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"億単位の高額報酬"への嫉妬は国を滅ぼす

プレジデントオンライン / 2018年12月18日 9時15分

産業革新投資機構で社長らが相次いで辞任したことについて、閣議後に記者会見する世耕弘成経済産業相(写真=時事通信フォト)

■「JIC騒動」は日本が繰り返してきた失敗である

わが国は、専門人材の活かし方を真剣に考えるべき時を迎えている。この問題は、政府、民間企業に共通する。9月に発足した官民ファンドの産業革新投資機構(JIC)が事実上の業務停止状態に陥ったことを見ていると、それが明らかになっている。

経済のグローバル化が進む中で、経営戦略の立案や投資などのスペシャリストを招聘するためには、相応の報酬を支払わなければならない。それは当然のことだ。その考えをいつまでも拒否していると、わが国は優秀な人材を引き付け、競争力を高めることが難しくなる。重要なポイントは、専門家がどのような成果を成し遂げたかを基にして、どれだけの報酬が支払われるべきか、当事者が納得する客観的な評価の基準を設定することだ。

そうした制度がないままに専門家の登用が進むと、JICのように「報酬が高すぎる」という旧来の発想に基づいた批判が出やすい。JICのケースに関しては、政府が高度プロフェッショナル人材の活躍を重視してきただけに残念だ。同じことを繰り返さないためにも、専門家が活躍しやすく、成果に基づいた客観的な評価制度が確立されることを期待したい。

■「和を以て貴しとなす」はもう通用しない

プロ経営者の更迭やJIC役員の辞任などを巡る議論では、経営者の高額報酬についての批判が目立つ。

しかし、その認識は誤っている。なぜなら、わが国経済の成長力を高めるために、専門家の知見を活かして、イノベーション(新しい製品を生み出すことなど)を発揮していかなければならないからだ。

長い間、わが国では“和を以て貴しとなす”の発想が重視されてきた。具体的には、年功序列などの考えに基づいて、組織のトップは組織内部から選抜されることが続いてきた。それは、組織のトップと、他の組織構成員の格差を少なくしたほうが全体の調和が保ちやすいという考え方だ。

1950年代半ばから1970年代前半の“高度成長期”を経て、1980年代後半の資産バブルの絶頂期までは、この発想が大きな問題に直面することはなかったといえる。経済全体で企業収益と給与所得が右肩上がりの展開にあったため、専門家よりもゼネラリストの登用を重視するわが国の組織運営、人事評価制度への注目が集まる時期もあった。

■競争力のある報酬を提示しなければ、人材は集まらない

しかし、1990年代初頭の資産バブルの崩壊以降、わが国の発想は限界に直面した。特に、経済のグローバル化が進んだことは大きい。それによって、わが国は中国をはじめとする新興国企業などとの競争を強いられてきた。環境変化のスピードも加速化している。わが国企業は、その変化にうまく適応できず、競争力は低下した。

変化に適応するためには、新興国経済の動向や各国の法制度、経営戦略、ファイナンスなどさまざまな専門家を登用し、彼らが活躍できる環境を整えなければならない。グローバル化が進むにつれて、専門家を登用する重要性は高まるだろう。

当たり前だが、優秀な人材は、引く手あまただ。そうした人を招き、実力を発揮してもらうためには、競争力のある報酬を提示しなければならない。それが、専門家のモチベーションを高め、新しい取り組みを進めてより高い成長を目指すインセンティブにもなる。

■JICは従来の発想からの脱却を目指していた

民間出身のJIC取締役らは、これまでの官民ファンドの運営からの脱却を目指した。2000年代に入り、新興国企業の台頭などを受けて多くの国内企業の経営が悪化した。それを救済してきたのが、JICの前身である産業革新機構だ。同機構は、産業に革新を起こすよりも、競争力を低下させ自力での経営再建が難しい“ゾンビ企業”の延命を行ってきた。

産業革新機構が投資してきたジャパンディスプレイは経営再建が難航し、中国企業からの支援を受ける可能性が高まっている。また、産業革新機構が行ったベンチャー企業への投資では、回収された案件の8割程度が損失を発生させていた。対照的に、産業革新機構ではなく台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業傘下に入ったシャープの経営再建は順調に進んできたと評価できる。

JICの経営に参画した専門家の顔ぶれを見ると、銀行業、アカデミズム、企業経営、法律などの分野で実績と経験を重ねてきたメンバーがそろった。彼らには、従来の官民ファンド運営の発想では、わが国のイノベーションを促進することはできないという、危機感があった。その上で、産業界にリスクマネーを供給し、イノベーションが発揮されやすい環境を整備することが目指された。産業革新機構と同じ轍(てつ)を踏むことはできないという経営陣の決意、意気込みはかなり強かったのである。

特に、投資ファンドがスタートアップ企業の将来性などを評価する“目利き”の役割を果たすには、かなりの専門知識と経験がいる。専門家を招き得意分野での実力を発揮してもらうために相応の報酬を支払うことは欠かせない。

■政府の意向でファンド運営が左右されてしまうと危惧

しかし、政府にはその発想がなかった。そのため、経営陣が正規のプロセスに則って策定した報酬水準が、突如として引き下げられた。これは、一般企業では考えられない。その状況を受けて、多くの民間出身者らが官民ファンドとは名ばかりであり、政府の意向によってファンドの運営が左右されてしまうと危惧したことは想像に難くない。

報酬をめぐる政府との関係悪化を理由に、JICの民間出身取締役が辞任したことは、多くの企業にとっても重要な教訓だ。最大のポイントは、多くの人が納得できる業績評価の制度を確立し、それに基づいて報酬を支払うことだろう。

政府にはその発想がなかった。その結果、政府は、高額報酬は問題という従来の発想に縛られ、報酬を引き下げて批判をかわそうとした。この発想が改められない限り、同様のケースが起きる可能性は否定できない。

■成果主義に目を背けたままでは生き残れない

問題は「高額報酬、業績連動型報酬」ではない。それは、グローバル社会で企業が競争し、勝ち残るために欠かせない。高額報酬や成果主義の考え方に目を背ければ背けるほど、優秀な人材を確保することは難しくなる。長い目で見ると、それは企業の存続を左右するだろう。

わが国が取り組まなければならないのは、従来の発想の転換だ。能力ある人が、それに応じた報酬を受け取ることは、世界の常識だ。その上で、業績などの成果を基にして、専門家を評価していかなければならない。

JICの経営陣などに関して、政府は客観的な評価制度を整備すべきだった。それは、わが国における成果報酬の在り方に、一石を投じることになっただろう。明確な評価制度の確立は、官民ファンドの運営の一貫性を担保し、リスクマネーの提供者としての存在意義を示すためにも重要なことである。そうした政府の取り組みは、民間企業における人事評価、報酬制度の見直し、あるいは変革にも相応の影響を与えただろう。

成果に基づいて専門家などの報酬を決定する考えが増えないのであれば、目立った成果がないにもかかわらず社外から招かれたプロ経営者だという理由だけで高額報酬を手にすることになりかねない。JICの教訓をもとに、業績に基づいてプロ経営者等の報酬を客観的に評価する制度策定に取り組む企業が増えることを期待する。

(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=時事通信フォト)

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