「生きづらい女性」はADHDを疑うべきだ
プレジデントオンライン / 2018年12月4日 9時15分
※本稿は、中島美鈴『もしかして、私、大人のADHD?』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■見過ごされる女性のADHD
ADHD(注意欠陥/多動性障害)の子どもの有病率は約5%で成人の倍以上ですが、男女比では男性が圧倒的に多い数字となっています。
これは、女の子に比べ、男の子のADHDは、多動性や衝動性からくる粗暴な態度に親が問題意識を持ち、病院で診察を受けることが多いからではないかと分析されています。また、診断基準もこうした背景から男性を基準に作成されたものだからだという指摘もあります(ケスラーら『The prevalence and correlates of adult ADHD in the United States:Results from the national comorbidity survey replication.』、2006年)。
近年の研究で、大人になってからも50%以上はADHDの症状が残っていることがわかり、成人でADHDを疑って受診する人は増えていますが、第3章で詳しく解説する精神疾患を診断する際に使用されているDSM‐5(『アメリカ精神医学会による精神疾患の診断と統計のマニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)』最新版2013年)によれば、成人での男女比でも男性の比率が0.4ポイント減になった程度で、やはり男性の方が多い数字になっています。その他の有病率の性差の研究では、成人の男女比が1:1という報告もありますが、男性の割合を女性が上回る結果は見られていません。
■「変わった子」で済まされてきた
しかし、2010年以降に行われた世界中の成人ADHDの人を対象にした治療研究では、参加者の7~8割が女性でした。成人における有病率の性差は、まだ一致した調査結果が出ていませんが、成人女性には、ADHDであったとしても未受診の状態の人がかなり多く潜在しているのではないかと推測されます。
幼年期の女の子のADHDは、絶えず目の前の集中すべきことではなく、ほかのことを空想しているとか、おしゃべりといった別の表現型をとることも多く、診断基準でも拾い上げにくいといった指摘もあります。そのため、「ちょっと変わった子」で済まされてしまい、見過ごされてきただけだとすると、この男女比もこれまでとは異なる数値が出てくるようになるのではないかと考えられます。
■「私は、ほかの子と違う」
ミサさんは、小さいときから「私は、ほかの子と違う」という思いを抱えて過ごしてきました。
小学生のころのミサさんは、ほかの女の子が身の周りをきれいに整えていて、忘れ物もなくきちんとしているのに、自分だけがいつもプリントをなくし、ハンカチを忘れてしまいます。授業は退屈でたまらず、教室の中を歩き回ることはしませんが、いつも頭の中は空想でいっぱいでした。もしもこうだったら、ああだったら、と頭の中を常に忙しくしていないと、じっと座っていられませんでした。
当時は、みんなそんなものだと思っていましたが、大人になってから周囲に聞いてみると、そんなに四六時中いろいろ考えごとをしていないと気が済まないのは自分くらいでした。
中学生のときに家庭訪問に来た担任の先生が、家でのミサさんと学校でのミサさんの姿があまりに違うことに驚いたのだそうです。ミサさんの部屋は、足の踏み場もないほど散らかっていました。ミサさんはそのことでよく母親に叱られていましたが、結局、部屋を片づけるのは母親で、学校への提出物は、心配した母親が毎日、口酸っぱく注意をし、鞄の中を点検していてくれたおかげで遅れずに提出できていました。
生活態度を親から注意されても、なかなか改善できず、いつも「言っても身につかない」とあきれられていました。学校の成績は優秀で、大きな問題を起こすことはありませんでしたが、学生時代のミサさんは、「社会人になるのが怖い」と思っていました。
■危機感への共感を得られない
実際、ミサさんは社会人になってからも、自分ひとりで朝起きて、支度をして、決められた時間までに出社するということが非常に苦手でした。これは大学生になったときに初めて実感したことですが、これまでは親元で暮らしていたので、そうしたことが明るみに出なかっただけであり、ミサさんは生活のリズムに大きな問題を抱えていました。
仕事に対しても、同じことの繰り返しで飽きてしまうのではないか、うんざりして辞めたくなるのではないかと心配していました。ミサさんは学生時代にアルバイトをいくつか経験しましたが、どのアルバイトも1カ月もすると、行く前にどうしようもないくらい気分がどんよりして、やる気が起きず、どれもあまり長続きしませんでした。
結婚は、もっと心配でした。今だって朝ご飯も食べずにバタバタと飛び起きて仕事に出かけているのに、家族のために毎朝ご飯をつくることができるとはとても考えられなかったと言います。ただでさえ絶対無理と思っていることが、一生続くと思っただけでめまいがしそうでした。
■女の子のADHDが見過ごされやすかった理由
ところが、こうした心配事を女友達に話してもあまりピンときてもらえませんでした。「そのうち慣れるんじゃないかな」とか、「完璧にできなくていいのよ」などと慰めてはくれるのですが、ミサさんと同じような危機感を持っている人はおらず、共感を得ることはできませんでした。
ミサさんのような経緯を辿っていると、普通の人に比べて漠然と生きづらいと感じる人は多いと思うのですが、だからといって精神科を受診しようというところまでに思い至るかというと、決してそんなことはありません。
最近、増えているのは、子どもの発達相談に来た親が、子どもの診断を通じて、自分もADHDかもしれないと気づく現象です。
今の子育て世代の親が子どものころは、ADHDはまだ社会的に広く認知されていませんでした。多少は知られていたとしても、そういう子どもは授業中に教室の内外を歩きまわって、先生の言うことを聞かないなど、軽めの問題行動と見なされていた時代です。ミサさんの幼少期のように、表立って行動に現れない多動は、外見では判別できないために問題視されてきませんでした。そのため、女の子のADHDは見逃されやすい傾向にあったのではないかと言われています。
私のところに相談に来られた女性の成人ADHDの人は、こうおっしゃっていました。
子どもが生まれるまでは、世間から見れば何とかなっていたんです。でも、もう手に負えなくなりました。こんなの初めて。
障害がない人にはなかなか理解しづらいことかもしれませんが、ADHDの人が抱えている様々な生活上の困難というものは、本人のちょっとした気づきや精神力だけで埋められるものではありません。症状を放っておいたら「できないこと」を、社会生活に支障をきたさないように工夫して過ごしてきたということは、物事の理解力やアイデア、行動力など、別の高い能力を発揮してカバーしてきたということを意味します。
育児はADHDではない人にとっても大変なことです。ただでさえ、自分の生活をまわしていくことにアップアップしているところに、子育てというさらに大きなミッションが加わるわけですから、「手に負えない」という言葉が出ても不思議ではありません。
■ADHDの診断は生きづらさを軽減する第一歩
しかし、こうした頑張りや危機感は、障害がない人にはなかなか理解してもらえないことが多いのです。ミサさんの例のように、同性で同年代であっても、ADHDという障害の理解が進まないと、気力や活力、気分の問題として見逃されてしまいがちです。
そうした意味で、ADHDの周知が進む今の潮流は、これまで見逃されてきた事態を確実に変えつつあると思います。
ADHDについて、「昔はこうした人たちを診断してレッテルを貼ることはなかったのに、どうして今になってレッテルを貼ろうとするんだ?」という批判もあります。
しかし、これまでADHDと診断されずに生きてきた人たちは、自分は周りとは違う、どうして、みんなみたいにちゃんとできないんだろうと自分を責め続けることしかできませんでした。そのために、就職や結婚を「手の届かない夢」とあきらめてしまうことが多々あったと想像できます。自尊心が傷つくだけで人生が終わってしまうなんて、悲しいことではないでしょうか。
ADHDの人たちは、生きてきた年数分だけ、周りとの違和感、生きづらさを十分体感してきています。診断を受けることは、これまで医学が積み重ねてきた知見に基づく治療や対応方法を得ることであり、違和感や生きづらさを軽減していく第一歩になるのです。
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臨床心理士
1978年福岡県生まれ。専門は認知行動療法。2001年、広島大学大学院教育学研究科修了。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部などの勤務を経て、現在は九州大学大学院人間環境学府博士後期課程に在学中。福岡保護観察所などで薬物依存や性犯罪加害者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。著書に『悩み・不安・怒りを小さくするレッスン』(光文社新書)、『私らしさよ、こんにちは』(星和書店)、共著に『ADHDタイプの大人のための時間管理ワークブック』(星和書店)などがある。
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(臨床心理士 中島 美鈴 写真=iStock.com)
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