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JALが車椅子を「木製」に切り替えた理由

プレジデントオンライン / 2018年12月27日 9時15分

JALの木製車いす。白樺と樹脂を使用している(撮影=プレジデントオンライン編集部)

これまで車いすに乗る人は、車いすの金属が空港の保安検査場で検知器に反応するため、必ずボディーチェックを受けていた。だが日本航空(JAL)は全身チェック不要の「木製の車いす」を2017年に導入。現在323台が稼働しており、利用者の通過ストレスの軽減に役立っている。なぜ「木製」だったのか。JALに聞いた――。

■“木の車いす”が現れた

空の玄関口と呼ばれるエアポートで、一風変わった車いすを目にする機会が増えた。日本航空(JAL)が導入した“木の車いす”だ。

「木製車いすの企画が持ち上がったのは、2016年の1月頃。そこから福祉メーカーのキョウワコーポレーションさんと共同開発して、2017年6月に導入しました。木製車いすは現在、お客さまを機内までご案内できる“アイル(通路)タイプ”が260台、それよりも幅が広い自走用の“ワイドタイプ”が63台の計323台が全国で稼働しています」

そう話すのは、木製車いすを担当する空港企画部旅客グループの黒木香奈さん。JALでは既存の金属製車いすと木製車いすの入れ替えが、着々と進められている。

入れ替えの理由は搭乗前の「保安検査」だ。金属製の車いすでは保安検査場の金属探知機をそのまま通過できない。非金属製の車いすがあればスムーズに検査を通過できる。

■保安検査での車いす利用者の苦痛

筋力が低下していく難病「筋ジストロフィー」を患う小澤綾子さんは、JALの木製車いすをみたとき「スゴイ!!」と感想を持ち、下記画像のようにツイートした。

小澤綾子さんのツイート

あらためて小澤さんにメールで質問したところ「JALの木製車いすは、見た目もかわいくて、検査場を通るのが楽しみになりました。実際に保安検査で音を鳴らさず通過できたときは、感動して思わず写真を撮ってしまいました。旅行のテンションを下げることなく、楽しく快適な旅になりました」と答えてくれた。

さらに空港の保安検査については「飛行機に乗るのは好きで楽しみなのですが、保安検査が苦痛で仕方がありませんでした」という。

「金属性探知機を通るとき、音がなるので目立ちますし、同性の方がボディーチェックをするとはいえ、胸まで含めて全身触られるのは不快でした。検査で引っかかるとわかっていながらも通らなくてはいけない、そしてそれを我慢しなければならない。なんだ、それっぽっちのことと思われるかもしれませんが、当事者にとっては大きな心の負担でした」

非金属製の車いすは「あったら便利なもの」ではなく、必要不可欠なものなのだ。実際にJALは2011年に竹製車いすを一部空港に配備しており、全日本空輸(ANA)も樹脂製車いすを2016年に採用している。そうしたなかでJALは、木製車いすへの切り替えを進めている。なぜ竹でも樹脂でもなく“木”なのだろうか。

■なぜ「木」を選んだのか

その理由について黒木さんは「木は加工しやすく、量産しやすい特長がある」と説明する。そもそもJALが導入していた竹製車いすは製造に工芸品のような高い技術を要するため、大量生産ができないだけでなく、修理にも時間がかかった。樹脂製なら大量生産のハードルはクリアできるものの、JALが検討していた方法の場合、樹脂を加工する金型を作ってから製造することになり、初期投資がかさむうえ、一度金型を設計すると細かな変更が困難で、現場にあわせた調整ができなかった。

それに対して木製車いすは、合板を整形し、削って作られる。JALと共同開発したキョウワコーポレーションによると、木製車いすの車体に使われる素材は「ホワイトバーチ合板」という汎用素材。それを「NC工作機」というコンピューターで数値制御された切削機を使って、車体の形に切り出し、その部材を組み立てて作る。

機械的な加工なので、短時間で高い精度の部材を作ることができ、コンピューターの数値を変えるだけで車体を調整できる。使われている素材はもちろん、用いられる技術も「一般的な家具とほとんど同じ」であるため、量産が可能だ。JALが非金属のなかで木を採用した大きなポイントと言えるだろう。

■改良を重ねて機能性を上げる

日本航空 空港企画部旅客グループの黒木香奈さん(撮影=プレジデントオンライン編集部)

デザイン性の高さも木が持つメリットのひとつだ。JALの木製車いすは、一見すると北欧家具のようにみえる。使用されている木材は白樺で、色味が明るく、コーポレートカラーの赤が映えている。黒木さんは「木が持つ温かみを生かせるよう、見た目にはこだわりました。何よりも、お客さまに“乗ってみたい”と思っていただけるようなデザインにしたいと考えました」と話す。

生産コストとデザイン性の高さを両立する木製車いすだが、最大の特徴は高い機能性だ。現場の声をもとに幾度となく改良が重ねられている。体が不自由な人や高齢者といった車いすの利用者はもちろん、空港スタッフにまで配慮した実用的な機能が強化されている。

例えば、従来の金属製車いすは自走用の車輪と介助者が押すための車輪の2種類が取り付けられており、機内に入れるためには、外側に付けられた自走用の車輪を外す必要があった。取り外す作業には力が必要で、当然タイヤを外す作業の間、車いす利用者を待たせてしまう。そのため、スタッフから改善を求める声も上がっていたという。そこで木製車いす(アイルタイプ)には自走用の大きな車輪を設置せず、肘掛けを外すだけで機内に案内できるようにした。

利用客と接するグランドスタッフは、「肘掛けを簡単に外せるので、お客さまをお待たせする時間が減りましたし、負担をかけずにスムーズに機内にご案内できるようになりました。肘掛けの取り外しが簡単なので、まだ車いすのご案内経験が少ないスタッフでも、すぐに対応できます。以前から車いすをご利用されているお客さまの多くが、木製のほうがいいとおっしゃられます」と話していた。

■フットプレートには穴が空いている

金属製との違いは他にもある。金属製の車いすは座面が薄く、長時間座っていると疲れるという声があった。そのため木製の座面にはクッションを敷いた。そのクッションにもこだわりがあり、太ももから膝にかけての部分が山型に少し膨らんでいて、体がずり落ちないように工夫されている。

また足を載せるフットプレートには穴が空いているのだが、これはヒールを履いている人が座ったときに、足を楽に載せやすくするためのアイデアだという。さらに従来の金属製車いすにはなかった荷物置きを足元に設置。利用客が便利なだけでなく、乗客の荷物を持って車いすを押していたスタッフの負担も軽減される工夫だ。

「細かい修正は本当にたくさんしています。例えば、階段や段差を上がるときに踏むティッピングレバーの滑り止め。もともとは滑り止めシールを貼っていたのですが、使用しているうちに剥がれやすくなってしまうため、本体に入れ込んだ形に改良しました。他にも、持ち手部分の固定具合を強くするなど、実際に現場の空港スタッフが使ってみて“こうしたほうがいいのでは”という意見は、なるべく反映するようにしています」(黒木さん)

ワイドタイプの木製車いすを導入(撮影=プレジデントオンライン編集部)

車いす利用者はさまざまだ。ある人にとっては必要な機能も、別の人にとっては無用という場合もあるだろう。それだけに木製車いすを改良する際に黒木さんが心がけているのは、「選択肢を増やすということ」だ。

「最近でいえば、機内の通路を通れるアイルタイプではなく、体の大きなお客さまや外国籍のお客さまでもゆったり座れるように、“ワイドタイプ”の木製車いすを導入しました。サイズが大きいため機内の通路には入れませんが、保安検査はそのまま通過できます。どちらを使うかを選ぶのは、お客さまです。私たちは選択肢を増やしていければと考えています」

 

■検査場を通るのが楽しみになった

福祉機器メーカーであるキョウワコーポレーションのノウハウも大きいと、黒木さんは強調する。

「私たちは車いす作りのプロではありません。“こういうことを実現したい”と伝えたときに、キョウワさんから“こう実現したほうがいい”とアドバイスをいただきながら、改良を進めています。車いすの形状や寸法を守るべき規格に沿いながら実現してくれるため、安心してご利用いただけます」

木製車いすは12月にアイルタイプを60台、ワイドタイプを20台追加した。現在、JALが全国の空港に配備している車いすの約半数が木製だ。今後も木製車いすを増やす予定だが、雪や雨に強いといった性能面での強みがあるため、金属製車いすも併用していく方針だという。

さり気ない優しさと利便性を追求して作られたJALの木製車いす。エアポートでの出会いと旅立ちに欠かせないバリアフリーとして定着する日は近い。

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呉 承鎬(お・すんほ)
ライター
1982年5月7日生まれ、東京都出身の在日コリアン3世。大学卒業後、出版社勤務を経て、編集プロダクション・ピッチコミュニケーションズに所属。『スポーツソウル日本版』副編集長。編著書に『韓国インテリジェンスの憂鬱』(KKベストセラーズ)、訳書に『つねに結果を出す人の「勉強脳」のつくり方』『サムスン式仕事の極意―超一流の結果を出す』(ともに日本文芸社)など。

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(ライター 呉 承鎬)

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