松下幸之助の本を読む人が"富"を得る理由
プレジデントオンライン / 2018年12月26日 9時15分
――松下幸之助とは何者か
【松本】僕の年代にしたら幸之助さんは神様のような存在です。小学校の頃、将来大人になったらどんな人になりたいかと聞かれるといつも、「松下幸之助」と答えていました。口癖は「ナショナル(現パナソニック)で働きたい」でした。
その頃、幸之助さんは戦後復興で需要が急増した家庭電化製品をつくる大会社の経営者としてすでに有名でしたし、高額所得者の常連でした。僕らにとっては本当に憧れの存在でした。何せ、当時から全国に“街の電器屋さん”が加盟する日本で最初の系列店「ナショナルショップ」のネットワークが張り巡らされ始めていましたから、その経営手腕のすごさは子どもにもなんとなくわかったのです。そのショップの数は、ピーク時には約5万店だったともいわれています。その規模のすごさは、現在のセブン-イレブンの約2万店をはるかにしのぐ数だということからもわかります。ブラウン管テレビ、洗濯機、冷蔵庫……日本人が欲しがる魅力的な家電の数々を世の中に送り出し、人々の暮らしにイノベーションを起こした幸之助さんは、「神様」そのものでした。
【小宮】松下電器産業を創業した松下幸之助さんは、20世紀に日本で最も成功した実業家です。経営において最も大切なのは「企業のビジョン、理念」。その中核をなすのは、企業の存在意義、つまり「目的」です。あのピーター・ドラッカーも「事業の定義はその目的からスタートしなければならない」と言っています。
松下さんは、自社が何のために存在しているかという意義を明確に認識した年(1932年)を「命知元年」として創業記念式典まで行いました。創業から14年も経っていましたが、それだけ自社の存在意義や事業のあるべき姿がわかったことが松下さんにはインパクトが強かったということでしょう。松下さんは企業経営において、「働く姿勢」というものをとても大切にされていました。そうした経営の基本中の基本を体系化して、社員に実践させた日本を代表する大経営者であると思っています。
――初めて読んだときの印象
【松本】『道をひらく』との出合いは、大学院を卒業して入社した伊藤忠商事時代でした。入社数年後の30歳頃だったと思います。ちょうどこの本が売り出されていて、書店で手に取りました。24歳で社会人になって、会社の先輩を見ていると、課長は部長に、部長は本部長に、本部長は常務に、ゴマをすっている(笑)。どうやら社長になることが一番楽しいのだなと悟り、仕事の前後によく勉強しました。
大学は経営とは関係ない農学部出身。まずは自分の「インフラ」をつくろうと、最初に法律と財務・会計と英語、学校に行く時間がないから、本を読んでこの3つを重点的に学びました。『道をひらく』もそうした社長修業期間に読んだ本のひとつです。ページをめくって読み進めると経営者のあるべき姿、人としてあるべき姿を教えていただいていると感じました。経営というものに真剣に打ち込んでいる方の最終的な着地点はこうした普遍的な真理になるのだと。
それに引き換え、幸之助さんと対比するのは酷ですが、最近の若手の経営者はどうしても俗世間的な世界に目が向いてしまうようです(笑)。少し業績がいいと飲んだり食ったり、ゴルフ、パーティーなどに遊びに出かけたり。いろんな人との交流は悪いことではないけれど、どうも人間追求の精神が不足し、会社の経営というものに対する責任感が低いと感じることもあります。
顧客、取引先、社員、社員の家族、投資家、株主……。そうした人々に対する責任を背負っているという自覚をきちんと持つことが、経営者の必要条件。ちゃらんぽらんに経営して、自分の快楽ばかりを追いかけている人は心を入れ替えるためにも、この『道をひらく』を読むべきだと思います。
【小宮】新卒で入社した東京銀行(現三菱UFJ銀行)から、ある経営コンサルティング企業に転職したタイミングで、『道をひらく』を初めて読みました。職場を変えて、銀行という「看板」なしに生きていこうと決心した私は「生き方の指針」「バックボーン」を身につけなければいけないという気持ちが大きかったのです。東京銀行の新人時代、松下さんの『社員心得帖』を読んで、働き方の根本のようなものに触れたという印象を持っていたので、もっと松下さんの考えを知りたいと感じたのです。東京銀行時代の20代の頃、上司との関係で悩んだことがあり、思想家・安岡正篤さんの『論語の活学』(プレジデント社)などを読みました。松下さんの考えはその論語にも通じる哲学を感じました。転職のときだけでなく、自分の会社を設立してからもこの本は私のバイブル的存在であり続けています。
――ランキングで1位になった要因
【松本】『道をひらく』はすぐに役に立つビジネススキルや知識を覚えるための本ではありません。いくら世の中が変わっても変えてはいけない「生き方」を学ぶ本です。例えば、直面した困難をどう乗り越えるか。自分と合わない人といかに接するべきか。人生の中で誰もが迎える試練やトラブルでの気持ちの持ち方や不変の価値観。そうしたいつの時代も決して変えてはいけないものを『道をひらく』は教えてくれるのです。
RIZAPのCOOになってまだ3カ月しか経ってないから、ここの社員には言わないけれど、2018年の6月まで会長兼CEOを務めていたカルビーの社員には「本を読みなさい」と口を酸っぱくして言っていました。月に1回、全国各地の社員向けに勉強会を開いて、その場で僕が繰り返し言っていたのは、第1に「本を買え!」、第2に「どんな本も30ページは読め!」、第3に「面白かったら全部読め、つまらなかったら即捨てろ!」。本は高くても1冊数千円と安い。安いのに、読めば、何かが学べる。これほどコストパフォーマンスのいい自己投資はありません。たくさんの書物に触れる中で、『道をひらく』のような永久保存版にしたくなる「当たり」の作品との出合いも出てくるのです。
【小宮】『道をひらく』の考え方は、2000年以上前に書かれた『論語』や、儒教・仏教の考え方が根底にあります。論語が不変であるように『道をひらく』の価値も色あせません。そのことが「1位」の最大の理由でしょう。ずいぶん昔の本なので、時代錯誤になっている部分もあるのではないか、と考える人もいますが、時代を経ても「原理原則」は同じです。
トルストイの『アンナ・カレーニナ』の冒頭の一節に「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」とあります。経営コンサルタントとして多くの企業を見ていると、成功する人には3つの共通項があることに気づきます。それは「前向きである」「利他心がある」「素直に自分をきちんと反省する」。ごく当たり前なことに感じますが、これができない人が多いのです。でも、『道をひらく』を読むことで、そのエッセンスを身につけることができます。
――どのような場面で役に立つか
【松本】『道をひらく』には幸之助さんの言葉が全121篇に収められています。一篇一篇に共感・共鳴でき、とても味わい深いです。例えば、「なぜ」というタイトルの項目。子どもは、心が素直でいつも一生懸命。わからないことがあると熱心に「なぜ」と何度も問う。それを聞いて物事の本質にいきつき日一日と成長してゆく……。幸之助さんは、その「なぜ」を大人もすべきであり、そうした姿勢が繁栄につながると書いています。
僕も昔から、この「なぜ」をよく使います。社員から業績に関する報告などを受けたとします。その「結果」に対して、「なぜ、そうなるの?」とその社員に聞きます。返ってきた答えに、再び「それはどうして?」と問い、その返答にさらにもう1回。最低3回は聞かないと、事実が見えない。僕の「なぜ」と聞く癖は、おそらくこの本の影響でしょう。幸之助さんが言うように、子どもは何にもとらわれませんし、変な思い込みや固定観念もない。だから、こんなことを聞いたら恥ずかしい、バカだと思われるのは嫌といった気持ちもない。遠慮なく聞くから学びも多いのです。
一方、多くのビジネスパーソンは「なぜ」と聞くことに躊躇する。かといって、本当によくわかっているかといえば、わかっていない。知ったかぶりをせず、あえて「なぜ」と問うべきことは仕事上いくらでもあります。それを怠ると《きょうはきのうの如く、あすもきょうの如く、十年一日の如き形式に堕したとき、その人の進歩はとまる》と幸之助さんは書いています。何歳になっても「なぜ」の精神こそが成長の糧なのです。
【小宮】私が、現場で働くビジネスパーソンに読んでほしい篇は、「勤勉の徳」です。内容は、そのタイトルの文言の通り、勤勉のすすめです。何かが起きれば、巨万の富を築いていても形あるものはいつか滅びる。けれども、生ある限り、自分に身についた「技」や「習慣」は失われない。そのために常に勤勉であれ、と松下さんは説いています。不断の努力の積み重ねで「徳」が生まれると。多くの読者はこの考えに納得するでしょう。
しかし、「勤勉の徳」とは何か。私は、この篇の肝は、この一文にあると思っています。
《勤勉は喜びを生み、信用を生み、そして富を生む》
現代のビジネスパーソンや若い経営者は、勤勉さの実践の向こう側に「富」を見ていることが多いと感じます。自分が懸命に働くことは、「収入」につながると。
それは間違いではありませんが、収入や富は、あくまで最後の最後にもらえるご褒美なのです。大事なのはまず働くことの喜びを知ること。仕事が楽しくない人で成功した人を私は知りません。働く喜びを知り、そのことで顧客や会社の仲間にも喜んでもらう。信用が生まれる。そうしたプロセスを経て、「収入」「富」が自分にやってくる。今の人は、働けば稼げる、稼ぐために働く。そうした短絡思考は「徳」につながらないと感じます。
――読書とは何か
【松本】僕は、基本的に本は読み終えたら捨てます。でも、絶対に捨てられない本もあるので、自宅の書棚に「繰り返し読みたくなる本」だけを保存しています。『道をひらく』もその中の一冊。
この本は、仕事で悩みを抱え、その糸口を探そうとして読むわけではありません。書棚の前に立って、なんとなく気になって、パッと開いて読むんです。すると、「ああ、そうだったな」と幸之助さんの考えに改めて共感したり、自分を戒めたり、逆に励まされたりする、数少ない僕の座右の書と言えるでしょう。
書棚の他のラインナップは作家で言えば、司馬遼太郎、山崎豊子、浅田次郎、フィリップ・コトラーの作品の一部。あと漫画の『じゃりン子チエ』。僕ね、この漫画大好きなの(笑)。
普段、僕はたいてい本を20冊くらい並行して読んでいますが、前述したように、読んだら処分します。なぜ、そうするか。捨てるつもりでないと真面目に読まないし、頭に叩き込めないから。「1回きり」という覚悟が必要なんです。1度読んで書棚に置くという貧乏根性だと、読み方が甘くなります。捨てた本でも、後になってまた読みたくなったら、また買えばいい。
【小宮】出張の日以外は、毎晩欠かさずに『道をひらく』を読んでいます。夜、自宅の部屋のデスクで日記を書き、2~3篇を読む。所要時間は2~3分。それがここ27年の私の就寝前のルーティンです。1ページ前から順に読んでいきます。
さすがに暗唱するまではいきませんが、講演などをする際、聴衆に語りかけることが多いのはこの本のエッセンス。何度も繰り返し読んでいるのに、不思議と毎回発見があります。自分が仕事の経験を積むと、「松下さんが書いていたことは、このことだったのか」と文章の深い意味を理解することも少なくありません。
私は多読家ではありません。月に数冊を、線を引きながら精読熟読し、気に入った本を繰り返し読むタイプです。平べったい知識はネットの情報で十分ですし、検索すればいくらでも欲しい情報は出てきます。しかし、講演やコメンテーターとして出演しているテレビ番組などでは、あらかじめ頭の中にインプットされている知識や理論しか披露できません。だからこそ、『道をひらく』を含む貴重な一冊一冊の本の中身を、頭に入るまで熟読する必要があるのです。
孫 正義
ソフトバンクグループ会長兼社長
松下幸之助を尊敬し、松下政経塾へ入塾しようとしたことがある。「(松下政経塾は)政治と経済と両方にらみ、世の中全体のことを考えたものだが、僕がやりたいのは、ソフトバンクグループの300年を本気で成長させたいということ。松下さんのほうがより高い次元の塾」。(CNETJapan、2010年7月29日)
青野慶久
サイボウズ社長
M&A(合併・買収)で大きな損失を出して「社長を辞めたい」と思ったとき、松下幸之助の本に救われた。「雷に打たれたようでした『真剣』という言葉を見た瞬間、そうか、私にはこれが足りなかったんだと腑に落ちた」。(日本経済新聞電子版セクション、2017年1月19日)
稲盛和夫
京セラ創業者
松下幸之助の講演を聞き、その思想を経営哲学に取り入れる。「今でもあの時の感動は忘れない。幸之助さんは、経営はまず思うことだ、といったのだと思う。ひたすら思い、力を尽くせば、大概はそのようになる。私の経営の原点だ」。(日経産業新聞、1988年4月8日)
石塚邦雄
三越伊勢丹ホールディングス特別顧問
社長になってから、松下幸之助の本をよく読むようになった。「成功したときは謙虚に『運がよかった』、失敗したら『原因は自分にある』と考えなさいと書いています。反省なくして進歩なしです。とかく『天気が悪かったから』とか他に原因を求めがちですが、たとえ不況でも『やり方しだい』だとクギを刺しています」。(日本経済新聞朝刊、2016年12月4日)
柳井 正
ファーストリテイリング会長兼社長
松下幸之助の本はほとんど読み、著書から経営を学んだと公言している。「幸之助の考えは古今東西、どこでも通じる。最終的には幸之助のように、ビジネスの考え方を誰にでもわかるよう本に残すぐらいにならないといけない」。(朝日新聞、2018年4月18日)
調査概要●2009年から2018年までのプレジデント誌で実施した読者調査(計5000人)に、今回新たに弊誌定期購読者、「プレジデントオンライン」メルマガ会員を対象にした調査(計5000人)を合算し、「読者1万人調査」とした。ランキングのポイント加算にあたっては、読者の1票を1ポイント、経営者・識者の1票は30ポイントとした。経営者・識者ポイントは、弊誌で過去に取材した経営者、識者の「座右の書・おすすめ本」と、今回取材先に実施したアンケートによるもの。続編やシリーズに分散した票は合算(例えば、『ビジョナリー カンパニー』に10票、『ビジョナリー カンパニー2』に20票入った場合は、『ビジョナリー カンパニー』に30票とした)。また、同一著者(例えば、稲盛和夫氏、司馬遼太郎氏、百田尚樹氏)による本は票数の多い書籍を「ランキング入り」としている。結果として、時代の流行などに左右されない良書が多数ランクインできたもようだ。
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RIZAPグループ 代表取締役COO
京都大学大学院修士課程修了後、伊藤忠商事入社。その後、ジョンソン・エンド・ジョンソン、カルビー会長兼CEOなどを経て現職。
小宮一慶(こみや・かずよし)
小宮コンサルタンツ 会長CEO
1957年生まれ。京都大学法学部卒業後、銀行勤務などを経て、96年に小宮コンサルタンツを設立。『社長の教科書』など著書多数。
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(ラディクールジャパン代表取締役会長CEO 松本 晃、小宮コンサルタンツ代表取締役会長CEO 小宮 一慶 構成=大塚常好 撮影=市来朋久、村上庄吾、榊 智朗 写真=時事通信フォト)
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