかないという現実、そしてパートナーとのセックスレスに悩む男女にとって、パパ活が結婚生活の維持・安定に「貢献」しているという逆説は、現代社会の生きづらさを端的に表しているのではないだろうか。
■純愛を求めるほど、純愛から遠ざかるというジレンマ
交際クラブの存在を「満たされない結婚生活を送る人の弱みに付け込んだビジネス」と考えるか、「構造的欠陥を抱える婚姻制度を補完するための有用な社会資源」と考えるかは、判断が分かれるところだろう。
純愛を求めれば求めるほど、身体を重ねる人数が増えていき、特定の相手との関係を維持することが難しくなり、ますます純愛から遠ざかる……というジレンマ。
純愛を求める人にとって、交際クラブの世界は完全な袋小路である。しかし、全ての人には、そうした「袋小路に迷い込む自由」があるはずだ。
たとえそれが実現できないと分かっていても、あえて純愛というフィクションを追い続けることによって、日々の生活に潤いと張り合いがもたらされるのであれば、それは一つの生き方として尊重されるべきではないだろうか。
彼らや彼女たちの姿は、「たとえそれが実現できないと分かっていても、あえて恋愛や結婚というフィクションにすがり続ける人たち」=すなわち私たちと構造的には全く同一なのだから。
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ホワイトハンズ代表
1981年新潟市生まれ。一般社団法人ホワイトハンズ代表理事。東京大学文学部卒。新しい「性の公共」をつくるという理念の下、重度身体障がい者に対する射精介助サービス、風俗店で働く女性のための無料生活・法律相談事業「風テラス」など、社会的な切り口で現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰。著書多数。
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(ホワイトハンズ代表理事 坂爪 真吾 写真=iStock.com)
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