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「ぬすむ人」に堕ちたプロ経営者の末路

プレジデントオンライン / 2018年12月12日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/vladans)

有価証券報告書に役員報酬を過少記載した疑いで逮捕された日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏。新聞記者の高井浩章氏はゴーン氏に対して「貢献以上の高給を得ており、強欲で品がない」と感じていたという。一方で高井氏は「ビジネスを広げ、価値を創造する人であれば高額報酬を受け取るべきだ」と主張する。その真意とは――。

■ゴーン氏の高額報酬は「品がない」

日産自動車のカルロス・ゴーン前会長の逮捕が話題をさらっています。巨額の「隠れ報酬」が注目されていますが、推定無罪の段階でそれを論じるのは適当でないでしょう。それに、公式ベースだけでも、ゴーン氏の報酬は十分桁外れでした。2017年度の役員報酬は日産自動車および三菱自動車から9億5700万円、仏ルノーから約9億6200万円の報酬を得ています。

仏政府は従来からゴーン氏の高額報酬を批判していました。逮捕直後、ネット上には真偽不明の批判も流れましたが、「さもありなん」と思うほどゴーン氏の報酬への悪評は社内外で高まっていました。

私はというと、ゴーン氏の報酬には「品がないな」とぼんやりとした嫌悪感を抱いていました。彼の報酬が自ら「稼いだ」ものではなく、他の誰かが受け取るべき取り分をかすめ取っているという印象を持っていたからです。緻密な経営分析に基づくものではないことはお断りしておきます。ただの直観的な印象です。

経営破綻の淵にあった日産を救ったときの彼には、億単位の報酬を受け取る資格があったと思います。機能不全の組織を再生し、十万人単位、家族や取引先を含めれば数十万という人々の雇用と人生を救ったのは、巨額の報酬に見合うインパクトと貢献でした。

でも、復活後の日産の業績はワンマン型改革の効果ではなく、チームワークの賜物でしょう。リーダーの役割は小さくないとはいえ、近年はゴーン氏の日産の経営のコミットメントは小さくなっていたと伝えられています。「価値創造への貢献以上の高給」が、私の目には権力を利用したグリード(強欲)で「品がない」と映っていたのでした。

■それは「かせぐ」なのか、「ぬすむ」なのか

ゴーン氏に限らず、経営者の報酬を考える私の視点は「それは『かせぐ』ことで得ているのか、『ぬすむ』に堕していないか」というものです。この「かせぐ」と「ぬすむ」という言葉には、ちょっと普通と違ったニュアンスが込められています。

私は2018年春に『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密』という本を出しました。中学校の課外クラブを舞台に男女2人の生徒が元投資銀行マンの謎の講師「カイシュウさん」から経済講義を受ける、というちょっと変わった経済青春小説です。講義は、「かせぐ」「もらう」「ぬすむ」「ふやす」「かりる」の5つにプラス1つ(ネタバレなので内緒)を、「お金を手に入れる6つ方法」と分類して、経済のカラクリを解き明かす形をとっています。

■社会にマイナスをもたらす輩は「ぬすむ」

作中で「かせぐ」は、ざっくり「人並み以上に経済発展に貢献する」と定義しています。「もらう」には、「そこそこ経済にプラスの貢献をする人たち」と「生活保護受給者や障害者など社会保障のサポートを受けている人」などが含まれます。そして、この「かせぐ」と「もらう」は単なる経済的な貢献度の違いでしかなく、どちらが偉いわけでもない。両者は「フツーの人々」、平等な市民として社会を作っているという見方を示しました。

『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密(しごとのわ)』(高井 浩章著・インプレス刊)

では、「ぬすむ」は何か。無論、泥棒や詐欺はここに入るわけですが、本で例に挙げたのは、リーマンショックの前、異常な高給を取りながら半ば意識的に金融危機のタネをばらまいた銀行家たちなどです。短期的には大儲けするかもしれないが、長い目でみれば社会にマイナスをもたらす輩も、犯罪者同様、「ぬすむ」に入れるべきだという考えです。従業員や社会に還元すべき原資を自らの報酬としてかすめ取る経営者もここに入るでしょう。

「おカネの教室」の講義では、この「かせぐ」「もらう」「ぬすむ」という分類を軸に、消防士から昆虫学者、銀行家、サラリーマン、パチンコ屋、地主などなどのさまざまな職業について考えを深めていきます。そこにヒロインの家庭を巡る、あるドラマが絡んで物語が展開していくのですが、それは読んでのお楽しみ。

この本はもともと、家庭内で娘たちだけを相手に連載していた読み物でした。こうした職業観、労働観を書いたのは、我が家の三姉妹に働くことの意義や社会との関係について考える「軸」をもってほしいと思ったからです。この労働観と、金銭や市場経済に関する基本的なリテラシーが、「おカネの教室」の講義の柱です。家庭内連載が紆余曲折を経て商業出版された経緯は、Kindle本「『おカネの教室』ができるまで」などに詳しく書いたので、そちらをご覧ください。

■「プロ経営者」はビジネスを広げるからこそ高額報酬

ゴーン氏を含む経営者の高額報酬に戻りましょう。

調査によってバラツキはありますが、日本の大企業の社長の報酬は平均5000~6000万円程度で、従業員の10倍から20倍といったところです。米国では経営者は数億円から数十億円、場合によってそれ以上の高給を取ります。従業員との格差は百倍とか数百倍といったレベルです。日米の差の一因は、日本ではいわゆる「サラリーマン社長」、社内昇格の延長でトップに就く人が多いことも影響しています。

国や企業によって事情が違うのは確かです。とはいえ、やはり米国の経営者の超高額報酬には首をかしげたくなります。日本と米国で、社長の力が生み出す付加価値にそれほどの差があるのでしょうか。

米国では業績が悪いとすぐに経営トップを外部からスカウトして入れ替えます。「プロ経営者」というと格好良いですが、逆に言えば「替え」がきく専門職でしかないともいえる。その「プロ」がビジネスを広げ、価値創造のすそ野を大きくするのなら、それは社会の中でも称賛され、高額報酬を受け取るに値するのだと思います。

しかし、コストカットや部門売却で数字を作って、浮いたキャッシュによる自社株買いで株価を上げてストックオプションで自分が潤うというよくある「再生」のパターンをたどるとなると、頭の中にクエスチョンマークが浮かんでしまう。無論、見込みのない事業を未練たらしく続けがちな日本の経営者よりはマシかもしれませんが……。

■世界をよくする人は相応の報酬を得るべき

『おカネの教室』のなかで、講師のカイシュウさんは中学生2人に「世の中の役に立った人がちゃんと報われる」という仕組みが市場経済を根本で支える土台だ、と説きます。「かせぐ」に値する、つまり世界をより良き場所にする事業に貢献した人は、経営者に限らず、相応の報酬を得るべきです。そうやって「良き担い手」にお金が流れることで好循環を生むのが、「神の見えざる手」の役割です。

経営者の貢献が大きければ、その見返りが桁外れであろうが、問題はありません。文字通り世界を変えた経営者たち、たとえばアマゾンのジェフ・ベゾスや亡くなったアップルのスティーブ・ジョブズが巨万の富を得ることに異を唱える人は少ないでしょう。節税術で悪名高い法人としてのアマゾンやアップルが、相応の税金を納めているのかという別の問題は残りますが。

■「しょせん、金」ではない価値観が増えてきた

2008年のリーマンショックの直後、ある親しい金融関係者と雑談をしていて、私は「今回の危機で世界、特に若い人の価値観が変わるだろう。稼ぎの額じゃなくて、社会への貢献を評価の軸にする動きが広がるに違いない」と予言しました。相手はちょっと首をかしげて「高井さん、それは甘いんじゃない? しょせん、世の中、金よ?」と諭してくれました。

実際、危機から10年経ってみると、「しょせん、金」の価値観は根強い。これは否定できない。ただ一方で、「お金とは違う価値や、社会の変化への働きかけ」を求めて、社会起業家などを目指す若者が増えているのも事実です。

お金には、人を金銭崇拝に引き寄せる魔力があります。とかくお金が物差しになりやすい現代では、「稼ぐ額=自分の価値」と勘違いしてしまうという落とし穴もあります。

それでも、リーマンショックの前よりは、今の方が「世の中、お金だけじゃない」という、当たり前の考えが説得力を持ち、若い人たちの行動に影響を与えているのは、心強いことです。

自分の娘たちも含めて、これからの経済の新しい担い手たちには「ぬすむ」人のダークサイドに堕ちず、「かせぐ」人を目指して、フェアで風通しの良い社会を作ってほしい。ヴェルサイユ宮殿で結婚式を挙げなくたって、人生には豊かで美しい瞬間がいくつも訪れます。ゴーン氏のはまったグリードは、反面教師として格好の事例ではなかろうか、と思うのです。

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高井浩章(たかい・ひろあき)
新聞記者
1972年、愛知県生まれ。経済記者・デスクとして20年超の経験をもつ。専門分野は、株式、債券などのマーケットや資産運用ビジネス、国際ニュースなど。三姉妹の父親で、初めての単著となる本書は、娘に向けて7年にわたり家庭内で連載していた小説を改稿したもの。趣味はレゴブロックとスリークッション(ビリヤードの一種)。

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(新聞記者 高井 浩章 写真=iStock.com)

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