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作家百田尚樹の原点は「ナチ収容所の本」

プレジデントオンライン / 2019年1月23日 9時15分

■日本の戦後復興のために、一身を捧げた人たち

――2012年7月に出版された『海賊とよばれた男』はロングセラーとなり、上下巻の累計で450万部を突破、16年には映画化もされて大ヒットを飛ばした。そして今回、プレジデント誌の「総選挙・総合順位」でもトップ10にランクインを果たした。本書を執筆したきっかけについて、著者の百田尚樹さんは次のように語る。

直接のきっかけは、11年3月に起こった東日本大震災でした。08年のリーマン・ショックで日本経済が大打撃を受けたところへ、大震災が追い打ちをかけて日本全体が活気をなくし、自信も失っていました。

そんなとき、「日章丸事件」のことを思い出したのです。1953年にイランが石油を国有化し、その石油を出光興産が自前のタンカー「日章丸」で日本に輸入した事件。一民間企業が、イランの石油の所有権を主張する英国の政治的な圧力をはね返し、石油不足に悩む日本国民のために断行したのです。しかも、出光興産の勇気ある行動を、心ある一部の官僚や銀行家が、自分たちのクビをかけて支援したのです。

僕は震災前、知り合いの放送作家に教えてもらうまで、事件のことは全く知りませんでした。日本の戦後復興のために、一身を捧げた人たちがいたことを知り、大きな衝撃を受けました。そして、震災直後のいまだからこそ、日章丸事件のことを書く意味があるのではないか、多くの日本人が自信を取り戻すのではないかと考えたわけです。

――百田さんは原稿の執筆が速いことでつとに知られている。文庫本で約900ページにも及ぶ本書の執筆も驚異的なスピードで進んだが、書き進めるうちにある思いに突き動かされ、一心不乱に取り組んだという。

確かに日章丸事件をテーマにするつもりで、資料を読みながら小説を書いていました。しかし、書き進めるうちに出光興産の創業者であり、日章丸の指揮を執った出光佐三の偉大さに気づいて、日章丸事件も含めた、出光の人生を描くことに方針を転換したのです。

出光は一生涯、「事業の目的は世のため、人のため」という経営理念を貫いた希有な実業家です。「社員は家族」と言い切り、終戦時に経営破たんの危機に瀕したときでさえ、1人の社員のクビも切りませんでした。

そうした出光の人間的な魅力に取りつかれたせいか毎日10時間、長いときは15時間も机にかじり付きました。第1稿は原稿用紙で約1400枚分あって、それを2カ月で書き上げ、その後4カ月かけて書き直したのです。本書が総合順位の10位になったのは、出光佐三の魅力が皆さんにもわかってもらえたからではないでしょうか。

■強烈な印象が残った『夜と霧』

――関連書籍を含めて500万部超の大ベストセラーとなったデビュー作の『永遠の0』、130万部を突破した『モンスター』など、百田さんの作品は経済小説、ミステリーなど多岐にわたる。どれも緻密な調査に基づき、読み手はそのリアリティー溢れる世界に引き込まれていく。だが意外なことに「20代初めまでほとんど本を読まなかった」という。

作家 百田尚樹氏

実は、10代から20代初めまでほとんど本を読みませんでした。しかし、放送作家になってから周囲を見ると、一緒に仕事をしている人たちは、みんな本をよく読んでいたんです。それに刺激されて、20代初めから30代初めまで、年300冊くらいのペースでいろいろなジャンルの本を読破しました。

ただし、10代に読んだ数少ない本のなかで強烈な印象が残った本が、16歳のときに読んだヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』。オーストリアのユダヤ人精神科医が、ナチスの強制収容所での過酷な体験を回想したものです。「人間はどんな絶望的な状況でも、希望を失わず、生き続けられる存在なのだ」ということを知りました。

――その『夜と霧』を読んだことで生じた1つの思いが、これまでの百田さんの数々の作品に貫かれている。そしてその思いこそが、百田さんが読者に一番訴えたいことなのだという。

「生きることの肯定」――。これが小説も含めた芸術の存在意義だと、僕は考えています。つまり、勇気を持って人生に立ち向かうことを鼓舞するのが、芸術の真の目的なのです。ところが、日本では人生を否定するような内容の小説を書き、しかも自ら命を絶ってしまう有名作家が多い。

僕が『永遠の0』を書いたのは、親の世代から聞いた戦争体験を書き残しておくことが、自分たちの世代の役割だと考えたから。そして何よりも、戦闘機パイロットでありながら、命の大切さを訴える主人公の宮部久蔵の生きざまを通して、生きることの肯定を伝えたかったのです。

どんな人間でも、人生は山あり谷ありです。楽しいことばかりではなく、もがき苦しむこともある。でも、だからこそ人生には価値があるし、生きることは面白い。ビジネスパーソンの皆さんも、たとえ仕事がうまくいかないときがあっても、それをバネにして、人生を謳歌してほしいのです。

――百田さんは「日本史」に関する書籍を2018年秋に出す(※編註:取材後、18年11月に『日本国紀』が発売された)。数々のベストセラーを世に送り出してきた百田さんですら「本が売れない時代だ」と嘆く。

いまの世の中には、TVにDVD、さらにはスマートフォンなどがどんどん出てきて、現代人の限られた余暇時間を奪い合っています。そうしたなかで、読書の時間が減ってしまうのは、ある意味で致し方ない。

しかし、本にはそれらと大きく異なる点があります。本を読むのには自らが能動的に文字と格闘し、頭をフル回転させる必要がある点です。論理的な思考力を鍛え、脳を活性化するのに、とても役立ちます。もしこのまま日本人が本を読まなくなれば、日本人の思考力は衰退して、ひいては国が滅んでしまう。そうならないためにも、皆さんには一冊でも多くの本を手に取ってもらいたいですね。

▼百田尚樹さんの主な作品
『永遠の0』2006年8月 太田出版/講談社文庫
『ボックス!』2008年6月 太田出版/講談社文庫
『風の中のマリア』2009年3月 講談社/講談社文庫
『モンスター』2010年3月 幻冬舎/幻冬舎文庫
『影法師』2010年5月 講談社/講談社文庫
『幸福な生活』2011年5月 祥伝社/祥伝社文庫
『プリズム』2011年10月 幻冬舎/幻冬舎文庫
『海賊とよばれた男』2012年7月 講談社/講談社文庫
『夢を売る男』2013年2月 太田出版/幻冬舎文庫
『フォルトゥナの瞳』2014年9月 新潮社/新潮文庫
『大放言』2015年8月 新潮新書
『カエルの楽園』2016年2月 新潮社/新潮文庫
『雑談力』2016年10月 PHP新書
『幻庵』2016年12月 文藝春秋
『戦争と平和』2017年8月 新潮新書
『逃げる力』2018年3月 PHP新書

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百田尚樹(ひゃくた・なおき)
1956年、大阪府生まれ。同志社大学中退。放送作家として人気番組「探偵! ナイトスクープ」などを構成する。2006年『永遠の0』で作家デビュー。13年『海賊とよばれた男』で第10回本屋大賞を受賞。

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(作家 百田 尚樹 構成=野澤正毅 撮影=熊谷武二)

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