イケアが注目"旅する落書き一家"の理想
プレジデントオンライン / 2018年11月21日 9時15分
■「子供の落書きが理想」
ニューヨークやボストンの名だたる美術館での個展経験を持ち、北欧発の世界的ブランド「フライング タイガー コペンハーゲン」や「IKEA」とのコラボレーション商品で注目されるアーティスト、河井美咲。その作風は大胆でシンプルで、とにかくカラフル。誤解を恐れずに言うと、かなりの「ヘタウマ」だ。一見すると子供が描いたかと思うような乱雑さだが、アートの目利きによれば、それこそが“誰にも似ていないオリジナリティー”だという。世界中のギャラリーや美術館からひっぱりだこの40歳だ。
河井は京都に拠点を持ちながらも、1年の大半は海外での旅暮らし。密着取材期間中だけでも、アメリカ、デンマーク、ポルトガル、韓国の美術館やギャラリーに招かれた。世界各国のギャラリーや美術館から個展の依頼が入ると、夫と3歳の一人娘・歩虹(ポコ)ちゃんを伴ってその地に数カ月滞在し、現地で次々と作品を生み出している。
朝起きて、料理をして、歯を磨いて、絵を描く。娘と公園で遊び、授乳して、オムツを替えて、また絵を描く。河井にとってアートは日常生活の一部だ。決して敷居の高いものではなく、誰だって自分なりのアートを生み出すことができると考えている。制作の様子もまさに自由奔放で、一見乱雑なほど、ダイナミックに絵の具を塗りたくっていく。時には娘のポコちゃんも絵筆を握り、親娘共作になることも……。「子供の落書きが理想」と河井は語る。
■「どんどん下手になりたい」
昨春、河井はニューヨークにいた。依頼主は、ブルックリンのデザインホテル「ワイスホテル」。お題は「高さ8メートルほどの壁面をペインティングし、エレベーターホールを印象的なアートスペースにする」というものだった。
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制作の様子はまさに自由奔放で、河井は下書きもなしにローラーで壁に絵の具を塗りたくっていく。ローラーの運びに迷いはなく、娘を背負いながらあっという間に黒い魚、ピンクの蛇など、奇妙な生き物を壁に描いた。ただし、プランはあっても気分が乗らなければ変更をいとわないのが河井流。せっかく描いた絵を塗りつぶしたかと思ったら、上から奇妙な生き物を書き足し、正面には巨大なパンツを描き出した。こうして、エレベーターホールは、河井美咲にしか作れない“ヘタウマ”な空間に生まれ変わっていった。
河井「どんどん下手になりたいな、大人になればなるほどキッチリしようとしたり、脳がカタくなっていくから、その逆を行きたい」
■ジャッキー・チェンが好きな理由
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香川で生まれ大阪で育った河井。ニューヨークで本格的な創作活動に入ったのは24歳の時だった。2003年、立体作品「TreeHouse」がニューヨーク・タイムズ紙で絶賛され、無名だった河井は一躍アート界に躍り出た。それ以来、世界の名だたる美術館やギャラリーから個展の依頼が後を絶たない。日本よりも海外で知名度が高いのは、型にとらわれない自由さのせいだろうか。
現代美術家・大竹伸朗「僕も大ファンです。日本人ぽくない。地球かときどき火星か……」
活躍は実に華々しいが、本人はどこ吹く風だ。ひょうひょうとして気取りがなく、好きな画家を尋ねると、「画家じゃないけど、ジャッキー・チェン。ひょうきんものがいい。ふざけている感じが」とケラケラ笑った。
■家族は「創作のチーム」
絵筆一本で世界を渡り歩く河井の傍らには、常に夫のジャスティンと娘の歩虹(ポコ)ちゃんがいる。河井は言う、3人は「創作のチーム」なのだと。
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例えば、作業中に母親をまねて絵筆を握ろうとする娘の歩虹(ポコ)ちゃんを、河井は決して止めようとしない。2人でキャンパスに線を描き、母娘共作になることもあれば、ジャスティンが気を利かせてポコちゃんを外に連れ出しサイクリングへ行くことも。その間に河井は制作に没頭し、息抜きタイムには、母娘水入らずの楽しい時間を過ごす。これが、アーティストを中心とする一家が生み出した生活のリズムだ。作品作りと生活は分かち難く結びついていた。
一方、河井作品の“宣伝部長”を務めるのは、写真家の夫ジャスティンだ。世界中から声がかかるようになった今も、河井お手製のグッズを手売りする地道な活動を続けており、この日は毎年開かれているアメリカ・ロサンゼルスでのアートグッズ即売会へ。河井ワールドをより多くの人に知ってもらう絶好の機会なのだが、当の河井は会場の隅で歩虹(ポコ)ちゃんをあやすだけ。
というのも、河井は人見知りな性格で、売り込みが大の苦手だからだ。
河井「私、ビジネスって全然得意じゃない。作品は欲しいと言われたらすぐに人に(タダで)あげてしまうから……」
河井の商業的な成功は夫のおかげと言って過言ではない。文字通り、二人三脚。互いに補い合って10年になる。
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しかし、こうした暮らしはいつまで続けられるのだろうか。子供が成長すればなおさらだ。
河井「デンマークで暮らすのは想像できるんだけど、日本に住むのは想像できないなぁ。ここなら仕事ができるし、友達もいるし、仕事仲間もいる、ポコも学校に通える」
ただ純粋にアートに打ち込める環境は、どこでも得られるものではないのだ。
■田舎暮らしで得たインスピレーション
9月、一家はアメリカ北東部のバーモント州にいた。一カ月後に控えたニューヨークでの個展に向けて、自然の中で制作をするためだ。深い森に囲まれた家は、夜には漆黒の闇に包まれ、暖炉の炎が美しくゆらめいている。
歩虹ちゃん「あったかいなぁ」
旅暮らしの中で成長する歩虹(ポコ)ちゃんの言葉は、河井と同じく関西弁のアクセントだ。
庭を流れる小川の水で絵の具を溶き、創作の時が始まる。家族3人のプリミティブな田舎暮らしの中で得たインスピレーションが、河井の筆からほとばしり始めた。
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そして1カ月後の個展初日。いつもカラフルな河井の作品には珍しく、黒い背景の作品がずらりと並んでいた。制作期間中、家族で過ごしたバーモントの夜に着想を得たのだと言う。そこには見るものをとりこにする新たな河井ワールドが広がっていた。
家族と共に自然の中で楽しんで作った世界が来場者を楽しませ、その笑顔がまた河井の創作意欲をかき立てる。アーティスト河井美咲は幸福の循環の中にいるのかもしれない。
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アーティスト1978年香川県生まれ。大阪府で育ち、京都芸術短期大学を卒業。世界各地を放浪したのち、2002年からニューヨークを拠点に制作活動を行う。初めてグループ展に参加した立体作品「TreeHouse」が、ニューヨーク・タイムズ紙で激賞されるなど独特の作風が評価された。MoMA PS1(ニューヨーク)やボストン現代美術館などで個展を開催。「flyingtiger copenhagen」や「IKEA」など北欧発の世界的な人気ブランドとのコラボ商品も手がけている。
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(「情熱大陸」(毎日放送))
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