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80億の報酬を隠した"強欲ゴーン"の動機

プレジデントオンライン / 2018年11月29日 11時15分

2016年8月5日、ブラジル・リオデジャネイロのコパカバーナ海岸沿いを聖火ランナーとして走る日産自動車のカルロス・ゴーン社長(当時)。(写真=Nissan)

■2016年のリオ五輪では「聖火ランナー」も務めた

日産自動車のカルロス・ゴーン前会長(64)=11月22日の臨時取締役会で会長職解任=が逮捕され、11月29日で10日が経過する。これまでの新聞やテレビの報道によってゴーン氏のお金に対する執着がわかってきた。とことん日産を食い物にする彼の拝金主義のすさまじさには、沙鴎一歩も驚いた。

「私物化」の象徴ともいえるのは、ゴーン氏がオランダにある日産の子会社「ジーア社」に、ブラジルのリオデジャネイロとレバノンのベイルートで高級住宅を購入させ、その住宅を家族に使わせるなどしていたという疑いだ。

なぜ、ブラジルとレバノンなのか。ゴーン氏はブラジルで生まれ、幼少期から高校まではレバノンで生活している。この2つの国との関係が深いのだ。

ゴーン氏の自叙伝には「私はブラジル人であることを忘れたことはない。レバノンの文化や歴史も大切だ」との内容が記されている。とくにブラジルでは2016年のリオ五輪で聖火ランナーも務め、次期大統領選に出馬するとの噂まで流れた。蓄財の「動機」として、政界への出馬資金に充てようとしていたのではないか、という指摘もある。

■ヨットクラブの会員費や家族旅行の代金も出させた

これまでの報道を総合すると、オランダのジーア社は、日産が50億円超で設立した会社で、実体のないペーパーカンパニー2法人を通じて、2011年から翌年にかけてリオやベイルートの高級住宅を購入させていた。問題の2法人はいずれも「パナマ文書」などで問題にされたタックスヘイブン(租税回避地)に設立されていた。

住宅の購入費はリオが6億円で、ベイルートが15億円だった。この計21億円は、日産が投資名目で用意した。高級住宅はいずれもゴーン氏が私的に利用していたが、有価証券報告書にはゴーン氏の報酬としては記載されていなかった。

リオとベイルートだけではない。フランス・パリやアメリカ・ニューヨークでも同様に日産の資産を私物化していたとの疑惑が浮上している。

さらにデリバティブ取引で生じた損金を日産に負わせたほか、ヨットクラブの会員費や家族旅行の代金を出させたり、自分の姉にアドバイザー契約を結ばせたりして多額の資金を提供させていたという疑惑も報じられている。

これらの“私物化資産”は有価証券報告書に未記載だった。また日産の株価の上昇と連動した額の資金を受け取れるストック・アプリシエーション権(SAR)による報酬(4年間で40億円)も記載されていなかった。

■「後払い」という言い分は通らない

ゴーン氏の直接の逮捕容疑は、2011年3月期~2015年3月期の5年分の役員報酬について、半分の計50億円と偽って有価証券報告書に記載をしていたという金融商品取引法違反の疑いである。

報道によると、ゴーン氏は東京地検特捜部の取り調べに対し、「高額な報酬に対する批判を避けるため、報酬の半分を役員の退任後に受け取ることにしていた」という趣旨の供述をしているという。ゴーン氏は半分にした記載の事実は認め、役員報酬の個別開示制度がスタートした2010年から、毎年半分の10億円(5年で計50億円)と記載していたというのだ。要するに「後払い」で報酬を受ける予定なので記載する必要はなく、違法性はないとの主張だ。

しかし金融商品取引法は、役員報酬を退任後に受け取る場合でも、確定した受領額を各年度の有価証券報告書に記載しなければならないと定めている。

ゴーン氏は「受領額は確定していなかった」と犯意を否定しているというが、そもそも開示制度が始まった時点から記載報酬が半分になること自体が不自然だ。しかも後払いの50億円の報酬が確実に支払われるように「覚書」まで作っていたというから容疑は濃厚である。

なお2016年3月期~2018年3月期までの直近の3年分についても計30億円少なく記載していた疑いがあるという。これは逮捕容疑には含まれていない。結局、8年間で計80億円の過少記載となるが、新たな30億円の過少記載については逮捕からおよそ20日後の起訴後に追起訴されるだろう。

■より重い「実質犯」として立件する必要がある

今後、ゴーン氏の事件はどのような推移をたどるのか。事件の重大さを鑑みると、有価証券報告書に記入がないなどという「形式犯」ではなく、より重い「実質犯」として立件する必要があるだろう。

たとえば脱税(所得税法違反)罪だ。一般的に会社の資産を使っていた場合、会社からの報酬とみなされ、その会社が源泉徴収して税務署に申告するか、または個人が確定申告しなければならない。会社の資産の私物化は課税対象になる。

ゴーン氏は私物化した資産を公にはしていなかった。日産側もごく一部の幹部しか知らなかったという。私物化は逮捕後の新聞社やテレビ局の取材で分かってきたことだ。そこから考えると、ゴーン氏は税務当局に対し有価証券報告書に記載されている範囲内でしか申告していなかったとみられる。

未記載の計50億円(5年間)はゴーン氏が役員を辞めた後に支払われる約束になっていたというから、現時点ではこの50億円には課税されない。問題は私物化された資産である。

■「年間3分の2は海外」のゴーン氏は「日本の居住者」か

通常、個人が3年間で計1億円以上の所得を隠しているとみられた場合、国税当局は査察と呼ばれる強制捜索でたまり(隠し資産)を見つけ出し、脱税(所得税法違反)の罪で検察庁に告発する。

ただし脱税で立件するにはゴーン氏を日本の居住者と認定する必要がある。ゴーン氏の国籍はブラジルとみられ、年間3分の2を海外で生活したという。本当に課税ができるのか。国税当局はこれまで1年の半分以上を海外に滞在していた人物に課税したことがある。

脱税罪以外にも「実質犯」には特別背任罪や業務上横領罪がある。逮捕からおよそ20日後の勾留満期までに東京地検特捜部はどんな容疑でゴーン氏を再逮捕するか。当局の動きに注目だ。

■「日産の統治体制の異常さ」という指摘は遅すぎる

新聞の社説はどう書いているか。ゴーン氏が逮捕されたのは月曜日の11月19日。翌20日付の社説で取り上げたのはブロック紙の東京新聞(中日新聞東京本社発行)だけ。各紙は翌々日の21日付で一斉に書いた。それだけ各紙にとって「ゴーン逮捕」は寝耳に水だったわけだ。

24日付の日経新聞の社説はこう書き出している。

「日産自動車がカルロス・ゴーン容疑者を会長職から解任した。有価証券報告書の虚偽記載容疑でゴーン元会長本人が逮捕された現状を踏まえれば、解任は当然だが、企業統治の不全という日産の抱える問題がこれで消えるわけではない。透明性の高い経営の仕組みを早急に整える必要がある」
「世界中が驚いたゴーン容疑者の逮捕劇から5日がたち、改めて浮かび上がってきたのが日産の統治体制の異常さである」

「企業統治」を持ち出すのは、読者層に企業の幹部が多い日経らしい。事実、日経の記者は企業の大型合併などのスクープをものにしてきた。日産の内部事情やゴーン氏の「私物化」について通じていた記者はいなかったのだろうか。ゴーン氏が逮捕された段階で日産の統治体制を「異常」だと指摘するのは、日本の経済を専門にする新聞社としては遅すぎる。

■日経は「日産の体質」を大上段から問うべき

さらに日経社説は書く。

「ひとつは過度な権限の集中だ。ゴーン容疑者は日産の会長という執行の立場と、取締役会議長という執行部門を監督する立場、さらには日産の筆頭株主であるルノーの会長兼最高経営責任者(CEO)の3ポストを1人で占めた」
「同じ人間が執行と監督の双方を兼ねる体制が機能するわけはなく、ガバナンスの不備がトップの暴走を許す土壌となった」

他の新聞やテレビ局が指摘している内容と同じである。経済専門紙らしい主張をすべきだ。

続けてこうも書く。

「日産はこうした問題に早急にメスを入れ、外から見て分かりやすい統治体制を整える必要がある。そのためには独立した社外取締役の拡充が不可欠だろう。幹部人事や役員報酬の決定に客観性を持たせるために、指名委員会や報酬委員会の設置も急がれる」

「外から見て分かりやすい」とか「社外取締役の拡充」「指名委員会や報酬委員会の設置」など言い古された文言だ。経済紙として日産の体質を大上段から問うような主張をしてほしい。

■奇をてらって矛先をルノーに向けた産経新聞

「とくに今後は、日産株の4割超を握る筆頭株主、仏ルノーとの関係をどう位置づけるかが課題となる。そこでは日産の経営に大きな影響力を持ちながら、十分に監督できなかったルノーの責任も併せて問われなくてはならない」

「ゴーン会長解任 ルノーに責任はないのか」との見出しを掲げた11月23日付の産経新聞の社説(主張)だが、これも奇をてらって矛先をルノーに向けたのだろうが、ありきたりである。

産経社説は続けて「ルノーは日産の経営の重要事項に拒否権を発動できる筆頭株主であり、その経営を監督する責任がある。しかも今やルノーの利益の半分を日産が占めており、不正を見逃すわけにはいかなかったはずである」と指摘した後、こう主張している。

「何よりも優先すべきなのはルノーの責任を明確化し、同社の経営体制も抜本的に見直すことである。それを欠いたままでは、三菱自動車を含む3社連合の企業統治や法令順守は徹底できないと銘記すべきである」

「ルノーに経営を監督する責任がある」という指摘にしても、「ルノーの責任の明確化すべきだ」という主張も当然なことであり、日経社説と同じくパッとしない。残念である。

表面的な論考はもういらない。今後、日産やゴーン逮捕をテーマに社説を書くならば、「なぜゴーン氏が日産の私物化を進めることができたのか。日産はどうしてそれを許したのか」を解明し、事件の本質を深く捉えたものでなければ読者は納得しない。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=Nissan)

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