4Kテレビ放送「6割は興味なし」の深刻度
プレジデントオンライン / 2018年11月14日 9時15分
2017年12月1日、実用放送開始まで1年となり行われた新4K8K衛星放送開始1年前セレモニー。中央は推進キャラクターに任命された女優の深田恭子さん、右隣は野田聖子総務相(当時)(写真=時事通信フォト)
■4Kテレビだけでは「4K放送」は見られない
12月1日から4Kテレビ放送が開始される。4Kテレビとは、現在主流のフルハイビジョンの4倍、つまり水平画素が3840(約4000)のテレビである。1000は1K(キロ)という単位で表されるため、4Kと呼ばれている。なお、12月からはより解像度が高い8K放送も開始される。当然のことながら、8Kテレビの価格は4Kテレビよりも高い。
大手家電量販店のテレビコーナーに行くと、多くの4Kテレビが陳列されている。自宅にある従来型の液晶テレビに比べ、確かに画像はきれいだと思う。ただ、実際に4K放送を視聴するためには、手間とコストがかかる。4K放送を視聴するためには、4K放送に対応したチューナー(受信機)を別途購入し、テレビに接続しなければならない。4Kテレビを買えば、放送開始と同時に4K映像を楽しむことができるわけではないのである。
そうした手間を考えると、4Kテレビ放送の開始を受けて新しいテレビがどうしても欲しいという思いは低下してしまう。筆者のように思う人は少なくないだろう。また、時間がたてば、より新しい機能を搭載し、より安いテレビが市場に投入されるだろう。そう考えると、現時点で購入する気持ちは高まりづらい。
■88.8%の人が4K放送を「知っている」と答えたが……
一般社団法人放送サービス高度化推進協会(以下、高度化推進協会)によると4K放送を行う事業者は、NHK、ビーエス朝日、BSジャパン、BS‐TBS、BS日本、ビーエスフジ、SCサテライト放送、QVCサテライト、東北新社メディアサービス、WOWOWの計10社の予定だ。
4K放送を視聴したいという消費者の関心は、どちらかといえば高まりづらい状況にあるようだ。2016年9月~2018年9月にかけて高度化推進協会が行った4K放送の市場調査を見るとそれが良くわかる。この調査はWeb経由で行われた。調査対象エリアは全国、対象者は20歳~69歳の男女、調査数(サンプル数、アンケートに答えた人の数)は5000人(2017年は6000)人である。サンプル数は少ないように見えるが、被験者の属性(年齢や性別、居住場所など)の点では、バランスの取れた調査といえるだろう。
2018年2月調査の結果を見ると、62.4%が4K放送を「知っている」と答えた。加えて、26.4%が4K放送を「知っているような気がする」と答えている。合計すると88.8%の人が4K放送を知っている(認知している)。
2018年9月の最新調査を見ると、「知っている」と答えた割合は60%に低下している。また、同じ時点での4K放送を視聴するか否かに関する調査を見ると、「ぜひ視聴したい」と答えた人は全体の11.6%、「まあ視聴したい」と答えた人は28.3%だった。合計すると視聴の意向を持っている人の割合は全体の39.9%である。
この結果を見る限り、現時点でどうしても4K放送を見たいと思う人が多いとは言えないようだ。
■見たいと思う人の割合は限定的
高度化推進協会による市場調査のインプリケーションをまとめると、多くの人が4K放送の良さ(映像の美しさ、迫力)を認識してはいる。しかし、映像の美しさなどを理由に4Kテレビ放送を見たいと思う人の割合は限定的だ。見方を変えれば、新しいテレビと受信機を購入しようとするほど、4Kへの人気、消費者のほしい気持ち=需要は高まっていないということだろう。
その背景にある要因を考えると、まず、消費者の心理が大きく影響しているだろう。4Kテレビの映像は確かにきれいだ。もし、今使っているテレビを買い替えなければならなくなった際には、4K放送に対応したテレビと受信機を購入してもよいと思う人は少なくはないだろう。ただ、テレビはそう簡単に壊れるものではない。手間を考えれば、今のままで問題ないという人が多いのだろう。
■「地デジ特需」のような要因は見当たらない
また、経済政策と通信規格変更の影響も大きい。リーマンショック後の2009年、当時の麻生政権は“家電エコポイント制度”を実施した。具体的には、地上デジタル放送に対応したテレビなどを買うことによってポイントが付与され、消費者は指定された家電製品を安く買うことができた。それは、テレビの買い替え需要を喚起した。
加えて、2011年7月、東北3県を除く44都道府県でテレビ放送は地上デジタル放送(地デジ)へ完全移行した。地デジに移行すると、従来のアナログ放送に対応してきたテレビは使えなくなる。エコポイント制度と地デジ放送の開始を受けて、2009年から2010年にかけて、国内のテレビ需要は急増したのである。まさに、“地デジ特需”と言ってよい。
現状、4Kテレビ買い替え需要を高める要因は見当たらないといえる。わが国の政府がテレビ放送の規格を切り替え、いま使っているテレビでニュースなどを視聴できなくなるという不都合が生じるわけではない。また、わが国全体で家電販売奨励策が実施され、より高機能のテレビが買いやすくなるわけでもない。
■短期間で需要が急拡大する展開は見込みづらい
映像の美しさ、迫力といった点で4Kテレビ放送に関心を持つ人はいる。ただ、価格、買い替え需要に影響を与える政府の取り組みなどを考えると、短期間で需要が急拡大する展開は見込みづらい。
多くの人々が感じているのは、技術の進歩とともに映像がきれいになるなら、使っているテレビが故障した際に買い替えればいいということだろう。言い換えれば、現時点でテレビを買い替えたとしても、買い替えなかったとしても、消費者の満足度は大して変わらないということだ。8Kテレビの価格が低下すれば、4Kの魅力は低下するだろう。さらに高精細の映像技術が普及すれば、8Kテレビの優位性も低下する可能性がある。
また、テレビで映像を見るという行動様式は、当たり前ではなくなりつつある。スマホなどでネットフリックスやユーチューブの動画を楽しむ人は多い。国内でも、NTTドコモが次世代の通信規格である“5G”を用いたテレビ放送の実証実験に成功した。ICT(情報・コミュニケーション・テクノロジー)の高度化と実用化とともに、映像配信の可能性は広がるだろう。
■アイリスオーヤマは4K対応テレビを低価格で販売
当面の展開を考えると4K放送の開始を受けてテレビ販売への新規参入が増えることが興味深い。生活用品大手のアイリスオーヤマは4K対応テレビを低価格で販売する。同社は2020年東京オリンピックを控えたテレビ買い替え需要の高まりの取り込みを狙っている。
新規参入者の増加によって、既存のテレビメーカーが競争力を高めるために新商品を生み出すことができれば、それはわが国の経済にもプラスの影響を与える可能性がある。その意味で、4Kテレビ放送の開始が変化の呼び水になればよい。
いずれにせよ、現時点では4Kテレビ放送を視聴したいと思う人は、あまり多くない。買い替えを促すような政策も見当たらない。最終的に4Kテレビを買うかどうかは、家計・個人の考え方に影響される部分が大きいだろう。
(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=時事通信フォト)
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