BTSのナチ風衣装を叩く人こそ危険なワケ
プレジデントオンライン / 2018年12月6日 9時15分
■ナチスの意匠はなぜ愛好され続けるのか
ナチス・ドイツの意匠があらためて注目を集めている。
先日のBTSの騒動については、繰り返すまでもないだろう。メンバーのひとりが過去にかぎ十字などナチスのマークをあしらった帽子をかぶっていたとして、所属事務所が謝罪に追い込まれたというものだ。
2016年に、欅坂46の「ナチス風衣装」が話題になったことも記憶に新しい。こちらは、ナチスのマークそのものではなかったものの、やはり同じように所属事務所が謝罪するに至った。
もっとさかのぼれば、2011年に氣志團がテレビ番組で「ナチス風衣装」を着たことや、2005年に英国のヘンリー王子が仮装パーティーでかぎ十字の腕章を着けたことなども挙げられる。こうした事例は、群小のものを含めば、枚挙にいとまがない。
ナチスの意匠は叩かれているのに、なぜかくも愛好され続けるのだろうか。そこには、ナチスのプロパガンダだけが持つ「危険な魅力」があるのだろうか。
■プロパガンダの効果は測定が難しい
漆黒の制服。ワシとドクロのマークに、かぎ十字。鮮烈な赤地の腕章。ルーン文字の「SS」。右手を高く掲げて、「ハイル・ヒトラー!」。そしてグースステップの一糸乱れぬ行進――。
このようなナチスの意匠や様式は、俗に「かっこいい」「美しい」「洗練されている」などといわれる。そしてだからこそ、かつてナチスのプロパガンダは猛威を振るったのだとしばしば指摘される。だが、それは本当だろうか。
そもそもプロパガンダの効果は、測定がきわめてむずかしい。現在の選挙を考えると、すぐにそれがわかる。社会は日々動き、さまざまな要因が複雑に絡み合いながら、変化していく。そのなかで、どれがCMの効果で、どれがフェイクニュースの効果で、どれが経済や政治制度の影響でと、正確に腑分けすることなどできない。
■ナチスのプロパガンダ神話に踊らされている
そのため、プロパガンダの危険性については常に腰の引けた言い方とならざるをえない。「それは、効果があるかもしれない。しかし、ないかもしれない。ただ、あるとすれば問題である(だから、対策を考えなければならない)」と。歴史上のこととなれば、なおのことそうだ。
それに加え、ナチスの場合厄介なのは、ナチス自身がみずからのプロパガンダを誇示したことだ。「われわれは、プロパガンダで勝利した」。その宣言自体がプロパガンダの一種だった。
ヒトラーは1933年1月に首相に就任したが、それは保守派との政治的な駆け引きに成功したからであって、巧みなプロパガンダで国会の過半数を掌握したからではなかった。有名な宣伝省が設置され、潤沢な国家予算が投じられるようになったのは、同年3月以降である。
つまり、ナチスのプロパガンダを安易に評価すること自体が、実はナチスのプロパガンダ神話に踊らされている可能性があるわけだ。
■親衛隊(SS)の制服が愛好される理由
むしろ今日のナチス的意匠の愛好は、サブカルチャーの文脈で理解されるべきだろう。
さきほど漆黒の制服などの、ナチス的意匠の特徴をあげた。だがそれは主に、ナチスの準軍事組織である親衛隊(SS)の制服の特徴だった。
なぜ親衛隊ばかりが注目されるのか。ナチスにはさまざまな組織が存在し、それぞれ制服が定められていたにもかかわらず。親衛隊の制服が特段優れていたからだろうか。そうとは言い切れない。
その理由は、以下のように考えたほうが整合性がつく。
第二次大戦後の世界において、ナチスは、わかりやすい「悪の標準器」となった。価値相対主義が広がり、「正しい」とは何なのかさえ疑われるなかで、ナチスは「これだけは絶対にダメ」という、揺るぎない基準として君臨し続けた。
そのなかでも親衛隊は、(ヒトラーを除けば)もっとも典型的な存在だった。というのも、秘密警察や強制収容所など、ナチスの負の部分の多くを担ったからである。まさにナチスの象徴、悪のなかの悪。それが親衛隊だった。
■批判されるほど価値が高まるナチス的意匠
このナチス=親衛隊=絶対悪のイメージは、ドキュメンタリーや映画などによって広められ、それに影響を受けた者によってまた広められ……と繰り返されるなかで強化されていった。そして、常識や良識を逆なでしたい、社会に反抗したいという、サブカルチャー的な感性を痛く刺激する「魅力的な」存在へと成長した。
この「悪の標準器」には、一般的な批判が通用しない。なぜなら、批判されればされるほど、その価値はむしろ高まるからである。
世を騒がせるナチス的意匠の多くは、こうした分脈で理解されるべきであって、レイシストや歴史修正主義などとの批判は、かならずしも的を射ていない。
■問題は意匠そのものではなく「使われ方」
インターネット以前の社会では、このようなナチス的意匠を愛好するサブカルチャーも大目に見られていたところがあった。今日のように情報が容易に拡散しなかったことも大きい。だが、もはやそのような呑気な時代は終わった。
グローバルな市場で勝負するアーティストたちは、よほど表現したいものがそこにない限り、これ以上ナチス的意匠を用いないほうが無難だろう。所属事務所は、こうしたシンボルやマークについて、事前にチェックする仕組みを作ったほうがいい。
ただ、このような振る舞いは企業や集団の炎上対策にすぎない。個人としては、その先をもう少し考えておきたい。
ナチスの意匠は、そもそもなにが問題なのか。意匠そのものが直ちに有害というわけではない(歴史的な経緯から不愉快に思う人はいるだろうが)。それよりも、問題はその使われ方である。
■機械的に排除しても繰り返される
ナチスの意匠は、「権威への服従」と「集団行動」を効率的に結びつけることにたけている。みんなで同じ服を着て、みんなで指導者に服従し、みんなで同じスローガンを叫び、みんなで敵を攻撃する。「言われたからやっているだけ」「みんなもやっている」。人はこうすることで、責任感から解放され、欲望のまま過激な行動に走ってしまう。
甲南大学教授の田野大輔は、「ファシズムの体験学習」の成果を踏まえて、「ファシズムが上からの強制性と下からの自発性の結びつきによって生じる『責任からの解放』の産物だ」と指摘している。
ナチスの意匠は、このように使われるからこそ問題なのであって、AIのように単に機械的に排除すれば済むわけではない。それでは別の意匠によって、同じことが行われてしまうだけだろう。
■独立した個人として考えることこそが反ファシズム的
実際、昨今そのような事例が散見される。たとえば、SNSでインフルエンサーが「あいつを叩け!」といえば、そのフォロワーが一斉に襲いかかる。その大義名分は「レイシスト」でも「反日」でも構わない。自分たちは正義なのだから、いくら叩いてもよい――。かくてその言動は、際限なく過激化していく。
今回のBTSにせよ、前回の欅坂46にせよ、そのバッシングには明らかにこのようなものが混じっていた。サブカルチャーにおける痛々しいナチス的意匠の愛好よりも、こちらのほうがはるかに危険ではないか。
ナチスが現在も「悪の標準器」であることは変わらない。今後もその意匠は絶えず使われ続けるだろう。だからこそ、個人としては、記号に脊髄反射するのではなく、その使われ方に注目し、ひとつずつ判断していきたい。
というのも、集団や党派に依拠せず、独立した個人として考え、判断することこそ、「言われたからやっているだけ」「みんなもやっている」からもっとも遠く、それゆえに「責任からの解放」からも無縁でいられる、本当の意味で反ファシズム的なあり方だと考えられるからである。
※参考文献
佐藤卓己(編)『ヒトラーの呪縛 日本ナチカル研究序説』上下巻、中公文庫、2015年。
田野大輔「ファシズムは楽しい? 集団行動の危険な魅力を考える」『imidas』、2018年。
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作家・近現代史研究者
1984年大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒、同大学院文学研究科中退。現在、政治と文化芸術の関係を主な執筆テーマとしている。著書に『空気の検閲』(光文社新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)など多数。
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(作家・近現代史研究者 辻田 真佐憲 写真=AFP/時事通信フォト)
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