「トランプと安倍は蜜月関係」は大誤解だ
プレジデントオンライン / 2019年1月5日 11時15分
2017年1月にドナルド・トランプが米国の大統領に就任してから、はや2年。選挙戦開始時は、多くのメディアは共和党予備選の泡沫候補として扱ってきたが、あれよあれよと勝ち進み、最終的には多くの世論調査の結果を裏切り第45代米国大統領の座を手に入れた。
就任当初もすぐに弾劾されるとの見方が多かった。しかし、トランプは「米国医療保険制度改革法(オバマケア)の撤廃」「TPPからの正式離脱」「メキシコ国境の壁建設」「中東・アフリカ7カ国からの入国禁止」など数々の大統領令への署名に打って出た。
移民の国である米国で建国の理念と逆行するような大統領令や、これまでの大統領には見られなかった強引な政治手法に、トランプは就任以降、常にメディアや識者から批判を浴びせられ続けている。だが、それでもトランプは今も健在だ。
そこには、多くのメディアや日本人、そして米国民すら誤解しているトランプの真実があるようだ。米首都ワシントンに拠点を持ち、共和党に幅広い人脈を持つ、早稲田大学招聘研究員の渡瀬裕哉氏に解説してもらう。なお、文中の敬称は省略する。
誤解【1】
「世界経済の破壊者」
現在、米中貿易戦争が激しさを増しつつあるが、トランプは巷で喧伝されているように「世界経済」「自由貿易」の破壊者なのであろうか。また、なぜ共和党はトランプの貿易戦争を容認しているのであろうか。
まずトランプの関税政策、特に対中国の貿易戦争は、必ずしも競争力がある外国の製造業から自国産業を守る保護主義的な意図を持ったものとは言えない。
トランプの関税政策は1930年代に米国で大規模に関税が導入されたスムート・ホーリー法になぞらえて語られることも多いが、eメールもない時代と現代社会での出来事を同一視して比べること自体がナンセンスだ。
むしろ、トランプ政権の狙いは自国の産業保護ではなく、中国の市場環境の整備を求める半ば内政干渉のような要求にある。関税を賦課する目的として、トランプ政権は、中国政府に対して強制的な技術移転制度をはじめとした知的財産に関する取り扱いの是正など、中国の国内制度の変更を求めている。
対中目的の関税に関する議論が、「中国製造2025」と呼ばれる産業政策で補助金の対象となる産業分野から、広範で大規模な輸入品への課税に広がった現段階でも、要求内容は変わっていない。
■中国は世界最大の「知財」の侵害国家
米国の貿易黒字はサービス業によってもたらされている。特に近年では旅行業や金融業だけでなく、徐々に知的財産権の使用料による収益が増加しつつある。輸入による巨額の貿易赤字と比べれば知的財産権の使用料による貿易黒字は相対的に小さいが、高度な技術によって支えられた産業は米国に高い賃金と安定的な雇用を中長期的に創出・拡大する貴重な財産となっている。
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米国は輸出戦略の一環として知的財産権をジョージ・ブッシュ政権時代にPRO-IP法という超党派の法律で位置付けている。同輸出戦略はIPECという米国全体の知財保護・輸出拡大の担当者によって遂行されている。IPECは米国において省庁をまたがる知財戦略をまとめあげる権限を持つ。この知財輸出政策はバラク・オバマ政権にも引き継がれており、現政権にとっても最重要政策の1つとして捉えられている。
知財が通商政策上重要な位置付けを持つ現代社会において、中国は世界最大の知財の侵害国家であり、知財の使用料で利益を得ている米国が中国の理不尽な制度を是正することを求めるのは当然である。
むしろ、トランプ政権による中国への要求は、目に見えるモノによる単純な貿易問題ではなく、目には見えない高度な技術をやり取りする現代の通商関係の基礎を整備するためのものと言えるだろう。
オバマ政権のようにTPPなどで包囲する形によって中国に知財制度の是正を働きかけようとした立場からは、トランプ政権の2国間交渉によって解決を迫る姿勢はやや強引なものに見える。しかし、米国というスーパーパワーが本気を出さなければ中国側は歯牙にもかけないことも事実だろう。
中国はトランプの関税政策について自由貿易を破壊するものとして批判しているが、日本人はトランプの関税政策のすべてを保護主義的なものと切って捨てる雑な議論をやめるべきだ。トランプ政権の関税政策に対して一つ一つ詳細に検討し、その意図を理解して対処することが重要である。
誤解【2】
「支持者は白人低所得層」
トランプ支持者というと、低所得・低学歴の白人男性で、自由貿易の犠牲者であり、現状に不満を抱える「嘆かわしい人々」というイメージがすっかり浸透している。リベラルな米国の大学・メディア関係の知識人層がトランプ支持者に前述のようなレッテルを貼った結果、日本でも多くの人々がトランプ支持者像を誤解してしまっている。
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しかし、このイメージはトランプ支持者像とデータの上では必ずしも合致するものではない。本物のトランプ支持者像を知るには、16年に共和党の大統領候補者を決めるために共和党内で行われていた大統領選挙の予備選挙に注目することが必要である。16年の予備選挙では候補者が乱立したことで、各候補者の支持層が明確に分かれ、トランプ支持者とはどんな人なのか、世論調査にもはっきりと表れていたからだ。
結論から言うと、「トランプ支持者=低所得・低学歴の白人男性」というデータは存在しない。
具体的な数字を挙げるならば、共和党予備選挙が開始された16年1月のアイオワ州予備選挙直前に行われたフォックスニュースの調査ではトランプは全体の34%から支持を得ており、その支持者の性別に大きな偏りもなく、学歴は全体として非大卒が多い傾向があったが、大卒支持者からの支持率でも他の候補者と比べてトップの数字であった。
また、年収5万ドルを基準にして世論調査の回答者を分けた場合でも、5万ドル以上・未満のいずれの層においてもトランプの支持率は1位だった。つまり、トランプ支持者の実像は共和党支持者という「小金持ちのやや保守的な傾向がある人たち」と大きな乖離はなく、ほぼ一般的な共和党支持者たちと変わりがない。
むしろ、生粋のトランプ支持者とは、既得権を持ち腐敗した政治家らに反感を持っていることから、著名な経営者であるとともに事実上のタレント候補者であったトランプに期待した普通の有権者というイメージがピッタリである。
■ヒラリーの個人的資質が最終的な勝敗を分けた
このような誤解は大統領選挙直後に流布された「隠れトランプ支持者が大統領選挙の勝敗を決めた」という都市伝説にも表れていた。一般的に、隠れトランプ支持者とは、本来はトランプに投票する意向であったものの、世論調査などでは自分自身の投票意向をカミングアウトせず(むしろヒラリー・クリントン支持を公言すらしながら)、実際はトランプに投票した人を指す。
ヒラリーの勝利を予想し報道していたメディアは、大統領選挙の開票直後から「隠れトランプ」が原因で予測が外れたという言い訳に飛びついた。TVコメンテーターなどが「私は最初から隠れトランプで勝負が決まると思っていた」と言い出す始末だった。
だが、この隠れトランプの存在は米国政治の状況を丁寧に追っている人にとっては眉唾ものであり、現在では米国ではほとんど支持されない仮説だ。選挙の翌年5月に米国世論調査協会が発表した報告書でも、隠れトランプの存在は根拠が薄いものとして棄却されている。
実際には世論調査に設計上の問題があり、調査に回答した有権者の大半は自分の支持する候補について適切に回答していたと想定されている。大統領選挙の勝敗を決めた要因は諸説あるが、筆者は大衆的な人気のないヒラリーの個人的資質が最終的な勝敗を分けたものと考えている。
誤解【3】
「北朝鮮には強硬姿勢」
18年6月、トランプと金正恩朝鮮労働党委員長がシンガポールで歴史的な首脳会談を行った。米朝首脳会談直前までトランプと金正恩の間で主導権争いが続けられた結果、一時はトランプが会談キャンセルの書簡を北朝鮮側に送り付ける事態ともなったが、実際には会談が開かれ、その結果として、前年からトランプ・金正恩の間で行われた罵倒合戦、その後の米朝の軍事的緊張は小康状態となっている。
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北朝鮮強硬派として知られるジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官が任命され、日本国内では北朝鮮との首脳会談が流れるのではないかとする向きもあった。しかし、当時の米国側の状況から、トランプからキャンセルする可能性は低かったことがわかる。
なぜなら、18年5月、共和党下院議員ら18人がノーベル委員会に朝鮮戦争終結および朝鮮半島非核化を目指しているトランプにノーベル平和賞を与えるように推薦していたからだ。
この共和党下院議員ら18人を取りまとめた議員は、ルーク・メッサー共和党政策委員会委員長で、もともとはマイク・ペンス副大統領の地盤の選挙区を継いだ人物。トランプ政権および共和党の意向として北朝鮮と手打ちを行う方針であることは明白であった。
■「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」はまず無理
米朝首脳会談から3カ月たった現在(※本稿掲載は昨年9月)、米国と北朝鮮の間の非核化交渉はノラリクラリとした歩みを続けているが、そもそも非核化は物理的に時間がかかるもので、すぐに状況が進展すると思うのはおかしい。トランプ側としては中間選挙までに何らかの具体的な進捗が欲しいところだが、すでに最低限の非核化に向けた協議を開始している時点で及第点と言える。
米国から見た場合、東アジア情勢は中東情勢とコインの裏表の関係にある。米国の戦力は世界の複数正面で事を構えるには限界があり、中東情勢で緊張が高まれば東アジア情勢ではクールダウンする。トランプ政権が18年5月8日にイラン核合意からの離脱を発表した直後に、中国・北朝鮮が緊急の首脳会談を実施して「段階的な非核化」で合意し、その後に北朝鮮が態度を硬化させたことなどは、両地域の関係性を象徴する出来事だった。中国や北朝鮮も米国の安全保障に関する能力の足元を見ながら対米交渉を進めている。
トランプ政権は18年8月から新チームを立ち上げイランに対する包括的な対応を行う体制を強化している。中東地域ではイランが支援していると目される複数の敵対的な勢力が存在しており、米国と友好関係にある国や勢力が戦火を交えている状況にある。最近では米軍によるシリアへの再爆撃が噂される状況となっており、北朝鮮が非核化協議をサボタージュしたとしてもすぐに軍事的圧力を同国に加えられるような状況ではない。
さらに、そもそも北朝鮮の完全かつ検証可能で不可逆的な非核化を実現することは現実的に極めて困難だろう。1度確立した核開発技術を何らかの手段で情報保全することは容易だ。米朝首脳会談の合意内容が曖昧だったことを批判する声もあるが、急場しのぎの緊張回避が目的の会談に必要以上の内容を求めることは間違いだ。
したがって、北朝鮮の動きに一喜一憂することはナンセンスであり、トランプ政権もこの問題が早期に解決することなどハナから想定していないものと推測される。
誤解【4】
「安倍政権とは蜜月関係」
ワシントンポストが18年6月の日米首脳会談時にトランプが「真珠湾攻撃を忘れていない」と発言したと報じたことにより、蜜月関係にあると思われてきたトランプ・安倍晋三総理の関係が実は貿易問題を通じて険悪になりつつあるのでは、という見方が生じた。
一方、安倍政権や政権寄りのメディアなどによると、発言時期・文脈はポスト紙の報道とは異なるものであり、指摘されたようなやり取りは存在しないとされている。むしろ日本の過去の闘志を称えたニュアンスだったかのような印象すらも受けた。
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筆者はいずれの内容が真実であるかについては知りうる立場にない。しかし、代わりにすでにホワイトハウスHP上に公開されている18年6月の日米首脳会談の共同記者会見の内容を確認することで同会談の舞台裏を推量したい。
この会談は米朝首脳会談の直前だったことから、会見で両国首脳は当然、北朝鮮問題に言及していた。両国首脳の関係は友好的な雰囲気であったようにも思えたが、会見で語られた内容には日米首脳間で決定的な相違点が1つある。トランプが日米間の貿易問題について具体的に言及しているのに対し、安倍は一切貿易問題について触れていない。会見の内容を確認しながら、両者のコントラストが不自然だと筆者は感じていた。
■北朝鮮問題で露骨に恩を着せるような態度
会見内容から察するに、トランプにとって日本と話し合うべき問題に通商交渉が常に含まれるのに対し、日本側もそれは理解しているものの、当日の首脳会談の話題のテーマとしたくなかったことがうかがえる。
日本側は会談の話題が北朝鮮問題だったと強調するが、トランプの関心事は日本側と別で、日本側に貿易交渉で圧力をかけたことはほぼ間違いない。トランプは拉致問題を安倍が個人的にこだわっている項目として言及し、安倍に対して北朝鮮問題で露骨に恩を着せるような態度を取っていた。代わりに通商交渉の進展や米国への投資など、米国側が共同記者会見で言及した内容について、日本が米国から対応を迫られていることは明白だった。
真偽はともかく、日本側が思うようにトランプが「真珠湾攻撃を忘れていない」と日本側の過去の闘志を称賛したなら、その趣旨は「もっと武器を買ってほしい」と示唆していると理解するべきだ。
トランプは「日本の指導者との良好な関係は彼らがいくら支払わねばならないかを伝えれば、すぐに終わることになるだろう」というセリフをウォール・ストリートジャーナルの電話取材(18年9月上旬)で述べた。18年9月下旬開催予定の日米首脳会談(とゴルフ)を前にして、前回の共同記者会見時と同様にトランプは対日貿易赤字を気にしていることは明らか。安倍との蜜月関係はあったとしても、通商交渉の仕事は友情とは別物である。実際には貿易赤字額の大きい地域・国から順番に“トランプ裁判”にかけられているにすぎない。
トランプが日本の市場開放に対するカードとして使用している自動車および自動車部品の関税引き上げ調査は、大統領令・大統領覚書ではなく口頭で商務省に指示されたものであり、他の関税政策と比べ本気度は高くないだろう。しかし、日本が“蜜月関係”にあぐらをかき、トランプ側の対応を甘く見た場合、主にハイテク技術を活用した自動車などの関税が引き上げられる可能性が存在している。
誤解【5】
「選挙に強い」
トランプの支持率は大統領選挙時から決して高いものではなかった。トランプは既存の共和党連邦議員らからの政治的支持を得ていたわけではなく、共和党にとってトランプは外様の異分子にしかすぎなかった。
ヒラリーに勝利できたのは、ヒラリーのセレブ臭がとても嫌われていたこと、共和党の約半数を占める保守派(減税・規制廃止・宗教的道徳観の堅持を求める人々)が支援したことにある。リベラルなニューヨーク生まれの富豪で離婚歴があるトランプは保守派とは本来相容れないが、敵の敵は味方。大統領選終盤で大いに活躍したが、共和党保守派に多大な借りをつくってしまい、政権発足後も同派閥への依存を続けざるをえない状況にある。
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現在のトランプ政権の閣僚は保守派からの入閣者が大半を占めている。17年の政権発足以来、トランプの政策は、オバマケア見直し、減税政策、パリ協定離脱、エルサレムの首都認定など保守派の意向に沿ったもので、トランプはそういった政策を実現する保守派の政治的な代弁者にすぎない。
一方で共和党には保守派と対立する穏健派という勢力もいる。ブッシュやミット・ロムニーなどの有力政治家を中心とする勢力で、民主党とも妥協できる柔軟な姿勢を示すこともあり、トランプとは距離を置く派閥だ。
トランプは穏健派の連邦議員らにも17年末から働きかけつつあるが、奏功していない。穏健派は保守派と違ってトランプに是々非々の態度を取っており、むしろ隙あらばトランプの寝首を掻くことを狙っている。
メディア上で独裁者のように描かれるトランプの実情は実際の政治構造を踏まえると大きく異なるものに見えるだろう。しかし実際はトランプ政権は崩れやすい砂上の楼閣。共和党のうち半分(保守派)しか支持を得ていないトランプの地位は極めて不安定だ。
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早稲田大学招聘研究員
国内外のヘッジファンド・金融機関に対するトランプ政権分析のアドバイザー。著書に『トランプの黒幕』『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ』。
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(早稲田大学招聘研究員 渡瀬 裕哉 写真=時事通信フォト、AFLO)
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