"工場のために"で大失敗した起業家の反省
プレジデントオンライン / 2018年11月19日 9時15分
※本稿は、山田敏夫『ものがたりのあるものづくり ファクトリエが起こす「服」革命』(日経BP社)の一部を再編集したものです。
■頭の中にはバラ色の世界が広がっていた
世界に誇れる日本発のブランドをつくる――。
工場のすばらしい技術を生かしたオリジナル商品をつくって、インターネットで直接販売しよう。日本各地の工場を回りはじめた当初、僕の頭の中にはバラ色の世界が広がっていました。
「山田さん、工場のためにここまでしてくれてありがとう」
「これで下請けから脱して、やっと経営を立て直せそうだよ」
「あなたの思いに共感します。すぐにでもやりましょう」
僕の話を聞いた工場長たちは、きっとよろこんで、すぐにでも膝をつき合わせて一緒にものづくりを始めてくれるだろう。そんなふうに期待していたのです。
けれど、それは全く甘い考えでした。賛同してくれるどころか、まともに話を聞いてくれる工場さえほとんどなかったのです。
「ダメダメ。うちは下請け仕事を回すだけで手いっぱいなんだから。従業員に給料を払うために、お得意先の言うことを聞くしかないんだよ」
「オリジナル商品って、自分たちでデザインから起こすの? 無理だねぇ。やったことないもん」
取りつく島もない相手の対応に、交渉を断念し、工場の中に足を踏み入れることもなく踵(きびす)を返す。そしてもう一度、最寄り駅まで戻って、公衆電話に置いてある電話帳で調べた番号に電話をかけ、次の訪問先を探す。30回、40回とそれを繰り返し、僕は焦りと不安の中にいました。
■「工場に利益を」という提案を拒否された理由
今思えば、工場の拒否反応は当然だったと思います。
ファクトリエのビジネスモデルは、アパレル業界の常識を覆すものであり、工場からすると、タブーに踏み込む挑戦にほかなりません。
これまで工場の受注額(原価)は、「小売価格の20~30%」というのが通例で、アパレルメーカーが「1万円のシャツをつくりたい」と考えた場合、原価は2000~3000円。それを商社などが受注し、工場へ発注します。
最終下請け先である工場は、生地代や加工賃と呼ばれる人件費などのコストを引くと、利益はほとんど出ていませんでした。店頭では原価の4~5倍の値段で商品が並ぶのが相場になっています。
それも2000年代以降、国内の工場は中国製やベトナム製の安価なファストファッションとも競争しており、発注額はさらに削られる一方。つくるほど赤字になっても、下請けだけで経営を支えている工場にとってみれば、赤字から脱する手立てはなく、やむなく閉鎖を決めるケースが後を絶ちませんでした。
工場に発注する商社やアパレルメーカーもその事情をよく理解していて、生産拠点を日本から海外へシフトしてきました。国内の工場は一層、窮地に追い込まれていたのです。
このままでは、すばらしい技術や代々受け継がれた高度なものづくりのための道具、設備が行き場を失ってしまう。この危機を脱するために僕が考えたのが、「技術に見合った利益を工場がきちんと受け取れる」という新しい取引の形でした。
■「すぐに手を組んでくれるだろう」という甘さ
ファクトリエでは、必ず商品をつくる工場の名前を前面に打ち出します。それによって、工場で働く皆さんも、プライドを持って仕事をするようになるはずです。これまでは取引先のアパレルメーカーや商社からFAXが届くと、工場側は「何を、いつまでに、いくらで、何着」というなぐり書きの発注書を見ながら、黙々と仕事をこなしてきました。
それが、自分たちのブランドをつくることによって、大きく変わるはずです。
また僕は、最高の商品をつくる足かせにならないよう、「価格決定権は工場に委ねる」ということも決めました。
工場には、「こういう商品を1000円でつくってください」という注文を受け身でこなすのではなく、「こういう商品をつくると5000円かかるけれど、それでもつくりたい」と提案する立場に変わってもらう。人件費や設備費をまかなえるだけの十分な利益を工場が受け取れるようになれば、持続的、発展的な経営ができるはずです。
デザインをはじめとする商品開発の主役も工場です。斬新な試みかもしれないけれど、工場にとってもいいことずくめの条件のはずです。むしろ、使われる立場だった工場に自立をうながすことができる。
だから工場も、僕の提案によろこんで、すぐに手を組んでくれるだろう――。僕はそう思っていたのです。
現実は厳しいものでした。
創業から6年が過ぎた今でこそ、提携工場は国内55カ所に増え、ここ数年は工場の方から「うちと組んでほしい」という依頼が引っ切りなしに来るようになりました。
けれど、初めは全く相手にされなかったのです。
■「工場のために苦労をしている」は図々しい
工場がきちんと利益を確保できるように、商品の価格決定権も委ねるし、名前も出してほしいとお願いしている。すべて工場のために考え抜いて提案しているのに、どうして分かってくれないんだ。
工場で働く人たちにとってもっと幸せな世の中になるように骨身を砕いているのに、少しは協力してくれたっていいじゃないか。
僕だって宿泊代を節約するために、夜行バスで往復しているんだ。せめて話くらい聞いてくれたっていいじゃないか。あまりにもひどい仕打ちなんじゃないか――。
東京・新宿行きの一番安い夜行バスの座席に身を沈めてからも、フツフツと沸き上がる負の感情は収まらず、全く寝つけませんでした。
「何なんだ。どうして分かってもらえないんだ」
車窓に見える真っ暗な風景と、まばらに流れる光を追いかけながら、僕はグルグルと考えていました。
「今、僕はすごくムカついている。でも、僕がいくら腹を立てても、彼らの態度は変わらないんだよな。そもそも、なんでこんなことをやろうとしたんだったっけ……」
バスの振動に身を任せて、カーテンの隙間から移りゆく風景を眺めていると、段々と空が白み、遠い地平線から朝日が差しはじめました。
そして、新宿駅の西口にバスが到着した頃には、僕の気持ちはすっかり変わっていたのです。
「これは、僕の夢だ。この夢を叶えて幸せになるのは彼らじゃない。僕なんだ」
ファクトリエは、誰かを幸せにするためではなく、自分を幸せにするために始めたこと。つまり工場は、僕の夢に付き合ってもらっている。
仲間になってくれとお願いするのは、僕の方なんだ。
「工場のために苦労をしている」。そんなふうに考えるのは、あまりにも図々しいんじゃないか。
そう思えた途端、視界が開けていきました。重く感じられていたトランクが、ふと軽くなった気がしました。
「僕の夢に付き合ってもらっている皆さんに感謝しよう」
考え方を180度変えた瞬間から、僕の行動の一つひとつが大きく変わっていきました。
工場は、僕の夢を一緒に叶えてくれる最大の協力者であり同志。「やってあげる」のではなく、「一緒に夢を追いかけてもらっている」。
ファクトリエの理念を押しつけるのではなく、相手の事情に寄り添いながら、自分から学べることはないかと、必死に食らいつこうと思うようになりました。
■最高のパートナーと、最高のものづくりをする
熊本県人吉市のシャツ専門工場、HITOYOSHIと出合えたのは、僕のマインドチェンジが起きた直後の2012年5月のことでした。
世界の名だたるブランドの無理難題に応えて技術力を高めてきたHITOYOSHIの工場は、一流のものづくりの資料の宝庫でした。
服のデザインを考えるのはブランド側にいるデザイナーの仕事ですが、そのデザイナーが描き起こした仕様書通りにつくるのは、工場の役割です。つまりHITOYOSHIの工場には、ブランドが求めるデザインを形にするノウハウが大量に蓄積されているのです。
すべての光景を目に焼き付けるように、その1週間を過ごしました。オリジナルのシャツをつくるのだから、工場側も一切、妥協はしません。
僕も同じように、自分が本当に欲しいと思うシャツをつくろうと本気でぶつかりました。誰かの意見に左右されると、ありきたりのものになってしまう。僕は誰の意見も聞かず、ただひたすら自分が腕を通したいと思えるシャツを考え続けました。同時に、工場のクラフトマンシップを的確に伝えるには、どんなシャツがいいのかと頭をひねりました。
試作品をつくっては直し、というやり取りを10回ほど繰り返し、ついにシャツが完成しました。2012年5月に吉國社長と握手を交わしてから、4カ月半が過ぎていました。
「これまで私が企画・生産してきたシャツは1000万枚以上。その中でも、一番品質のいいシャツをつくることができたよ」
社長の言葉に、僕は涙が出そうになりました。
最高のパートナーと、最高のものづくりをすること。ファクトリエがHITOYOSHIのシャツを扱うことからスタートできたことは、大変な幸運でした。
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ファクトリエ代表
1982年熊本生まれ。1917年創業の老舗洋品店の息子として、日本製の上質で豊かな色合いのメイド・イン・ジャパン製品に囲まれて育つ。大学在学中、フランスへ留学し、グッチ・パリ店に勤務。2012年1月、ライフスタイルアクセント株式会社を設立し、同年10月に「ファクトリエ」をスタートさせる。
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(ファクトリエ代表 山田 敏夫)
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