徘徊中の親の"不始末"は子供の責任なのか
プレジデントオンライン / 2018年12月28日 9時15分
■踏切事故に遭ったら「賠償額」の相場は?
高齢の親が事件・事故の当事者になったら家族の負担はどうなるか。主に損害賠償責任の面から考えてみたい。
2007年、愛知県大府市の91歳の男性が踏切内で列車にはねられ死亡した。男性は認知症を患っており、徘徊中の出来事だった。
踏切事故ではほとんどの場合、損害賠償責任は事故の当事者である本人にある。本人が亡くなっていれば、その債務は遺族が相続することになる。ただ、その額が資産に比べて過大であれば、相続放棄をすることで遺族は相続した賠償責任を免れることができる。が、それでひと安心とはならない。
大府市の事故で、鉄道会社は家族に約720万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。ここで問題になったのが家族の監督責任。介護をしていた人は男性が認知症であることを知っており、事故を起こす予想ができたにもかかわらず阻止しなかった点で過失があるとされ、家族の責任が問われたのだ。
本件は最高裁まで争われ、16年3月、同居の妻と別居の長男は監督義務者にあたらず、賠償責任はないという判決が出た。認知症患者は家族がちょっと目を離した隙に出歩いてしまう。それゆえ監督責任が相当強い人でないと責任を問われないという判断だった。
ところで、請求額約720万円の根拠は何か。この額は鉄道会社が勝手に決めたのではなく、実損に基づいている。実損とは事故で列車が汚れた清掃費用、壊れた修理費、何時間も列車が止まったことによる逸失利益(損害額)を合計したものだ。この事故はローカル線で起きたため、便数や乗客数が都会の路線と比べて少なく、鉄道事故にしては少額の720万円で収まったといえる。もし東京の山手線など繁忙路線を何時間も止めてしまったら、損害額は数千万円単位になったと推定できる。
親が高齢になったら、自動車運転のリスクも考えておかなくてはならない。道路を逆走、児童の通学の列に突っ込んでしまうなどの事故は増えている。
自動車事故が起きると、行政手続きと刑事事件、民事事件の3つの手続きが同時に進んでいく。行政手続きは道路交通法違反で、免許の点数の減点や免許取り消しなどの処分。刑事事件については、相手が死傷している場合は過失運転致死傷罪に該当する。ここまでは本人の責任で家族は関与しない。
3つ目の民事事件は、いわゆる損害賠償責任の問題。相手がケガをした、亡くなった、という場合の損害をどう賠償するかということだ。家族にとって一番問題なのはこの部分である。
相手への補償額が「無制限」となる任意保険に入っていれば、保険からの支払いとなるので本人(親)や家族の実質的な負担はない。しかし、強制加入の自賠責保険にしか入っていないとか、任意保険に入っていても補償額が十分ではないという場合には、不足額を自力で補う必要がある。自賠責だと補償の上限が死亡で3000万円、高度後遺障害で4000万円なので、賠償額が1億円、2億円と高額になるケースでは対応しきれない。本人に支払い能力がなければ、自己破産などの対応をしなくてはならないだろう。
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問題なのは、親が認知症と診断されていた場合。認知症の親が車を運転したら事故を起こすかもしれない、と予想できたにもかかわらず、運転するのを黙認してしまった、あるいは自分の車を貸してしまったということになると、それが過失責任とみなされ、家族に賠償責任が生じる可能性がある。
認知症を患っていたとしても賠償額は低くならない。損害賠償額は、ケガをした人、亡くなった人の逸失利益がいくらになるかで決まる。
被害者への損害賠償額がいちばん高くなるのが、働き盛りで年収が高い人が寝たきりになってしまうケースだ。亡くなった場合には、将来稼げたはずのお金から生活で使ったであろうお金を差し引いて算出するから結構金額は減る。ところが寝たきりになると、将来稼げたお金プラス介護費用が必要になるから、賠償額が高くなるのだ。
子供が亡くなった場合はどうか。親の悲しみが深いので賠償額も膨らみそうに思えるが、実際はさほど大きな額にはならない。子供がまだ小さいと将来いくら稼ぐのかわからないから、平均的な年収を基に計算するしかないからだ。また、実際に働きはじめるのは10年先、20年先なので、その分の金利を割り引くことになり金額はさらに低くなる。すでに退職している高齢者は、将来稼げるお金が年金程度。それから生活費で使う分を差し引くと賠償額は低めになる。
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■自動車保険は「無制限」が必須!
高齢の親が車を運転していたら、任意保険の対人・対物の補償は「無制限」にしておくべき。また、自動車保険の弁護士費用特約は、上限300万円まで弁護士費用を保険金で賄ってくれるし、人身傷害補償は、自分の過失分を保険金で払ってくれるから入っておいたほうがいい。ほかに、他人からの損害賠償請求に備えることができる個人賠償責任保険も有用だ。個人賠償責任保険は、自動車保険や火災保険などの損害保険に特約で付けられる。
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極端なケースだが、老老介護に伴い両親間の殺人が起こった場合、家族は「犯罪者の身内」になってしまう。新聞沙汰になれば会社にも知られてしまうだろう。だが、そうなっても人事上の不利益を被ることは原則としてない。
会社の人事は、会社と社員本人の問題に限定される。もし本人が違法行為を行ったら懲戒の対象になるが、親が事件や事故を起こしても労働契約関係には一切影響しない。陰口はたたかれるかもしれないが、会社がそれをもとに何らかの処分をするのは違法である。もし不利益を被った証拠があれば、それを根拠に戦う方法はある。
ただし、親の事件が遠因となって人事異動や配置転換が行われることは予想される。それが自分の意に沿わないことであるかもしれないので、実際にはいくらかの影響はあると考えたほうがいいだろう。
問題が起こったときには、早めに弁護士に相談したほうがいい。弁護士事務所には、何かの伝手で紹介されていくのがいいが、伝手がない場合は、各地の弁護士会の法律相談や、市区町村の無料相談、国が運営する法テラスなどで探してみる。ある程度専門性が高い交通事故、医療過誤などの場合は、インターネットで専門的にやっていそうな弁護士を探す。その分野の法律の専門書を書いているかどうかである程度判断することができる。
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国の統計では、高齢者(65歳以上)による犯罪は増加している。検挙数が圧倒的に多いのは万引を含む「窃盗」だが、ここ20年ほどで「暴行」「傷害」といった粗暴事件が激増している。今後もこの傾向は続くとみられ、念のための備えは必要だろう。
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弁護士
1968年、愛知県生まれ。明治大学法学部卒業。『交通事故訴訟における 脊髄損傷と損害賠償実務』(みらい総合法律事務所名義)ほか著書多数。
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(弁護士法人みらい総合法律事務所・代表者社員弁護士 谷原 誠 構成=生島典子 撮影=永井 浩 写真=iStock.com)
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