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愛妻をがんで亡くした東大外科医の胸中

プレジデントオンライン / 2018年12月30日 11時15分

外科医 高本眞一氏

あなたの配偶者は健康診断を受けているだろうか。専業主婦なら「もう何年も受けていない」という人も多いのでは。名医が妻を亡くした実体験から助言する。

■なぜ早期の発見が、手遅れになったか

妻の乳がんが発覚したのは、今から19年前の1997年。妻が50歳のときです。「乳頭から血のようなものが出る」と妻から相談を受けた私は、すぐに近くの病院での受診を勧めました。診断結果は早期の乳がん。早期であれば、乳がんは極めて死亡率の低い病気です。私も妻も楽観的でした。乳がんに詳しい友人に相談して(私も医師ですが、専門は心臓血管外科なので)、手術を受けることになりました。

当時は乳がんでも乳房を全摘せずにすむ「乳房温存術」という手術方法が広まってきたころで、妻本人の希望もあり、その方法を選びました。手術後に放射線治療もおこない、これで一安心と思っていましたが、手術から5年目の定期検診で乳房の表面への局所再発が見つかったのです。さらに骨盤への転移が見つかり、最初の手術から数えて8年目に肝臓と頭蓋骨への転移が明らかになりました。

四方八方手を尽くし、化学療法の名人と呼ばれている方による抗がん剤治療も受けました。これはよく効いて、腫瘍マーカー(※)の数値もぐんと下がったのですが、1年ほどたつとだんだん薬が効かなくなってきました。こうなると抗がん剤は苦しいだけです。発症から11年経った時点でがんが脳に転移しているとわかり、当時私の勤務していた東大病院に妻を入院させました。朝、回診前に妻に会いにいけるからです。

※がんの存在によって血液中に増加する物質の検査

■在宅医療に切り替わっても、妻は1カ月半も生きた

もうなすすべがなくなると、東大の主治医から自宅での看取りを勧められました。私が住んでいた官舎にはエレベーターがなかったため、窓から桜の木が見えるマンションに移り、在宅医療が始まりました。2008年の3月ごろのことです。

在宅医療の問題点は、誰かが常にそばにいなければいけないことです。私の家では、娘が仕事を辞めてずっと付き添っていてくれました。そのことについて娘に感謝していますし、おかげで在宅医療に切り替わると1~2週間で亡くなる方が多いなか、妻は1カ月半も生きていてくれました。

入院すると、夜は別々に過ごさなければなりません。しかし在宅なら夜中もずっとそばにいられます。子供たちもずっと付き添っていてくれて、最後に濃密な時間を過ごすことができました。その点については本当によかったと思っています。その後、私もあまり落ち込まずにこられたのもそのおかげだと思っています。

▼発覚から11年、高本夫妻の「がん」との闘い
●1997年
乳がん発覚。夫人が50歳のとき、早期発見だった。乳房を残す。
●2002年
局所再発が見つかる。手術後、放射線治療を実施。
●2005年
肝臓、頭蓋骨への転移が発覚。化学療法を実施。
●2008年
脳に転移が見つかる。東大病院へ入院し、全脳照射とガンマナイフ(脳の疾患をピンポイントで治療する放射線治療)を実施。
在宅医療を始める。エレベーター付きのマンションへ引っ越す。
4月、亡くなる。

■「妻は同級生で、小学校高学年からの知り合い」

実は私と妻は同級生で、小学校高学年のころからお互いを知っていました。しかし私は途中で男子校に進学し、妻は大阪へ移っていきましたので、妻とはあまり会うこともなくなりました。付き合いだしたのは大学生になってからです。

結婚してから私はずっと心臓外科医として忙しい日々を送っていました。時には徹夜で手術をすることもあり、休みの日でも患者さんに何かあれば飛んでいくという調子で、家族はほったらかしだったのです。しかし妻はそんな私の健康を気遣って、食事などもずいぶん気をつけてくれていました。

私は身の回りのことも子供の教育も妻に任せきり。いろいろなことを妻に相談してきたし、彼女がいなくなったら自分は一体どうなってしまうのかと心配でしたが、妻をがんで失ったことで、患者の家族の気持ちがわかる医師になれたのではないかと思います。

■2年に1度は夫婦でがん検診を

雑誌「プレジデント」の読者は40~50代の男性が8割だと聞きます。私の妻もそうでしたが、この世代はまだ奥さんが専業主婦だという方も多いでしょう。会社員なら会社の健康診断(健診)を受けないと叱られてしまいます。しかし専業主婦は健診を受けなくても何も言われません。そのため「もう何年も健診を受けていない」という女性がことのほか多いのです。家事や育児で忙しいこともあり、自分のことはつい後回しにしてしまう。このような方に、ご主人ができることは2つあります。

まずはぜひご主人が「健診を受けなさい」と言ってあげること。言うだけでなく、1日有休をとるなどして、「今日は自分が家のことをするから、行っておいで」と送り出すくらいのことをしてあげてほしいのです。または「一緒に人間ドックを受けよう」と誘ってあげるのもいいと思います。

もう1つは、もし奥さんが病気になったときは、治療法を調べたり、いい病院を探したりと情報収集をしてあげることです。

私の妻の場合、健診でがんが見つかったわけではありません。また健診はレントゲンや血液検査など簡単な検査が主なので、早期のがんが発見できるとは限りません。ですから40歳を過ぎたら、健診だけでなく、2年に1度はがん検診を含む人間ドックを受けたほうがいいと思います。健診には、全身の健康状態を調べるという意義があります。全身の健康状態を調べる機会は健診か人間ドックしかありません。われわれの病院(三井記念病院)でも、夫婦そろって人間ドックを受けにくるという方は全体の2割程度。男性に比べ、圧倒的に女性は少ないのが現状です。

平均寿命をまっとうできるか、それともそれより10年、20年短くなってしまうかは、健診や人間ドックに行く習慣があるかどうかで変わってきます。ご主人は奥さんの健康について責任を持たなければいけません。妻への孝行だと思って、ぜひ健診や人間ドックを勧めてあげてください。

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高本眞一
外科医
三井記念病院院長。東京大学医学部名誉教授。専門は心臓血管外科。公立昭和病院心臓血管外科主任医長、国立循環器病研究センター第二部長を経て、1977年に東京大学医学部胸部外科教授に就任。2009年より現職。

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■▼【図版】「乳がん」は1年間にかかる患者数のトップ

(外科医 高本 眞一 構成=長山清子 撮影=尾関裕士)

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