待機児童の解消を阻む"規制と補助金"の罪
プレジデントオンライン / 2018年11月27日 9時15分
※本稿は、上念司『日本を亡ぼす岩盤規制』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■保育定員が増えても待機児童が減らない理由
政府は、保育園の定員を増やす新たな枠組みを実施してきた。認定こども園、企業主導型保育所、自治体の認証保育所など、保育所の定員は確かに増えた。しかし、それでも待機児童がゼロにならない。働く女性の増加とともに不足した保育サービスの問題は、個人の力でどうにかなるものではない。
データを見ると、待機児童数は2014年までは減少傾向だったが、2015年から再び増加に転じ、2017年には2万6081人になった。保育所の数が減っているわけではなく、むしろ爆発的に増えている。厚生労働省の資料によれば、待機児童が増加傾向に転ずる2015年から2017年までの間に、保育所(認定こども園、特定地域型保育事業を含む)の定員は約17万人増加している。とくに、2016年から始まった企業主導型保育事業により、2597施設、定員5万9703人分が新たに確保された。ところが、それでも待機児童が増加してしまった。これはなぜか?
待機児童が増えた理由は、保育需要の地域的な偏りだ。東京、千葉、埼玉の待機児童数だけで全体の44.6%を占めている(2017年)。通常の市場メカニズムが働くのであれば、不足している都市部の保育料は高騰し、それに呼応して新規参入が増え、供給不足は解消するはずだ。しかし、保育所の設置認可が基本的に全国一律であり、なおかつ、支給される補助金も全国一律であるため、都市部では採算が取れず、参入する業者が少ないのだ。
文科省と厚労省が実施した「幼稚園・保育所等の経営実態調査結果」(2015年)によれば、補助金が最も多く支給される認可保育所であっても、私立の場合利益率は平均で4.5%、公立の場合は大幅な赤字だ。平均的な損益計算書を見ると、公立の保育所は支出が収入の4倍もあり、赤字はすべて税金で補てんされている。私立の場合も、9割以上が税金で賄われている。事業活動収入は78%が運営費収入、16%が補助金であり、利用者から徴収する保育料は全体の3%未満である。問題は公立でも私立でも、認可保育園はほぼ税金によって賄われているということである。
■補助金審査が間に合わない
では、鳴り物入りで始まった「企業主導型保育所」の制度はどうだろう。実は、これもほぼ100%税金で賄われている公営の保育所だ。「認可保育所並みの公的補助を受けられる」がうたい文句で、建物の建設費の大半をカバーしてくれるうえに、ランニングコストのほぼ100%面倒を見てくれるなら、オイシイ話のように聞こえる。
![](https://president.jp/mwimgs/5/f/-/img_5ffea2c3e2e39ae712f366e4ec5bb67f240040.jpg)
しかし、実際にこの制度を利用して立ち上がった保育所は、いま大きな問題に直面している。例えば1億円の建物を新築し、新たに保育所を作る場合、補助金が支払われるタイミングのせいで、事業主は一時的に6250万円の持ち出しを強いられることになる。また、運営費に対する補助金も支払いが大幅に遅延している。
現在、補助金の支給を受ける審査が非常に遅れており、4月に開園した事業主は、10月ごろまでの約半年分の運営費を、全額持ち出しせざるを得ない。東京都心部のある企業主導型保育所はそのせいで資金ショートし、保育士への給料未払いが発生しているという。
この補助金の審査を行っているのは、内閣府が業務を委託している公益財団法人児童育成協会だ。この団体の平成30年度(2018)事業計画では、企業主導型保育園事業に関する補助金約1697億円の使途を委託されている。
私が取材した補助金コンサルタントによれば、企業主導型保育所はまだできたばかりの制度であるため、申請要件や監査項目についても、具体的なことは問い合わせてみないと分からないとのことだった。例えば、この制度の初年度は補助金の対象外だった暖房便座と、壁掛け式のエアコンが、翌年度は対象内になるなどの混乱が発生している。何が補助金対象か、いちいち確認しなければ分からないが、いくら児童育成協会に電話をかけても全くつながらない状態が続いているという。補助金申請の審査業務もパンク状態なのだろう。
■規制と補助金の縛りでかんじがらめ
保育園の施設要件はとても厳しい。需要が大きい3歳未満の子供を預かる際は、給食の自園調理がほぼ必須となっている。そのため、保育スペースを潰して台所を作らなければならない。土地が余っている地方の保育所なら負担は少ないが、元々賃料が高い都心の保育所にはとても酷な要件だ。
例えば、都心のビルの空きスペースを活用して、企業主導型保育所を開設することはほぼ不可能である。設置要件を満たそうとしたら、基本的に1階以外に作るのは非常に難しい。これは「2方向の避難路を確保しなければならない」という要件のせいである。また、採光の要件も厳しく、「壁面の20%を窓にしないといけない」。主にこの2つの要件のせいで、都心のビルの空中階を活用した保育所は補助金の対象外となる。
賃料にも補助金は出るが、上限が決まっていて、都心のビル1階の賃料はとてもカバーしきれない。その分を利用料に転嫁できるかというと、ダメなのだ。補助金を受ける条件として、利用料の基準額が決まっているからだ。
日本では公立、私立関係なく、規制と補助金によって事実上の「国営保育所」しか営業ができないようになっている。保育士の給料が安くて、人が集まらない理由もこれに起因する。保育所の給料にも補助金上の目安が存在する。東京でも月額で手取り20万円程度、地方では手取りで13万円程度である。優秀な保育士を高く雇いたいと思っても、補助金をもらう限り、あきらめざるを得ない。
では、なぜ政府が保育所の供給をコントロールする必要があるのか? その理由は保育という事業の特殊性にかんがみ、サービスの質を一定以上に保つためだそうだ。そのため多額の補助金を受ける認可保育所はごく一部の者にしか開業が許されなかった。しかし、待機児童問題がクローズアップされたため、政府はこのスタンスを変えないまま、保育園の定員を増やす施策を実施した。だから、認定こども園や企業主導型保育所は、補助金と引き換えに、一定の条件=規制を満たす必要があるのだ。
いったんもらってしまうと、もう補助金なしの経営には戻れない。「来年はどうしたら補助金がもらえるのか?」が経営の関心事になって、市場の保育ニーズへの対応は二の次になる。
■海外事例にも学び必要な改革を
日本の場合、既存の認可保育所や幼稚園を残したまま、まさに屋上屋を架する認定こども園の制度を新設した。既得権に配慮した最小限の改革の結果、例えば保育士と幼稚園教諭の資格はいまだに分かれているし、施設要件などもそれぞれ異なっていて非効率である。ただでさえ不足した保育インフラ、リソース(資源)を効率的に活用するには、幼稚園と保育園の壁を完全に取っ払うべきだろう。
既存も含めて、すべての幼稚園、保育園を、認定こども園に衣替えするような抜本的な改革ができないのは、既得権を持つ人たちの力が強く、彼らが規制によって有利な立場にいるからだろう。保育所は決して儲かるビジネスではないが、既存の保育園を営む社会福祉法人は固定資産税の減免を受けられることが知られている。
待機児童のいない国のうち、スウェーデンやフィンランドなどの北欧諸国は、巨額の財政支出によって保育サービスの供給を維持している。その代わり、投入される国家予算は日本の3倍だ。北欧諸国の場合、保育所利用者の支払う保育料は私立でも公立でも同額であり、保育予算が今の3倍になれば、日本でもおそらく同じようなことができるかもしれない。しかし、そのためには国民の負担も重くなる。
シンガポールは北欧とは異なるアプローチで、保育サービスの供給を維持している。シンガポールの保育所は保育料を自由に設定可能だ。また、補助金はユーザーである国民に配られている。国民は補助金の範囲内の最小限の保育所を選ぶこともできるし、それにいくらか上乗せして環境がいいとか、サービスの質の高い保育所を選ぶこともできる。
補助金は供給側の保育所でなく、需要側である利用者に渡すべきだ。いわゆる保育バウチャー制度である。そして、利用者が保育所を取捨選択し、より利用者に支持される保育所が選ばれて生き残っていくのが健全な市場経済である。政府は保育所の最小限の設置要件と安全面の基準のみを課せばよい。
■管理したがるが予算は出さない
今のやり方だと、補助金の支給要件の審査に膨大な工数がかかるうえ、支給後の監査もとても大変だ。補助金が利用者に渡されるようになれば、こういった手間はすべて省ける。まさに一石二鳥ではないか。(1)幼保一元化、(2)保育所の設置要件緩和、(3)保育料の自由化、(4)保育バウチャー制度に、(5)保育政策の国から地方自治体への移管、を加えて政策パッケージとし、待機児童問題の最終解決を図るべきだ。
こうすることで、保育ニーズの高いところでは保育料が上がり、供給側の新規参入インセンティブも上昇する。保育バウチャーの金額は地域によって異なっていてもよい。都心の保育料が高い地域と、地方の保育料が安い地域のバウチャーの金額はむしろ異なって当然だ。その意味で、保育所の設置に関する政策の主体は国ではなく、地方自治体であることが望ましい。これが(5)の政策の意図である。
これに対して、北欧型のソリューションは、あくまでも国が供給をコントロールする代わりに、潤沢な予算を配分するというものだった。日本の財務省はどうもこちらのソリューションをちらつかせながら、十分な予算を配分せずに放置している。まるで、増税の口実に使うために、わざと問題を放置しているように見る。
岩盤規制と既得権を放置し、問題の原因を利用者である国民になすり付けるのはいかがなものか。まさに本末転倒、泥棒と警察が逆転したような気分だ。
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経済評論家
1969年、東京都生まれ。中央大学法学部法律学科卒業。在学中は創立1901年の弁論部・辞達学会に所属。日本長期信用銀行、臨海セミナーを経て独立。2007年、経済評論家・勝間和代と株式会社「監査と分析」を設立。取締役・共同事業パートナーに就任(現在は代表取締役)。2010年、米国イェール大学経済学部の浜田宏一教授に師事し、薫陶を受ける。金融、財政、外交、防衛問題に精通し、積極的な評論、著述活動を展開している。
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(経済評論家 上念 司 写真=PIXTA)
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