運動しない人の「生涯現役」が無謀な理由
プレジデントオンライン / 2018年11月20日 9時15分
■「立つ」「歩く」が難しくなる“ロコモ”
ロコモティブシンドローム(略称:ロコモ)をご存じだろうか。骨、筋肉、関節、軟骨、椎間板など運動器のいずれか、あるいは複数が加齢により衰えて障害が起こり、「立つ」、「歩く」といった移動機能が低下した状態のことだ。
最新の「国民生活基礎調査」(厚生労働省 2016年)によれば、転倒・骨折、関節疾患、脊髄損傷などの「運動器疾患」は、要支援・要介護になる最大の原因だ。「認知症」(18%)、「脳血管疾患」(16.6%)を抑えて24.6%を占めるが、この事実は意外と知られていない。認識の低さに危機感を抱いていた日本整形外科学会は、高齢化率が21%となり、日本が「超高齢社会」となった2007年、世界に先駆けて「ロコモ」を提唱した。昨年7月には、集団検診にロコモの診断を取り入れるなど、地域を挙げてロコモの予防に取り組む神奈川県大磯町を世界保健機関(WHO)が視察。「世界のどこも行っていない先進的な取り組み」と評価したという。
■ロコモは「高齢者だけ」の問題ではない
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親の心配ならいざ知らず、自分にはまだまだ関係ないと思っているかもしれないが、ロコモは決して高齢者だけの問題ではない。たとえば、2016年に行われた東京・丸の内近辺で働く20~30代の女性352名を対象とした調査では、参加者の30%が「ロコモ度1(ロコモが始まっている)」、4%が「ロコモ度2(ロコモが進行している)」と判定された(2016年「第3期まるのうち保険室報告書」三菱地所・ラブテリ)。2016年度からは、運動器疾患を早期発見するための「運動器検診」が、学校検診の必須項目に加えられている。
日本整形外科学会が2010年にロコモの予防・啓発の推進を目的に立ち上げた組織、「ロコモ チャレンジ! 推進協議会」の大江隆史委員長は、こう話す。
「ロコモ、すなわち運動器障害に伴う移動機能の低下は確かに高齢者に多く見られますが、運動器疾患がやっかいなのは慢性的に進行し、その経過が長いこと。初期段階では症状がほとんどない状態が長く続くため、患者は医療機関を受診しないことが多いのです。早期発見は極めて難しく、実際に痛みなどの自覚症状が出始めたときには病気がかなり進んでしまっていることが少なくない。高齢となって症状が出る前の若い年代、働き盛りの年代からロコモを知り、予防的な措置を取ることが極めて重要です」
■骨、筋肉量は40代でピークアウトする
ロコモは、静かに長い時間をかけて骨、筋肉、関節などをむしばんでいく。それはどのようなメカニズムなのか。大江氏はこう解説する。
「骨や筋肉の量はおよそ20~30代でピークを迎えます。特に骨は、成長ホルモンが出る成長期に強くなり、男女ともに20歳ごろに骨量の最大値(ピークボーンマス)を迎える。そこから20代、30代、40代前半ぐらいまで平坦に推移し、女性の場合は40代後半から、男性の場合は60歳ぐらいから下降線をたどります」
「骨を強く保つためには、ピークボーンマスをできるだけ高くし、平坦な時期を長く保って、下降のカーブを緩やかにすることが必要です。適度な運動で刺激を与え、適切な栄養を取ることで、それが可能になることが最近の研究でわかってきました。若いときからロコモを意識して対策をするかしないかで、将来ロコモになるリスク度は大きく異なります。特に女性は、男性と比較するとピークボーンマスが低いので、衰えが早くなってしまう。そのため、骨や筋肉量がピークを越える40代から対策を始めることが不可欠です」
■「日本人のロコモ度」全国1万人調査
働き盛りの人たちにもロコモの問題点を知ってもらうため、「ロコモ チャレンジ! 推進協議会」では、昨年7月から大規模な全国調査を行っている。狙いは日本人のロコモ度の性別・年代別基準値を定めることだ。
「これまでロコモとは無縁だと思っていた若年層にも、自分のロコモ度を同世代の基準値と比較することで、人ごとではなく、自分ごととして捉えるきっかけにしてほしい」と、大江氏は語る。
10月中旬、東京・丸の内でも、全国調査の一環として「ロコモ度テスト」の体験会が行われた。
「ロコモ度テスト」とは、日本整形外科学会が2015年に定めた2段階の「臨床判断値」に基づき、ロコモの進行度を測ることを目的としたものだ。下肢筋力を測る「立ち上がりテスト」、下肢の筋力、バランス能力、柔軟性などを含めた、歩行能力を総合的に評価する「2ステップテスト」、直近1カ月の身体の痛みや日常生活に必要な動作、社会的活動に関する25の質問に答えてもらう「ロコモ25」の3種類の調査で構成される。
「立ち上がりテスト」は、片脚で高さ40cmの台から反動をつけずに立ち上がり、3秒間キープ。これができない場合は、両脚で40cm、30cm、20cm、10cmと、低い台へと移って立ち上がれるかどうかを調べ、立ち上がれた一番低い台がテストの結果となる。「2ステップテスト」は、2歩分の最大歩幅(cm)を測定し、身長で割って2ステップ値を算出する。「ロコモ25」の質問票に回答を記入すれば完了だ。
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40cmの台から片脚で立ち上がれない、2ステップ値が1.3未満、「ロコモ25」の結果が7点以上、のいずれか1つでもあてはまる場合は、移動機能の低下が始まっている「ロコモ度1」。両脚でも20cmの高さから立ち上がれない、2ステップ値が1.1未満、「ロコモ25」の結果が16点以上、のいずれか1つでもあてはまる場合は、ロコモが進行している状態の「ロコモ度2」と判定され、それぞれ対策が示される。
■「自分にも関係があると実感した」(30代男性)
「ロコモ度テスト」を初めて受け、「立ち上がりテスト」で片脚で30cmの台から立ち上がることができて、「ロコモの兆候なし」と判定されたという30代の男性は、「ロコモの名前は、ネットや新聞などで目にしたことはあったけれど、どのようなものかよくわかりませんでした。実際にテストを受けてみて、自分にも関係があり知識を持っていたほうがいいと実感しました。現在のところロコモの心配はないと判定されたので、ほっとしています」と語った。
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また、「ロコモ度1」の判定を受けた50代の男性は、こう話す。
「ロコモという名称はテレビで見て知っていましたが、実際のテストを受けられてよかったです。ぱっと見では簡単にできそうな気がしたけれど、片脚立ちは意外に難しかったです。体重が重過ぎることが原因なので、ダイエットしようという意欲がわきました。『2ステップテスト』はよろけずにできたので、週1回のジム通いが功を奏していて、まったく運動していなければ『ロコモ度2』になってしまったと思います」
この日、「ロコモ度テスト」を体験した丸の内のビジネスパーソンは、男性17名、女性14名の合計31名だった。
■働き盛りの体力低下は重大な将来リスク
10月8日の体育の日、スポーツ庁は「2017年度体力・運動能力調査」を公表した。65歳から79歳では男女ともに体力の向上が続いているのに対し、30~40代では男女ともに体力が低下傾向にあり、特に20~40代で「週1日以上運動する」と答えた女性の比率は、20年前と比較して10ポイント下がっているというものだった。
働き盛りの年代に体力低下の兆候があることは、日本の社会にとって将来の大きな不安材料だろう。忙しくても日常生活に運動習慣を取り入れなければ、「生涯現役」は危うい。
大江氏に、働き盛りの年代から日常生活で手軽に取り入れられるロコモ対策を聞いてみた。
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「日本整形外科学会では、ロコモを防ぐためのトレーニングとして、バランス能力を養う片脚立ち(左右1分間ずつ1日3回)と、下肢の筋力をつけるスクワット(1回5~6回を1日3回)の2つを推奨しています。それだけでは物足りない方には、エレベーターやエスカレーターではなく階段を使う、歩くスピードを上げるなど、通勤時間を運動時間に変えることも効果があります」
「運動習慣に加えて毎日の栄養摂取も大切で、炭水化物、脂質、タンパク質、ビタミン、ミネラルの5大栄養素を毎日3回の食事から取ることが大切です。中でも、筋肉を増やすためにはタンパク質、骨を強くするためにはカルシウムだけでなく、タンパク質、ビタミンD(サケ、干しシイタケ)とビタミンK(納豆、青菜)が必要です。ビタミンDは日光を浴びることで体内でもつくられるので、天気の良い日は外に出て散歩や運動を心がけてください」
毎日の生活の中で、ほんの少しロコモを意識し日常の生活習慣にすることが将来の寝たきり防止につながると言えそうだ。
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NTT東日本関東病院院長補佐 整形外科部長
1960年、京都府生まれ。85年、東京大学医学部医学科卒業後、東京大学整形外科医局入局。関連病院で研修後、東京大学医学部附属病院文部教官助手、東京大学医学部附属病院整形外科医局長、医療法人社団蛍水会名戸ヶ谷病院整形外科部長を経て現職。東京大学医学部整形外科非常勤講師も務める。後進の指導と臨床に携わりながら、患者にロコモについての啓蒙を続けている。2010年ロコモ チャレンジ!推進協議会の設立とともに副委員長、14年より委員長。15年より現職。最新著作に『相撲トレ 1日2分で一生自分の足で歩ける』がある。
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(NTT東日本関東病院 整形外科部長 大江 隆史 文=プレジデント社書籍編集部 撮影=プレジデント社書籍編集部 写真=iStock.com)
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