「幸せのストーリー」が見つからない時代
プレジデントオンライン / 2018年12月25日 9時15分
■診察室の中だけでは解決できない
私は都内で内科の診療所をやっている医師です。10年ほど前、身近な人の自死をきっかけに、医療職のメンタルヘルス支援活動を始めました。公私問わずさまざまな相談を受けるなかで、彼らが抱えるさまざまな「生きづらさ」に触れてきました。
大半は病気などによって本来の生きる力が一時的に失われているケースなのですが、それとは毛色の違う、永続的に続くような深刻な「生きづらさ」を抱えているケースがあります。そうした人たちがもつ苦悩は、私が「医師」として診察室の中だけで関わるだけでは、解決に至ることがほとんどありませんでした。
今は、自分の手の届く範囲のSOSに対して、医師の職務としてではなく、ひとりの個人として向き合うことをライフワークとしています。彼らが抱えている根源的な「痛み」の生々しい現実や、そこから人生を回復させていく鮮やかな変化の様子をみながら感じたことを、SNSに投稿したり、文章にしたりしています。
中でも「自己肯定感」についてのツイートやコラムは特に反応が大きいのです。ふだん普通に生活をしているようにみえていても、心の奥に深刻な生きづらさを抱えながら、それを隠してギリギリで生きている人が相当数いるのだろうと強く感じています。
■一流大学を出ても自分を肯定できない
「先生、私は自分が生きる意味がわかりません」
「自分がこの世に生きてていいって、どうしても思えないんです」
こんな言葉を、私に伝えてくれた彼女は、普通の人から見たら「恵まれた家庭」に生まれ、いわゆる「一流大学」を卒業した、誰もがうらやむような華美な経歴の持ち主でした。聡明な知性を持ち、仕事においても「尋常でないほどの」努力家で、職場からも取引先からも全方位的に評判の良い人物でした。しかし、その他者評価からは想像できないほど、低い自己肯定感をもっていたのです。
「自分に自信がほしくて、努力してきました。そのおかげで、行きたかった大学、行きたかった会社に行くことができました。でも、ホッとしたのはほんの一瞬だけ。今も、振り落とされないように必死でしがみついています」
「この先、幸せになれるイメージが、全く湧かないんです」
泣きながら、絞り出すようにそう伝えてくれた彼女は、「存在レベルでの生きづらさ」を抱えているように思えました。彼女のような苦悩を持つ人の話を聴くたびに、この時代に幸せになることの難しさを痛感するのです。
彼女は、「自分の物語」を生きられていませんでした。自分ではない誰かのための人生を、誰かのための感情を、生きさせられているようで、その先の見えない苦しさにあえいでいるように感じました。彼女のように、自分を肯定できずに苦しんでいる若者にふれる度に、現代において「自分の物語」を生きることの必要性を痛切に感じるのです。
■社会が豊かになると「生きる意味」を見失う
過去、人間は常に生存の危機とともにありました。戦争、飢餓、病気、差別など、その生命を全うできない危険性がある環境においては、動物的な生存本能が発揮されやすく、生きることそのものが目的たりえました。しかし、社会が豊かになり、命の危険がないことが当たり前になってくると、「生きること」それ自体の意味を見つけることは難しくなります。
哲学者バートランド・ラッセルは、「人々の努力によって社会がよりよく、より豊かになると、人はやることがなくなって不幸になる」と主張しました。
社会が豊かということは、人が人生を賭して埋めるべき大きな「穴」が無い状態です。たとえば「国家」とか、「社会」とか、これをより良くすることに自分の人生をささげようと思えるような、「大義」が見つかりにくくなるのです。そうなると、自らが生きるモチベーションは自分で見つけるしかありません。
■「自分の物語化」が必要な時代
そこで必要になるのが「自分の物語化」です。自分の物語化とは、これまでの人生で連綿と起こってきた出来事に対して、自分なりの解釈をつけていくことです。例えば、大切な人と死別し、悲しみでやりきれなくなってしまったとしても、「この喪失の経験から得たものを、誰か他の人の役に立てよう」と思うことができれば、また前に進めます。
起こった出来事に対して、主観的に自分が納得できるような意味付けをしていくことで、挫折から前向きに立ち直ったり、成功体験を自信に変えたりすることができます。そうした「自分を編集するような作業」の中で、自分の生き方に物語性を見いだせれば、当面の生きる意味を得ることができ、生きやすくなれるのです。
自分の物語に納得することは、自己を肯定することとほぼ同義です。ありのままの自分の人生を「これでいい」と肯定できないと、自分以外の誰かの軸で生きざるをえない。自分の物語をつくるということは、自己肯定感の問題の中核にあると考えています。
■「生きづらさ」を抱える人が増える背景
「人は、自分の物語にすがりついて生きている」
これは、臨床心理学者の高垣忠一郎先生の言葉です。すがりつくべき物語がなければ、ひとは生きていくことができません。たとえ、それが不幸の物語であったとしても、その人が生きていくためには必要なのです。
いま、生きづらさを抱える人が増えている背景には、これまで信じられてきた「幸福へ続く物語」が、徐々に誰にでも当てはまらなくなってきたことが挙げられます。すこし昔であれば、「いつかはクラウン」とか、「郊外にマイホームを買って、大型犬を飼う」のような、幸せのモデルになるような明確なサクセスストーリーがあって、その物語に乗っかっていれば、誰もが幸せなれると信じられていました。
しかし、事態はそう単純ではなかったのです。経済学者R.フランクは、所得や社会的地位、家や車など、他人との比較優位によって成立する価値によって得られる幸福感の持続時間はとても短いことを明らかにしました。つまり、サクセスストーリーの先にある「サクセス」は、われわれに永続的な幸せを与えてくれるものではなかったのです。
そうした時代背景の中で、「幸せに生きる」ためにはどうしたらいいか。いま私が暫定的に定義している「幸せな状態」とは、「自分が紡いだ自分の物語に、自ら疑念や欺瞞を抱くことなく、心から納得し、その物語に全力でコミットできていること」ではないかと思っています。死ぬまですがりつくことができるような「自分の物語」を生きることができたら、それはとても幸運なことです。
■他人の“イケてる生きざま”が目に入る社会
しかしながら、現代の社会で「自分の物語」を生きることは、かなり困難なことだと感じています。人間が取得できる情報量は増え、知性はどんどん向上していくため、自分をだますことがどんどん難しくなっているからです。
偶然目にしてしまった情報や、誰かのちょっとした一言をきっかけに、それまで全力でコミットできていた物語に、まったくハマれなくなってしまう事態がありうる。他人の幸せそうな「物語」がSNSなどで流れてくるようになり、みんなが自分の人生の物語を疑う機会が増えました。「自分探し」がこれほど必要とされているのは、自分固有の物語を見つけることが困難を極めていることの証左でしょう。他者の否定や自己批判に耐えうるストーリーはどう構築していけばいいのでしょうか。
「それでも、私はこう生きています」と自分の言葉で言えるようになれば、少なくとも不幸な人生ではないだろうと思います。それをどうつくりあげていくかは、各個人が人生レベルで取り組むべき難題で、簡単に語れるものではありません。
ただ、少なくとも「人生をレースに見立て、それに勝ち続ける物語」は、一生すがりつくには非常に脆弱であろうと思います。なぜなら、人は永遠に競争に勝ち続けることはできないからです。一生のうちに必ず弱者の側に回る瞬間があります。
「力が強い」「頭がいい」「お金持ちである」「一流企業」「名誉がある」「容姿が美しい」、こうしたものは、競争の世界の中で明確に「よいもの」とされている価値です。これらを望むことは良いこととされ、掴むことができれば多くの人から称賛されます。しかし、これらを自分の物語の中心に据えてしまうと、失ったときに身を寄せるものがなくなってしまいます。競争的な価値観から適度に距離を置くことは、自分本来の物語をつくる上でとても重要だと感じています。
■品行方正な「よい子」の呪い
冒頭に紹介した方のように、誰に対しても優しく品行方正な「よい子」であろうとする人がいます。そうした人は、子どものときに、自分本来の感情を素直に表現したり、その感情を受容されたりした経験に乏しいという共通点があります。自分よりも、自分を評価する「誰か」(多くの場合は親)の感情を優先する癖がついているのです。その「誰か」の感情を先回りして感じ、その人にとってのベストな反応を得られるような感情だけを選び取り、自分が本当に感じていた感情は心の奥底に封印してしまいます。
誰からも褒められる「よい子」を演じれば、ひとときの承認を得ることはできます。でも、それは、自分のリアルな心根の部分を承認されているわけではないため、すぐにまた「誰かに褒められる何か」をしていないと不安になってしまいます。
■自分だけの「好き」に浸る
他人の感情を優先する生き方から抜け出すきっかけの一つになるのが、誰にも遠慮をしない、自分だけの「好き」を見つけて追求することです。
ある知人は、これまでずっと「よい子」を演じすぎて、信頼されてしまったことで面倒事をすべて引き受けてしまい、行き詰まっていました。家族の目を盗んでカウンセリングに通うほどに追い詰められていた状況を脱出するきっかけが、「スプラトゥーン」というゲームにハマったことでした。
また、別のある人からは、なんとなく「生きたくないな」と感じていた中で、お気に入りのバンドを見つけて、そのライブに一人で行ったときに、なぜだか分からないけど涙を流すほど癒やされたという話を聴きました。
おそらくその「好き」は、他の誰かのためではない、自分だけに向けられた感情だったのだろうと思います。その感情に浸れることは、普段誰かのための感情を優先している人にとってはとても尊く得難い経験であり、自己の存在を肯定するきっかけとなる根源的な癒やしにつながるものです。
■「だから私はダメなんだ病」に注意
自分の物語を編集するにあたって、最も警戒すべき現象のひとつが「だから私はダメなんだ病」です。前述のように、自分の物語は、これまでの人生で起こってきた出来事と、その解釈によって紡がれていきます。どんなに素晴らしい「出来事」があっても、その解釈がネガティブであれば価値がゼロになってしまいます。自分の物語をだめにする悪魔は、実は「解釈」のところに潜んでいるのです。
冒頭の彼女は、こう言いました。
「頑張って、夢だった大学に入れました。そこで自分が変われるような気がして。でも、ダメでした。大学は私なんかと違って、本当に優秀な人ばかりだから、本当は全然ダメな私であることがバレないように必死で取り繕っていました」
達成した目標の難易度がどれだけ高かろうと、どこからでも「だから自分はダメなんだ」という結論に至る解釈を見つけてきてしまうのが「だから私はダメなんだ病」です。仮に合格した大学がハーバードやスタンフォードだったとしても、「自分はダメだ」という結論は変わらないでしょう。
■「嘘のない物語」が人生を支える
自分の物語をつくる上で、最も重要なことは、自分の感情に素直になることです。怒り、嫉妬、悲しみなど、誰かに話すことがはばかられるようなネガティブなものもありますが、感じてはいけない感情はありません。感じたままの感情だけが、自分に起きた出来事に納得するための解釈をもたらしてくれます。
それが綺麗なものであるとは限りません。むしろ「狂っている」とか「いびつだ」と言われるようなものかもしれない。でも、それを自分固有のかたちとして、自分自身が納得して受容できたとしたら、それは誰にも比べられることのない「心づよい物語」になります。なぜなら、自分の物語を紡ぐことができるのは、自分の感情だけだからです。他人の価値基準や誰かのための感情に基づいた物語は、本当の生きる力を与えてはくれません。
明確な答えのない今の時代において、人の心を動かすのは「弱き者の物語」だと思っています。さまざまな作品において、いま「弱き者」が支持されてきている。そこに登場するキャラクターは、どこか弱く、格好悪く、人間臭い。その嘘のないリアリティーこそが愛おしさの源泉であり、完璧でないわれわれに「それでも生きていていいのだ」と安心を与えてくれます。いびつさは、その人の真骨頂であり、本質的な魅力そのものです。
自分の弱さ、いびつさ、未熟でかっこ悪いところを認めて、それをも引き受けた「嘘のない物語」は、ありのままの自分を「それでもいいよ」と肯定し、永きにわたって人生を支えてくれる「しなやかな強さ」をもたらすものになると思います。
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秋葉原内科saveクリニック院長
内科医。高知大学附属病院、細木病院、一般社団法人高知医療再生機構に勤務後、ハイズ株式会社でコンサルタントを経て、現職。「根源的な生きづらさを抱える人に寄り添うこと」をライフワークとし、生きづらさを抱えた人がもつ根源的な「痛み」や、そこから人生を回復させていく鮮やかな様子をみて、感じたことをSNSに投稿したり、文章にしたりしている。
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(秋葉原内科saveクリニック院長 鈴木 裕介 写真=iStock.com)
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