五輪選手が「マットレス」を持ち歩くワケ
プレジデントオンライン / 2019年1月16日 9時15分
■オリンピック選手やW杯の日本代表が、なぜ愛用するのか?
海外で行われた五輪大会が閉幕し、日本選手団が成田空港へ降り立つ。そのとき、選手たちが押すカートの上に「エアウィーヴ」と書かれた筒型のバッグが載っているのを目にした方は多いと思います。あの中には当社が製造・販売している高反発型のマットレスパッド、エアウィーヴがくるくる丸められて入っています。
もとはといえば競泳の北島康介さん、フィギュアスケートの浅田真央さんといった五輪選手が、「選手村のベッドの上にぜひエアウィーヴを敷いて寝たい」とリクエストされ、それならば、とエアウィーヴを持ち運びやすい形に加工して提供したのが始まりです。
いまでは2018年のサッカーワールドカップ・ロシア大会で活躍した日本代表の柴崎岳選手、テニスの錦織圭選手など多くのプロスポーツ選手にも愛用してもらっています。
エアウィーヴは、当社開発の独自素材エアファイバー製の高反発型マットレスパッド。縦横斜めの体圧に比例した反発力で体を支え、高い復元力で背骨の自然なS字カーブをキープするほか、寝返りの際の筋負担が軽く、寝返りのたびに目が覚めることが少ない。何よりも、入眠初期から深部体温が速やかに下がり、その体温が長く継続するため、より深く質の高い睡眠がとれるという特徴があります。
こうした特徴は、私の考えや選手たちの実感のみを根拠にしているわけではありません。国内外の科学者の手を借りて、周到な調査研究を重ねてきた結果としてそう申し上げているのです。その研究結果の一端がこのほど米国の科学と医学の学術誌「PLOS ONE」に掲載されました。
エアウィーヴの発売は2007年です。当時の我々には寝具売り場と縁もなければコネもありません。そこで私は「一晩寝ていただければ、必ず良さを理解してもらえる」と考え、発売前に約200名にサンプルを配り、試用をお願いしました。
すると一晩でエアウィーヴの良さを感じる方が2割いらした一方、6~7割は約1週間かかることが判明しました。一晩でわかった2割の方は、日常的に体を動かし、自分の体に向き合っている人たちでした。すなわちアスリートです。
アスリート、とりわけ4年に1度の五輪に向けて何年も練習を続け、競技当日を目標に緻密なピークコントロールを行う五輪選手は、競技結果に悪影響を及ぼすような睡眠環境を徹底的に嫌います。逆にいえば、彼らがエアウィーヴを指名してくれるなら、これほど力強い味方はありません。
■米スタンフォード大学などの科学者と研究を開始
そこでさまざまな方面からアプローチをかけ、07年から国立スポーツ科学センターの一部のベッドでエアウィーヴを試用してもらうことになりました。競泳の北島さんも同センターの宿泊施設でエアウィーヴを体験した1人です。08年北京五輪でも使いたいという申し出があり、急きょ「エアウィーヴポータブル」を開発しました。最終的に日本陸上競技連盟などからもオファーがあり、合計70枚のエアウィーヴが北京五輪の水泳・陸上選手団の睡眠を支えることになりました。
ただ、それだけで一般の方に買っていただけるかというと、そんなに甘いものではありません。実際、金メダルの北島さんをはじめ選手団が帰国した際にはエアウィーヴがテレビで大映しになりましたが、販売はさっぱり伸びませんでした(笑)。
「次に必要なのはエアウィーヴの良さを裏付けるエビデンス(科学的根拠)だ」。そう考えていた折に、睡眠医学・スポーツ精神医学を専門とする内田直先生(当時、早稲田大学スポーツ科学学術院教授)とお会いする機会がありました。北京五輪終了1カ月後のことです。
ちょうどアスリートの睡眠研究に着手されていた内田先生と我々の思いが合致し、09年から共同研究が始まりました。
このときの研究では、高反発素材のエアウィーヴは寝返りを打つ際に体(筋肉)に負担をかけず、効率の良い睡眠をもたらす可能性が示されました。余計な力の刺激が少ないので、中途覚醒せず、深く眠れるわけです。
さらに10年の冬、知人から睡眠領域の世界的権威である米スタンフォード大学医学部の西野精治教授を紹介されました。
このときは睡眠の質を左右する「深部体温」にフォーカスしています。本試験では健康な成人男性10名を太田睡眠科学センター(神奈川県川崎市)の個室に1週間以上拘束し、睡眠に関するデータと生理学的なデータを測定しました。
一口に研究といいますが、被験者に支払う協力費、個室代と検査機器の使用料など、1日1人当たりの経費は軽く10万円を超えます。研究費の総額は約3000万円に達しました。10年の売上高が約3億円。その1割を研究費に充てたのですから常軌を逸しています(笑)。しかしこのときの結果は、前述のように「PLOS ONE」に掲載されましたから、投資しただけの価値はあったと思います。
もう1つ明らかにしたかったのは、睡眠の質が向上した影響が、アスリートのパフォーマンスに結びつくのかという点です。
これを科学的に証明するには、相当数のサンプルが必要です。しかも被験者の運動能力や生活環境が均質でなければ信頼に足るデータとはいえません。おまけに起床後のデータを計測するとなると、研究できる場所は限られます。唯一可能な場所がIMGアカデミーでした。
IMGは米フロリダ州にある寄宿制のスポーツトレーニング施設で、80カ国以上の国々から将来を期待されたアスリートの卵が集まり、寝食を共にしています。日本では錦織選手がテニス留学したことでも知られています。
このときの研究は、およそ500人の学生から選んだ48人を2グループに分け、片方はエアウィーヴで、もう片方は別のマットレスで4週間寝てもらい、起床直後の運動パフォーマンスを調べるというもの。5週目からは、グループを入れ替えて同じ計測を行っています。この研究は3年間継続し、結果は期待通りのものでした(論文投稿準備中)。さらにこのとき、IMGの学生たちは、睡眠と筋骨格に関する膨大なデータも提供してくれました。
■健康な人が対象の睡眠研究はそれまでなかった
人間の体形、筋肉量は一人ひとり違います。身体活動を支える靴は、個々人に合った形状、硬さのものを選びますが、寝具は皆同じです。それは病気としての睡眠障害の臨床研究とは違い、一般の健康な人を対象とした科学的な睡眠研究はほとんど行われてこなかったからです。
一方、我々はアスリートをサポートしてきた経験から、陸上選手と体操選手とでは寝具への要求が全く違うことを知っていました。18年平昌五輪では、スピードスケートの小平奈緒選手のフィッティングデータを測定。それに基づきカスタムメードしたエアウィーヴを提供しました。
ただ、フィッティングを行えば選手の皆さんには好評なのですが、身体測定におよそ1時間を要するのが難点でした。
そこで20年を目処に開発しているのが、2方向から撮影した写真データと身長、体重の数値のみで、最適なマットレスをカスタマイズできるシステム。完成すれば一人ひとりに最適なオーダーメード・マットレスが簡単につくれます。
このような簡易な計測によりカスタマイズができるのは、これまで蓄積してきたバックデータがあるからです。体格のデータさえあれば、過去のデータから割り出した適切な反発係数を素早く計算できます。
エアウィーヴはいい製品ですが、技術はいつか陳腐化します。しかし、一流のアスリートや世界トップのアカデミアと積み上げたデータとブランドはコピーできません。当社の強みはそこにあるのです。
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エアウィーヴ会長兼社長
東海高校、名古屋大学工学部卒業。慶應義塾大学大学院、スタンフォード大学大学院修士。日本高圧電気社長(現任)を経て、2004年からエアウィーヴ社長。
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(エアウィーヴ会長兼社長 高岡 本州 文・構成=井手ゆきえ 撮影=永井 浩 写真=AFLO)
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