「ルノーの乗っ取り」を防いだ日産の苦悩
プレジデントオンライン / 2018年11月22日 5時15分
■「ゴーン・チルドレン」の西川社長はなぜ掌を返したのか
カルロス・ゴーン会長の逮捕容疑は2010年度から5年間の役員報酬が実際は99億9800万円だったのに49億8700万円と有価証券報告書にうその記述をしていた疑い。多額な役員報酬に対する社会的な批判をかわすため、海外の高級マンションなどの形で毎年10億円程度の便宜供与を受けていた模様だ。発覚したのは日産社内の内部通報制度による内部告発だった。
もしもゴーン氏が東京地検特捜部の発表内容通りに不法行為を実行していたとしたら、企業経営者としてはあるまじき行為である。1999年以降、19年にわたり日産トップに君臨し、最近では独断専横が目立つ絶対的な権力者となっていたゴーン氏。そのゴーン氏を西川広人社長ら経営陣が数カ月の社内調査でトップの座から追い落とした形である。
西川社長はゴーン氏に目をかけられ、引き上げられた「ゴーン・チルドレン」の一人。その西川氏が掌を返したように歯向かったのはなぜだろうか。
■ゴーン氏と仏政府の「密約」から疑心暗鬼が生まれた
日産の社内事情に詳しい自動車業界の元メーカー役員はこう説明する。
「今年2月にルノーの大株主であるフランス政府との間で、ゴーン氏がルノーCEOの任期を2022年まで延期することが決まった時に『密約』が交わされたのではないかと日産社内で噂された。そのころから疑心暗鬼が西川社長らに生まれ、それまでの関係がぎくしゃくし始めたとみられている」
少し説明が必要である。1999年に日産はルノーから6430億円の出資を受けるとともにゴーン氏らが経営陣に加わり再建を目指した。当時のルノーの日産株の持ち株比率は36.8%だったが、その後43.4%に引き上げられた。一方、日産はルノー株を15%保有している。
倒産さえ危ぶまれた日産を救済したのがルノーだったが、企業規模や保有する技術などを比較すると、日産の方が優位に立っているという思いが日産側には常にあった。両社のアライアンスが進み、業績が回復してくると日産側にはルノーに対し、日産の利益が大株主であるルノーに吸い取られているという思いが強くなっていった。
■ルノーの経営にとって日産はなくてはならない存在
最近ではルノーの純利益の半分程度は日産からの利益であり、ルノーの経営にとって日産はなくてはならない存在だった。
ルノー株の15%を持つ大株主であるフランス政府は徐々に日産とルノーを統合させて、ルノーの経営を盤石にしたいと考えるようになり、2014年ごろから揺さぶりをかけ始めた。2015年には2年以上保有する株式の議決権を2倍にする「フロランジュ法」が制定され、フランス政府が30%の議決権を行使し、ルノーと日産の経営に強く関与する構えを見せた。
こうした動きにゴーン氏は日産の経営の独自性維持を主張した。日産にとってゴーン氏は盾の役割を演じていた。
■「2022年までにルノーと日産の統合を進める」という密約
ゴーン氏のルノーCEOの任期は2018年までだった。再びフランス政府が動き出した。今年の2月、フランス政府はゴーン氏に3つの条件を提示し、CEOの任期を2022年まで延長することを認めた。3つの条件とは以下の通りだ。
(2)ゴーン氏の後継者を育てる
(3)ルノーの中期計画を達成する
「密約」というのはこの3条件に加え、2022年までにルノーと日産の統合を進めるという内容だった、というのだ。
もしもそんな密約があるなら、当然日産は猛反発する。それまではフランス政府に対し日産の盾となっていたゴーン氏だったが、CEOの任期延長を勝ち取るためにフランス政府に譲歩したのではないかと西川氏らは疑心暗鬼に陥ったという見立てである。
先述した元メーカー役員の発言はこの頃からゴーン氏と西川社長ら日産経営陣との間の関係がぎくしゃくし始めたという解説だった。
■日産は仏政府への対抗策を経産省と協議していた
今年の春ごろからは日産側はフランス政府が統合に動き出した場合の対抗策について経産省と協議し始めた節がある。そういう動きが日産社内に浮上したときに、ゴーン氏らの不正をただそうとする内部通報があった。
この2つの動きが連動したものなのか、たまたま現場で有価証券報告書の処理などを担当していた正義感を持った社員が内部通報しただけなのかは不明である。
だが今回の事態の推移をみると、この2つの動きが結果的には相互に補完し合い、一気にゴーン氏を追い落とすという動きになったとはいえる。
捜査の行方が見定まらない段階で次を予測するのは難しい。ただ東京地検はゴーン氏らの個人的な刑事責任だけでなく、法人としての日産の責任を追及する方向のようだ。もしもそうなれば、ゴーン氏を追い落とし、フランス政府の介入を防ごうとした経営陣らも責任を取らざるを得ず、今後の経営に主導権を持つことは難しい。
■今後の体制づくりを主導するのは経産省OBの豊田氏か
ゴーン氏なき後の日産の経営体制がどう形成されるかは見通せない。ただ西川社長は19日の記者会見で今後のガバナンス体制について独立社外取締役らが中心となる第3者委員会で検討すると語った。
独立社外取締役は過去にルノーで働いたことのある人物と元経産審議官の豊田正和氏、レーサーの井原慶子氏の3人だ。すでに日産は経産省と連絡を取っているとみられ、今後の体制づくりを主導するのは経産省OBの豊田氏であろう。
一方、ルノー側の動きも不透明だ。ルノーの取締役会は20日、ゴーン氏の解任を先送りし、フィリップ・ラガイエット独立取締役を暫定会長に、ナンバー2のティエリー・ボロレCOOを暫定副CEOに据え、事態の推移を見守る姿勢を見せた。
起訴もされていない段階で「解任まではできぬ」という判断だったのだろう。また捜査の進展で事件の核心がどこにあるかが見えてこないと、日産経営陣との協議をするにしても誰と今後の話し合いをすればいいのかも分からない。
■日産の運命はもはや政府に握られつつある
日産の川口均専務執行役員は11月20日、首相官邸で菅義偉官房長官と面会し、現状を伝えた。官房長官に民間企業の役員が自社の経営状況について説明に行くのも異例である。そこまで日産は追い込まれているのかもしれない。
同じ日、世耕弘成経済産業相とルメール仏財務相は電話で協議し、共同声明を発表した。内容は「日仏両政府は両国の産業協力の偉大な象徴の1つであるルノー・日産連合を力強く支援することを再確認した」というものだった。
日産の運命はもはや政府に握られつつある。フランス政府の出方次第では、経産省に根強い「日の丸自動車メーカーを守る」という論理が前面に出てくるかもしれない。その場合は日仏政府の対立が激しくなるだろう。
■このまま時間を費やせば、19年間の再生努力は無になる
だが一方で、19年続いた日産とルノーの連携でプラットホームや部品の共通化は進み、グローバルな工場の連携体制も進んだ。自動運転などの技術開発の連携も深まっている。簡単には両社の関係を大きく変えることができない現実もある。
東京地検の動き、フランス政府の動き、日産社内の動き、経産省の思惑……。複雑な連立方程式をどう解いていくのか。短時間に解ける問題ではなさそうだ。
世界の自動車産業は電動化と自動運転などの進展で激しく、スピード感ある変化が起きている。そんな状況下で世界最大級の規模を誇る日産、ルノー、三菱自動車のグループだけが、経営体制が明確にならないまま時間を費やせば、競争力を大きく損なうのは目に見えている。19年間の再生努力を今回の事態は無にしかねない。
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Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立、フリー記者に。日本記者クラブ企画委員。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。
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(Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之 写真=時事通信フォト)
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