出口治明"最高の人生の教科書を教えよう"
プレジデントオンライン / 2019年1月20日 11時15分
無類の読書家として知られ、古典にも精通している立命館アジア太平洋大学の出口治明学長。挙げたのは、英語名「ジュリアス・シーザー」として知られる、古代ローマの政治家・カエサルが自ら綴った戦記集だった――。
■カエサルは、世界史上でも屈指のリーダー
子どもの頃、ほとんどの人は「偉人伝」を読んだことがあるでしょう。そのときは、昔の英雄たちの活躍に、胸を躍らせたり、感動したり、憧れたりしただけだったかもしれません。しかし、ビジネスパーソンの皆さんには、そうした伝記をぜひ、もう1度読み返してもらいたい。なぜなら、偉人伝こそ、最高の人生の教科書だからです。
人生には、成功の法則などありません。先人の生き方をケーススタディにして、生き抜く知恵を学ぶしかない。偉人たちは天才です。天才は文字通り天賦の才能ですから、なかなか一般の人が同じような偉業を成し遂げることはできないでしょう。しかし、生き方を模倣することはできるはずです。
数ある偉人伝の中でも、僕が一番お薦めしたいのは、古代ローマ最大の政治家であり、偉大な軍人でもあった、カエサルの足跡を記した『カエサル戦記集』です。カエサルは、世界史上でも屈指のリーダーだと、私は考えています。『カエサル戦記集』を読めば、彼がどのように戦い、勝利を収めたのか、どのようにしてリーダーシップを発揮したのかがよくわかります。
偉人伝のほとんどは、側近や部下など偉人のまわりにいた人が記していますが、カエサルは文筆家としても高く評価されており、本書もその大半を自ら執筆している。読めば歴史の当事者であった彼が何を思い、どう考えていたのかが、ダイレクトに伝わってくるのです。偉人中の偉人の、しかも、本人の生の肉声を知ることができるわけですから、読まない手はないでしょう。
■「英雄色を好む」を地で行った男
僕がカエサルに惹かれるのは、国家のグランドデザインを描ける戦略家の中でも、彼が傑出した存在だからです。グランドデザイナーは、それほど多くいるわけではありません。日本の歴史を見ても、蘇我馬子、足利義満、大久保利通、吉田茂など、10人いるかいないか。そうした中で、カエサルは、強大な軍隊と官僚組織をつくり上げ、世界史上で最大級の国土を有し、1000年以上続いたローマ帝国の基礎を築いた。いかに優れたグランドデザイナーであったかがわかります。
リーダーの条件として、僕は後継者を選ぶ能力も重要だと考えています。偉大なリーダーでも、後継者選びに失敗したケースは枚挙にいとまがありません。カエサルはその点でも、優れていました。
後継者に指名したのは、養子のアウグストゥス。カエサルが死去したとき、弱冠18歳でした。目立たず、軍事的才能も乏しい彼が後継者になるとは、まわりの誰も思っていなかった。しかし、カエサルは、アウグストゥスが忍耐強く、1度決めたことは最後までやり抜く性格であることを見抜いていました。自分の仕事を引き継ぎ、新しいローマの体制を完成させるのに適任だとわかっていたのです。
またカエサルは、決して聖人君子ではありませんでした。「英雄色を好む」といいますが、実際に愛人がおおぜいいた。しかし誰からも恨まれなかったそうです。さらに稀代の浪費家でもあり、莫大な借金があったといわれています。
ただカエサルにお金を貸していたローマの有力者たちは、カエサルが出世して借金を返せるように、必死で支援を続けざるをえなかった。冗談のような話ですが、それがカエサルの成功要因の1つだとも考えられている。きっと人もお金も引きつける、スケールの大きい人物だったのでしょう。
■戦略を考えるとき戦略書を読むな
「その本のどこが参考になりましたか?」。本を紹介する際、よく聞かれる質問です。しかし、それは愚問というもの。名著というのは、どこがいいというのではなく、全体が優れているからこそ、名著なんです。試しに、名著といわれる書物を手に取って、無作為にページをめくり、目に飛び込んできた文章を読んでみてください。すべてのフレーズが心に沁みるはずです。
そしていい本は時間がかかってもいいので、辛抱して最初から最後まで精読すること。飛ばし読みをしてはいけません。いい本は、読んですぐに役に立たなくても、内容が読み手の血肉になって、どこかで必ず生きてきます。
経営戦略を考えるときも、戦略に関する本ばかり読むのはお薦めできません。いいアイデアは、仕事のことをあれこれ考えているときには出てこない。仕事から離れて、仕事と関係なさそうな本を読んでいるときに、ふと浮かんでくることが多いものなのです。ですから、日頃からアンテナを広げて、興味の赴くままに幅広いジャンルの本を読み、知識を吸収しておくことです。
人間とは何か、社会とは何かを理解しなければ、ビジネスの戦略は立てられないと僕は思います。そこで、人間や社会を知るうえで役立ちそうな本を、新しい本を中心にご紹介しましょう。
『社会心理学講義』は、人間や人間がつくる社会とはどういうものかを、徹底的に掘り下げた一冊。『夢遊病者たち』は歴史観や責任感の欠けたリーダーが何をもたらしたか、『バブル 日本迷走の原点』は失われた20年を総括しています。
歴史からの教訓をふまえたうえで、経済の現状をリアルに認識するためには、『連続講義・デフレと経済政策』を。『生産性』は、人口減に悩む日本経済を救うための処方箋で、将来の企業経営を考えるヒントにもなります。ぜひ参考にしてください。
戦略書としては孫子も優れているとは思いますが、学びが多いという意味では、やはり『カエサル戦記集』が一番の教材ではないでしょうか。この企画のタイトルは「孫子の次に学ぶべきもの」? それよりも、孫子の前に読むといいかもしれません。
▼Recommended Books
出口治明が薦める 人間と社会を知るための+5冊
(写真左から)
『連続講義・デフレと経済政策』●池尾和人/日経BP社
「異次元の金融緩和」をこのまま続けると、米国のリーマンショックの二の舞いに? マクロ経済学の新潮流を踏まえ、アベノミクスに正面から切り込んで批判した意欲作。
『夢遊病者たち』1・2●クリストファー・クラーク/みすず書房
第1次世界大戦は英国、フランスなど欧州列強の無策が引き起こした。ドイツ戦争責任論を真っ向から覆し、注目された歴史書。失敗の歴史からリーダーのあり方を学ぶ。
『生産性』●伊賀泰代/ダイヤモンド社
日本のホワイトカラーの生産性を改善するにはどうしたらいいか。話題になった前著『採用基準』でリーダーシップ論を説いたマッキンゼー出身の著者が、その秘策を伝授する。
『社会心理学講義』●小坂井敏晶/筑摩選書
社会システムは「同一性と変化」という、相反する原理をどのように維持してきたのか? 社会心理学のテキストだが、人間社会の成り立ちを理解するための好著でもある。
『バブル 日本迷走の原点』●永野健二/新潮社
バブルの正体は何か、日本経済を破壊した真犯人は誰か。バブル期の無責任なリーダーたちの姿を赤裸々に描く。そこには、過ちを繰り返さないための貴重な教訓がある。
(立命館アジア太平洋大学学長 出口 治明 構成=野澤正毅 撮影=岡田晃奈)
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