日本が"寛容さ"を失ってしまった根本原因

プレジデントオンライン / 2018年12月20日 9時15分

2018年5月6日、「東京レインボープライド2018」に参加した作家の乙武洋匡さん。(写真=時事通信フォト)

■あの“乙武不倫フィーバー”とは何だったのか

12月13日付の朝日新聞夕刊(東京本社発行)で、自らの半生を描いた著書『五体不満足』(1998年、講談社)で一躍有名になったあの乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)さん(42)の写真と記事を見た。乙武さんについて書かれた新聞記事を見るのは久しぶりだ。

※編集部注:朝日新聞デジタルでは<「社会的に死んだ」乙武さん、再起の陰に松本人志の言葉>(2018年12月16日13時03分)として転載している。

週刊新潮(2016年3月31日号)が「『乙武クン』5人との不倫」との見出しを付けて暴露し、乙武さんの不倫行為を痛烈に批判した。

週刊新潮の記事はこんな具合だった。

「彼は、妻と3人の子どもがありながら、陰で想像を絶する『不義』を働いていた。参院選出馬が注目を集めている乙武クンの、まさかの乱倫正体」

この記事で清廉潔白な乙武さんのイメージが180度変わった。そして他の週刊誌やテレビもこぞって追いかけ、日本中が“乙武不倫フィーバー”と化した。

13日付の朝日夕刊の記事によると、マスコミから不倫をたたかれ、世間からも強いバッシングを受け、その後に離婚、参院選出馬断念……と苦境に立たされた乙武さんは昨年3月、日本を離れて1年間、世界37カ国・地域を巡っていたそうだ。

記事に添えられた写真はこれまでと変わらない車椅子に座った姿ではあったが、ぴったりの紺系色のスーツを身につけ、顔つきは凜々しくなっていた。

旅の途中、気に入ったオーストラリアのメルボルンに永住することも考えたというが、「いばらの道でも、日本で、マイノリティーを排除しない寛容な社会の実現に尽くそう」と思い直したという。

■「マイノリティーを排除しない寛容な社会」をどう作るか

朝日夕刊の記事は、乙武さんの「国家から生産性がないと切り捨てられる可能性はだれにでもある」という言葉を伝えている。「生産性がない」というこの文句は、自民党の衆院議員の杉田水脈(みお)氏がLGBTを「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と月刊誌「新潮45」8月号で書いたことに由来する。

この記事に批判が出たことで、「新潮45」は10月号に特別企画「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」を掲載。特別企画がさらに批判を呼び、作家や文化人、書店、読者が次々と批判の声を上げ、新潮社本社前での抗議行動にまで発展した。結局、新潮社は9月21日に社長が談話を出して謝罪、その4日後の25日には休刊を発表した。

この休刊騒動では「生産性がない」とマイノリティーを切って捨てるように読めるところが問題視された。「杉田論文」と「新潮45」の考え方に幅や寛容さというものがあったら、休刊騒動にまでには至らなかったと沙鴎一歩は考えている。

乙武さん流にいえば、「マイノリティーを排除しない寛容な社会」の重要性、つまり寛容さが保たれた社会の大切さだ。

寛容の欠如。自分と違う意見はバッサリと切り捨てる。数の力を頼りにして国会の場で、反対の声に耳を傾けることなく、議論を尽くさずに短期間で法案を成立させようとする安倍政権の横暴さによく似ている。

■寛容さの欠如がさまざまな「バッシング」を生む

乙武さんの話や「新潮45」を廃刊に追い込んだ記事の問題だけではない。

内戦下のシリアで武装勢力によって身柄を拘束され、3年4カ月ぶりに解放されたフリージャーナリストの安田純平さん(44)に対しても、解放直後から「自己責任で何とかすべきだった」「殺されても文句は言えない」という非難の声がネット上で目立った。一方的に自己責任論を持ち出して批判する。寛容さの欠如がそうしたバッシングを生むのだ。

一昨年7月、神奈川県相模原市の障害施設「津久井やまゆり園」で施設の男性職員が計19人を殺害した悲惨な事件の背景にも、差別的な思考や寛容性の欠如といった問題が横たわっている。

話も聞かずに最初から「問題だ」と決めてかかる。バランス感覚がなく、物事を並べて考えようとしない。寛容さが失われているのだ。

どうしてこうまで寛容さが失われてしまったのだろうか。「数の力に頼る安倍政権の横暴さに似ている」と書いたが、「似ている」というよりも、むしろ安倍政権が原因なのだと思う。寛容さを喪失した社会は、安倍政権の負の落とし子だ。

■「議論をないがしろ」「国会を下請け機関」

こんなことを考えながら最近の新聞社説を読み返してみると、12月11日付の朝日新聞が「国会の空洞化が加速 政権の暴走が止まらない」との見出しを立てて大きな1本社説を書いていた。

その朝日社説はこう書き出す。

「巨大与党に支えられた安倍政権の横暴がまた繰り返された」
「自民党総裁選で3選された安倍首相が初めて臨んだ臨時国会が閉幕した。従来にもまして議論をないがしろにし、国会を下請け機関のように扱う政権の独善的な体質が際だった」

「議論をないがしろ」「国会を下請け機関」と朝日社説は批判するが、その通りである。この臨時国会ほど安倍政権の横暴さが際立った国会はなかった。憲政史上、希に見る国会だった。

なかでも外国人労働者の受け入れを拡大する改正出入国管理法は、初めから結論ありきで、安倍政権は野党や世論、マスコミの反対意見に聞く耳を持たなかった。要するに寛容さに欠けるのである。

朝日社説も「より幅広い国民的合意が求められるにもかかわらず、政府・与党は野党の理解を得る努力を、はなから放棄していたというほかない」と糾弾する。

■一部の人だけが好み、富む政策を押し進めている

それにしても安倍首相はなぜ、出入国管理法案の成立をあれほど急いだのだろうか。

朝日社説は「来年4月の施行に向け、熟議よりも、48日間という短い会期内での成立にこだわった。審議を短縮するため、与党が質問時間を放棄する場面もあった」としか触れていないが、安倍首相を強く支持する一部の財界人らからの強い要望があったからだとわれている。

寛容さに欠ける安倍首相は、一部の人の声だけに耳を傾け、彼らが好み、そして富む政策を押し進める。その結果、大半の国民にとって実感のない“景気上昇”がもたらされているのが現状だ。

安倍政権は12月13日に、景気動向を検証する内閣府の研究会を開催し、2012年12月からスタートしたいまの景気回復が、高度経済成長期の57カ月続いた「いざなぎ景気」を超え、戦後2番目の長さとなったと正式に発表している。これも驚きだ。内閣府の検証にどんなトリックやマジックが隠されているのか、公平な立場から専門家による分析が求められる。

■「初めてうかがった。私は答えようがない」

さらに朝日社説は指摘する。

「広範にわたる課題を抱え、政府が全体として取り組むべきテーマであるのに、首相が前面に立つことはなく、答弁はほとんど法相任せだった」

そのうえでこう訴える。

「驚いたのが、3年間で技能実習生69人が凍死、溺死、自殺などで死亡したとする政府資料に対する見解を問われた時の首相の発言だ。『初めてうかがった。私は答えようがない』。外国人労働者を人として受け入れようという当たり前の感覚が欠落しているのではないか」

48日という短い会期内での成立にこだわるあまり、驚きの発言をする。沙鴎一歩も安倍首相のこの発言を聞いて耳を疑った。

外国人労働者の受け入れのための重要事項のほとんどは、法案ではなく、省令や指針に盛り込むというが、来年4に施行されてもどこまで法律が機能するか疑問であり、多くの外国人労働者を受け入れる国民のひとりとして不安である。

■「もり・かけ疑惑」はどうなったのか

安倍政権の1年を振り返ると、森友学園と加計学園の問題に絡むいわゆる「もり・かけ疑惑」に対し、安倍首相は国会で納得できる説明をまったく行わなかった。それが残念でならない。

朝日社説も「いまだ国民の多くが首相の説明に納得していない森友・加計問題の解明は、今国会で一向に進まなかった。論戦のテーマになることが少なかったという事情はあろうが、政治への信頼を回復するには、首相が自ら進んで説明を尽くす責務がある」と指摘している。

安倍首相や安倍政権の横暴さが端的に表われたのは、前述した外国人労働者の受け入れだけではない。

名護市辺野古の海に12月14日、土砂を投入し始めた米軍普天間飛行場の移設工事も、地元の反対の声をよそに横暴な姿勢で進められている。沖縄県と安倍政権の対立は深刻化するばかりで、このままではボタンの掛け違いが原因といわれてきた成田空港問題のようになりかねない。

■林真理子さんと瀬戸内寂聴さんが乙武さんを励ました理由

最後にもう一度、乙武さんの不倫の話。

作家の林真理子さんが、週刊文春(2016年4月7日号)のエッセー「夜ふけのなわとび」で乙武さんをみごとにフォローしていた。

「重いハンディがあっても、男の魅力が溢れていれば、女の人は恋心を持つ。女たらしという乙武君の行為は、どれだけ多くの障害者の人たちを力づけたことであろうか。『奥さんは泣かせただろうけど、モテるのは仕方ないよね―。ま、よくやったよ』と、私は彼の肩を叩いてやりたい」
「世間は私のような考え方をする人間ばかりではあるまい。いや、かなり少ないかも。彼はしばらく『茨の道』を歩くであろうが、彼のことだ、それもうまくやりおおせることであろう」

同じく瀬戸内寂聴さんも同年4月8日付の朝日新聞朝刊(東京本社発行)のコラム「寂聴 残された日々」で、乙武と17年前の夏に対談したときの記憶をたどりながら「早稲田の学生になって、ベストセラーの本を出すまでの歳月、人のしない苦労をしてきたかと思うだけで胸がいっぱいになった」と書きながら乙武氏を励ましていた。

林さんも瀬戸内さんも大作家だけに、心とその筆づかいに大きな余裕がある。寛容さが滲み出ている。この話を安倍首相に聞かせたい。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)

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