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就活は余裕なのに"景気悪い"が口癖なワケ

プレジデントオンライン / 2018年12月5日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/taa22)

■就職先が見つからなくて悩む学生は減っている

近年、わが国では初任給が上昇傾向にある。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査(初任給)」によると、2018年の大学学部卒業者の初任給(男女計)は20万6700円となり前年から0.3%増加した。大学院修士課程修了者、高専および短大の卒業者、高校卒者ともに初任給は上昇傾向がみられる。その背景には、わが国の景気が緩やかに回復してきたことに加えて、人手不足が深刻化していることがある。

実際に就職活動の学生からは、何となくゆとりを感じる。学生にヒアリングすると、「就職先を探すこと自体に大きな苦労はない」という答えが多い。それだけ、多くの企業で若い労働力が必要とされているということだろう。1990年代から2000年代初頭の“就職氷河期”のように、就職先を確保することが難しいため将来を悲観する学生の数はかなり減っているようだ。

一方、多くの学生が現状に満足している様子は、やや気がかりだ。「若者よ大志を抱け!」とエールを送りたい気分になる。また若者のやる気を引き出すためには、わが国全体で、現状維持を志向するのではなく、新しい取り組みを後押ししていく必要があるだろう。

■景気回復のかなりの部分が「海外経済」に依存

初任給は景気動向から無視できない影響を受ける。わが国の景気、具体的にはGDP(国内総生産)の動向が重要だ。GDPは、基本的に1年間に生み出される企業収益と給与所得の合計額と言い換えられる。GDP成長率が高まると、初任給をはじめ給与所得は上昇しやすくなる。

2012年12月、わが国の景気は底を打ち、それ以降、景気は緩やかな回復局面に移行した。今年11月まで6年間(72か月)にわたって景気は回復局面にある。景気回復は、わが国独自の要因だけに支えられたとは言いづらい。景気回復のかなりの部分が、米国を初め海外経済の要因に依存している。

近年のわが国経済に大きな影響を与えたのが、米国と中国経済の動向だ。2014年から2017年まで、大学学部卒の初任給は前年比1%前後の水準で増加してきた。この背景には、米国経済が緩やかな回復基調を維持し、世界経済が安定してきたことがある。

また、中国政府がインフラ投資やIT関連の投資を積極的に進め、中国の景気が徐々に持ち直したことも見逃せない。中国を中心にわが国を訪れる外国人観光客が増加してきたことのマグニチュードも大きい。わが国の地方経済の状況を見ていると、外国人観光客の多寡がその地域の景気に無視できない影響を与えている。

■建設業、製造業、運輸業では初任給が高止まり

経済の動向は労働市場の需給を左右する。景気が良くなれば、経営者は設備投資を増やすと同時に採用を増加させるだろう。それが、新卒者の採用増加と初任給の増加に無視できない影響を与える。

足元、わが国では景気が持ちなおしてきた中で、人手不足が深刻化している。少子化、高齢化と人口の減少が進む中、大企業から中小企業に至るまで、多くの企業が若年層の労働力を確保したい。それも初任給の増加を支える要因だ。

業種別にみると、飲食・宿泊関連では高卒者から大学院修士課程修了者まで幅広い新卒者の初任給が大きく増加している。また、大学学部卒の新卒者の初任給は、建設業、製造業、運輸業などで平均を上回っている。

■それでも「景気回復は実感できない」と答えるワケ

わが国で初任給が増加傾向をたどってきた一方、多くのアンケート調査では「景気回復は実感できない」と考える人が多い。報道各社の世論調査を見ると、景気の回復を実感できないと答える人の割合は50%を優に上回る。その一方で、2018年6月に内閣府が実施した「国民生活に関する世論調査」を見ると、昨年に比べ生活が上向いたと感じている人の割合は7.2%にすぎない。

景気の回復が実感できない理由はさまざまある。重要な理由の一つと考えられるのが、わが国の可処分所得が増えていないことだろう。可処分所得とは、税込み収入から税金や社会保険料などを差し引いた額(いわゆる手取り収入)をいう。

可処分所得が増えるということは、自由に使うことができるお金が増えるということだ。自由に使うことのできるお金が増えれば、わたしたちは、ほしいモノを買ったり、旅行に行ったりして満足度を高めることができる。それが、経済成長の恩恵、あるいは景気の回復を実感するということである。反対に、自由に使うことのできるお金が増えなければ、そうした喜びを実感することは難しいだろう。

2000年の可処分所得は47万円程度だった。2017年の可処分所得は約43万円だ。所得が増えない状況の中、景気回復が実感できないという人が多いのは当然だろう。

■「働いても生活が良くならない」という考えになる

可処分所得が増えていない背景には、勤め先などから受け取る実収入(税金を支払う前の収入)が増えていないことがある。それは、働いても生活が良くならないという考えの一因だろう。

それに加え、高齢化の進展等から家計が負担する社会保険料(公的年金保険料と健康保険料)は増加している。今後、社会保障制度の持続性を高めつつ財政再建を進めるために、国民の負担は増える可能性がある。消費税率の引き上げはその一つだ。

そのため、社会全体で将来に対する不安心理が強まり、支出よりも節約や貯蓄を優先する人が増えているのだろう。この結果、経済全体での需要が増えず、デフレ経済(広範な物価が持続的に下落する状況)からの脱却が実現できていない。

■人々が「ほしい」と思える商品が生みだせていない

可処分所得が増加していない最大の原因は、わが国企業が、人々が「ほしい」と思うようなモノやサービスを生み出し、高い収益を実現できていないことだ。

1990年代初頭の資産バブル崩壊以降、わが国の企業はどちらかといえば守りを重視した経営を行ってきたと考えられる。2017年度の法人企業統計を見ると、わが国企業の内部留保(利益剰余金)の額は507兆円に達した(金融業、保険業を含む全産業)。これは前年度から10%の増加だ。多くの家計が将来への不安などを理由に消費を抑制し、貯蓄を増やしている。同様の心理が企業の経営にも確認できる。国内の企業は、投資などを積極的に進めて新しい取り組みを進めるよりも、手元に現金をため将来へのリスクに備えることを重視しているといえる。

この状況を打破するためには、人々のほしい気持ちを高める最終製品などが生み出されればよい。アップルのiPhoneはそのよい例だ。iPhoneはスマートフォンの普及につながっただけでなく、SNSやクラウド・コンピューティング・サービス、動画視聴などさまざまな需要の創造に波及効果をもたらした。

それは、リーマンショック後の米国の経済成長を支えた要因の一つだ。また、スマートフォンは、中国経済の回復と安定にも無視できない影響を与え、わが国の景気回復を支えてきた。

■「将来不安」を打破するために必要なこと

わが国の企業が独自の取り組みを進めて新しいテクノロジーを生み出し、スマートフォンに代わる最終製品などを生み出すことができれば、経済の実力(潜在成長率)を自力で引き上げることができるだろう。かつてのソニーのウォークマンなどはイノベーションのよい例だ。

反対にそうした動きが増えないと、どうしても国内の景気は海外の動向に左右されやすい。その状況が続くと、企業が内部留保を増やし、人々が先行きへの慎重な見方を持つ状況を打破することは容易ではないかもしれない。わが国の初任給が増加し、若者のやる気を引き出すためにも、国内で新しいことにチャレンジする=イノベーションが必要だ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=iStock.com)

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